7 Month Later (3)
俺の作戦は絶大な効果を発揮した。ディラック様はすぐに納得してくれた上になぜか勘違いをして想像力を発揮させてくれて最終的には応援までしてくれた。彼女を攻略してしまえば残った父親の方は簡単だった。ちなみに俺が爵位と義姉を狙っていると盲信している長男については最初から相手にもしていない。
精神的にはかなり疲れたが俺は遅くならないうちにあの人の屋敷にリタを迎えに行くことができた。まともに話す時間も取れなかったが、リタはどうしているだろう。職場でのあいつは皆の見本となるような下官の猫を被っていて何を考えているかはわからなかった。
「ご迷惑をおかけしましたが、これで自由の身です」
迎えに行った俺にあの人は「週明けにリタさんが笑っていなければ容赦しませんよ」と微笑みを絶やさずに言い放った。やはりリタを傷つけてしまったらしい。夫人に付き添われて現れたリタは憔悴して、俯いたまま俺の顔を見ようとはしなかった。
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俺の部屋に馬車が着き俺はリタを抱きあげる。傷つけてしまったぶん大切にしたかったのだ。リタは一瞬固まったが、ためらいがちに身を任せてくれる。そのまま部屋に戻ってリタをベッドに寝かして頭を撫でる。
「リタ、今日は本当に悪かった。そのままでいい、俺の話を聞いてもらえるか?」
俺の言葉にリタはやっと俺を見てくれた。その黒い瞳は困ったように揺れていたが、しっかりと頷いた。
「まず、俺とディラック様との婚約は父親が勝手にした事で俺が抱えていた問題も含めて全部無しにしてきた。俺は彼女と結婚することはない。なんだか変な話だけどこれだけ一緒にいたのに、俺の事をリタに話したことってなかったな。俺の名前はシェイド・ロセット、ロセット伯爵家の3男で冬生まれの27歳。職業はリズダイク王国宰相筆頭補佐官」
「くすくす…自己紹介ね」
半年以上も一緒に暮らしてからの自己紹介にリタが笑う。その声は思ったよりしっかりしていて疲れているようだが頭ははっきりしているようで安心した。
「本当に今更だけどな。さて、そんな俺は自分で言うのもなんだが兄弟のなかで一番出来が良くて父親は長男じゃなくて俺に爵位を継がせたがるようになった。それで今までちやほやされていた長男は焦りだして俺や次兄に対して難癖を付け始めた。それが面倒になって次兄は領地に引っ込んで、俺は勝手に官吏の試験を受けていわゆる家出をして今に至るわけだ。それなのに父は俺に爵位を継がせる夢を持ち続けていて、婚約者を常に用意していた。今までは放置してきたが、今日ちゃんと干渉しないと約束させた。だから、リタ」
「待って、話してくれてありがとう。今日いろいろあって思った。人間の抱える過去とか背景ってどうにもならないのね。今が大切で過去は付属品だって思ってたけど、それじゃうまくいかない」
「…リタ?」
やっとリタに自分の気持ちを伝えられる。我慢できなくて中途半端な関係のまま抱き締めて、キスをした。リタが俺に想いを伝えてくれた時も応えられず、生誕祭のプレゼントも受取れなかった。それも今日で終わって今夜は、と思ったのに。
「私はリタだけではいられない……」
「俺が全部話したからってリタに同じことを求めているんじゃない。俺に会う前の事を言う必要はないし、過去をなかったものにする必要もないんだぞ」
物事はうまくいかないらしい。出会った時からリタは過去の自分とは決別していて新たな人生を踏み出そうとしていた。一方でフェグリット国王にも手紙を送っており、プールビアとしての過去を自分の中でうまく整理し終わっているのだと思っていた。確かに出会ったころは雨の日には様子がおかしかったが、仕事を始めてからは見られなくなった。なのに、今リタは泣いている。
「愛してる、リタ。リタがリタでなくなっても、俺はお前が好きだよ」
どうして泣いているのかわからないのにぽろぽろと涙を流すリタに我慢できず、とうとう俺はその頬にキスを落として自分の想いを口にした。その言葉に嘘はない。リタがリタであろうとフェグリットに戻ってプールビア王女になろうと、俺はリタを離す気はない。
「……シェイ、ド。わ…わたし、わたしはまだ言えないの。私、フェグリットに戻ってこいって…でも、でもっ!!」
俺の告白にリタは目を真ん丸にして驚くと、次にはその瞳からさっきより大きな涙が零れてきた。嗚咽でうまく言葉が出ないのだろう。俺に向かってすがるように両手を伸ばしてきた。その手に触れていいのか悩んだのは一瞬。俺はリタに覆い被さると、言ってはいけないその言葉を我慢してぎゅっと結んでいる唇にキスを落とした。
「朝日が昇る度に忘れるから言えばいい。俺も聞きたい」
「~~っ!!好きなの…シェイドを愛してる」
ほどかれたその口は外が薄明るくなってリタが眠るまで、その言葉を繰り返していた。




