2 Month Later (3)
頭を整理しよう。私はシェイドが作ってくれた夕食を食べ終わると、そのままお風呂に向かった。温かいお湯に、すさんだ心も癒される。
「ふぁー…」
今日は目を覚ますと既にお昼だった。部屋を見回しても、シェイドが戻った様子はない。いつ帰ってくるのかと、そわそわしていたけれど、シェイドが帰ってきたのはいつも通りの時間だった。だから「ただいま」の声についつい飛びついてしまった。
抱き返されて感じた煙草の香り。エスターとは違う香りに男の人を感じて胸が高鳴ると同時に、安心した。
問題はその後だ。
シェイドは、周りの人に私の事をどう話しているのだろうか。私の事をどう思っているのだろうか。夜には必ず部屋にいたし、この部屋に来た時から女性の影は見当たらなかったけど…
「…恋人、いたりして」
自分で口にだして、落ち込んだ。でも良く考えたら、恋人がいないほうがおかしい。リズダイク王国の宰相補佐官、シェイド・ロセット。私の記憶通りなら、27歳でロセット伯爵家の三男だったはずだ。恋人どころか、婚約者がいたっておかしくない。
――そうじゃなくて。重要なのはそこじゃない。
あの本はシェイドの上司からだと言っていた。彼の上司はこの国の宰相だ。そんな彼が持ってきたフェグリット語の本。
「よしっ!!」
ざばっと湯船から立ち上がると、私は急いでシェイドのもとに向かう。とにかく彼と話をしなければ。
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「さっきは、ごめんなさい」
「話す気になったのはいいけど、ちゃんと髪を乾かさないと風邪をひくぞ」
ぽんぽん、とシェイドの胡坐の上に座るように促され、優しく髪を拭われる。数か月前までは当たり前に侍女にされていた行為なのに、シェイドにされるとなんだか気恥ずかしい。自意識過剰だと思うけどその手が「好きだよ、愛してるよ」と言ってくれている気がするから。
「あの本、フェグリット語だった…」
「…あー、そっか」
勇気を出して言ったのに「そっか」で終わりだとは予想外だった。もしもお風呂に入る前だったら、怒って家出したかもしれない。
「えっと……なんで?」
「あの人については、気にしないでいい。俺はなにも言ってないんだけど、どっからリタがフェグリット人だってわかったかな…」
無意識だろう、だいぶ乾いた私の髪を大きな掌が撫でたと思うと、こつん、と頭にシェイドの顎が乗せられた。どんどん近くなるシェイドとの距離にどきどきするけど、話はやっと本題に入ったところだ。
「シェイドは、みんなに私の事なんて言ってるの…?」
「リタの事?あー…まぁ、拾った、みたいな…」
シェイドはもごもごと言いづらそうに言葉を濁した。確かに、間違ってはいない。私はシェイドに拾われたのだから。それでも、そんな風に言われると悲しい。
――彼にしてみれば、私をここに連れてきたのも本当に猫や犬を拾った位のことだったのかもしれない。
こうして頭を撫でられるのも、抱き締められるのも、抱っこされるのも。シェイドにとっては大した意味なんてない、ただのペットとのスキンシップなのだろうか。
シェイドみたいな大人の人からしたら、私みたいな小娘は恋愛対象じゃないのだろうか。そういえば、シェイドは私の事を何も聞いてこない。「ご飯食べたか」とか、「今日は何してた」とかは良く聞かれるけど、初めて会った時に名前を聞かれてからは、年齢も、今まで何をしていたのかも聞いてこない。
――私に向けられる温かい気持ちは、男女の『愛情』ではないのかな…
私はにじんだ視界を誤魔化すように、ぷるぷると首を振った。