再会の庭 (1)
夜明けの薄明かりの中、私は一人で土砂の上を歩いていた。1年前に流された王城は未だそのままの形で放置されており、雨と風のなか徐々に風化が進んでいる。王族の死因がわからないようにするためにエスターが指示したのだろう。
亡き王族を悼むために作られた祭壇の前には一昨日の年忌祭で供えられた萎れた百合だけが供えられており、それ以外の花は見られない。それだけ民の心が離れていたということだろう。
その祭壇に新しい王城で育てられた百合を供えると私はその先へと進んでいく。ここは後宮、向こうは執務翼、そしてこの先には小さく仕切られた王族個人の庭があった。シェイドと初めて出会った場所だ。
「…………」
私のしたことは許されることではない。より多くの命を救うために、多くの命を奪った。それは正しいことではないけど、エスターが即位した国を見ていると間違っていたともいえない。
もう帰ろう、リズダイクに。シェイドのところに。
フェグリットに戻ってくる前はエスターが望めば将軍としてこの国に戻るのも私の責任だと思っていたけど…新しい王を戴いたこの国に私は似合わない。そして、私も償えない罪に押しつぶされてしまいそうだ。
「…リタ?こんな時間にどうしてここに」
「シェイド…!!シェイドこそ、どうしてここに?」
「俺は散歩だ。せっかくだから足を延ばして元の王城跡を見てみようと思って…明日帰国だし。お前の用事はもういいのか?」
「……うん。もういいの」
もういい。もう決めた。私はこの国にはいられない。エスターの仕事ぶりから、きっとフェグリットは小さいけれどリズダイクに負けない位栄える国になるだろう。
前を向いて、シェイドと歩いて行こう。
「じゃあ、もう忘れなくていいんだな?お前の言葉を」
シェイドの朝焼けと同じ色の瞳が私を映している。その瞳は初めてここで出会った時と変わらずにまっすぐに私を見ていてなんだか恥ずかしい。私はあの時と同じように俯いてしまう。恥ずかしさと、これから言う私の言葉でシェイドが離れて行ってしまうのが怖くて。
「うん。でも、私シェイドに言いたいことがあるの。シェイドは私の過去は気にしないって言ってくれたけど、言わないでいるのは辛い…。あのね、私はフェグリットの第6王女だったプールビア・カルツァ=ディ・フェグリットなの。信じてもらえないかもしれないけど、本当なの」
シェイドは、私を――プールビアを覚えているだろうか。
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クロー陛下の言葉に従ってとうとう昇ってきた太陽の薄明かりを頼りに王城の跡地へ向かうと、リタは土砂の上に何をするわけでもなく立ちすくんでいた。この広大な場所のどこかで眠る家族の事を想っているのだろうか。数日ぶりに会えたリタに抱きしめたくなる気持ちを抑えて俺は声をかけた。
泣いているかもしれないと思ったがそれは杞憂だったらしく、リタが決意に満ちた表情で俺を見てくれたことに、俺の最後の心配は消えた。強がってはいたが…リタがクロー陛下に惹かれてしまっていたら、と考えないわけではないのだ。
「じゃあ、もう忘れなくていいんだな?お前のの気持ちをきちんと言葉にしてから、夜ごとに囁き、囁かれた言葉。その言葉は朝日の中では忘れなければいけない不確かなものだった。それは、どんなに辛いことだったか。
俺の視線にリタは恥ずかしそうに俯くがしっかりと「うん」と返事をしたのだった。




