6 Month Later (2)
びっくりするくらいたくさんの布やレース、リボンを広げられ、どうにかそれを選び終えると昼食になってしまった。だから、午後になってやっと私たちはテーブルを囲んで縫物をし始めた。クヴァント夫人にその娘であるレンカ、セリシアと女性が4人も集まれば当然のように恋ばなが始まる。
「ねえねえ、リタ!!シェイドさんってどんな恋人?」
「もう、レンカってば…私とシェイドはそういう関係じゃないって言ってるじゃない」
フェグリットにいた頃に同じようにエスターについて聞かれた時にはうまく誤魔化せていたけれど、今回はそういうわけにはいかなそうだ。だって、その証拠が今この手の中で作られているのだから。
「じゃあ、聞き方を変えるわ。シェイドさんってリタと二人の時はどんな感じ?」
「レンカ達といる時と変わらないわよ、きっと」
「それはないと思うなぁ。シェイドさんがリタを見る目はレンカ姉上を見るときと全然違うもの。もう、でれでれって感じ」
19歳のレンカと同い年のセリシアにとって、シェイドは小さい頃からいる兄のような存在だという。答えに窮して夫人に視線で助けを求めるけど、夫人は上品にふふっと微笑まれるだけで助けてくれそうにない。
「そ、そう?そんなことないと…」
「嘘でしょ?本当は気が付いてるくせに」
「そうそう、私たちには恥ずかしがらなくていいのよ」
二人にそう言われて顔から火が出そうなくらい熱くなった。だって、全部図星だから。あの日からシェイドは変わった。いや、変わったのは私の受け止め方だけかも知れないけど。
シェイドに間接的だけど告白をしたあの後、私は今まで秘めていたものを明らかにして緊張の糸が切れてしまった。そして数日のハードワークに加えて大移動、戦闘、しかも本当に久々泣いてしまった……結果、シェイドの腕の中でそのまま眠ってしまった。そして、目を覚ますとそこは自分にあてがわれた部屋で。
なんだか変な感じだ。お互いにキスをして、気持ちもわかっているのに…私も、シェイドもはっきりとしたことは言わない。だから多分恋人ではない。それでも、気持ちは変わった。今までのがペットや妹扱いでなかったと思えば私はすごく愛情をもって甘やかされていた事を実感する。
「ねー?馬車から下りるのも、歩くのもお姫様みたいにエスコートされてるし」
「頭をなでられたりしてるしねー。そんな風に接してくれたのはシェイドさんと会った頃だけだったもん」
お姫様と言う言葉にどきっとするけど、二人は気にしていないようだ。羞恥心に顔を上げられなくて私は手元を見続ける。そこには純白の布で作られた輪っか。この中にゴムを入れてレースやリボンを付ければガーターリングの出来上がりだ。このまま頑張れば明日のお昼には終わる予定。
「国王陛下の生誕祭が本当に楽しみね」
「あと二週間…受け取ってもらえるかどきどきしちゃう!!」
私たちは二週間後に開かれる国王陛下の生誕祭のために自分の足のサイズのガーターリングを作っていた。お屋敷に着いた途端にシェイドと離れ離れにされると、この姉妹に何の説明もされないままスカートをめくりあげられた。驚いて抵抗すると、ガーターリングを作るために足のサイズを測りたいというのだ。
困惑する私を見かねてクヴァント夫人が助け舟を出してくれた。曰く、さ来週の現リズダイク国王の誕生日は生誕祭として休日になり、お祝いに大貴族が夜会を開く。その夜会では大切な人にお菓子などちょっとしたプレゼントを『送りあう』風習があるらしい。そしてなぜかその夜会に向けて未婚の女性は皆、自分でガーターリングを作るというのだ。
ガーターリングと言えば、ストッキングが落ちないように太ももで止めるための道具だ。生誕祭の送りものとしてはまったくもって適さない。突拍子もない話に戸惑うけど、最後までしっかり聞いてようやく全てが分かった。そういうことなら姉妹だけでなく、未婚の女性は張り切るだろう。
これから作ろうとしているガーターリングはウェディング用で、意中の男性に向けた特別なプレゼントらしい。つまり生誕祭は、女性が好きな男性に手作りのガーターリングをプレゼントして告白をする特別な夜会なのだ。
こんな意味深なプレゼントの始まったきっかけは現在の国王陛下だというのだから驚きだ。30年ほど前の先代国王の生誕祭で、裁縫が得意だった今の王妃様が結婚が決まった親友のためにガーターリングを用意していた。しかし、どんな手違いかそのガーターリングは現王陛下の手に渡り、それがきっかけで国王陛下は正妃様に恋をして見事に結ばれた。それがジンクスになり、現在の形になったらしい。
ちなみにガーターリングを送られた男性はOKならその時に自分が身につけている何かをお返しにプレゼントする。そして、二人の結婚式にはそのガーターリングでガータートスを行うというのだから、何とも乙女の夢が詰まったイベントなのだ。
「そうね。でも、シェイドは私を連れて行ってくれるかしら?」
生誕祭の日が休日であることは知っていたが、シェイドからはプレゼントを送りあう習慣さえ聞いていなかったのだ。行くつもりがないのかもしれない。
「なに言ってるの、リタ?リタは私たちと一緒に行くの。そして、会場に着くとシェイドさんが待っていてエスコートしてくれるのよ!!」
「素敵!!ガーターを渡すのだってちゃんとタイミングを計らなきゃ駄目よ?シェイドさんはライバルも多いからみんなが見てる前でね!!」
「え、えっと…レンカ、セリシア?二人も手が止まってるわよ?」
二人の妄想を止めようと指摘すると「あら、いけない」と再びちくちくと縫い始める。流石に二人とも公爵令嬢としてきちんとした教育を受けているのだろう。その手に危なげはない。しかも好きな相手に送る大切なものだから一層丁寧に縫われていくガーターはそれはそれは綺麗なものだ。
二週間後の生誕祭、シェイドが受け取ってくれますように。私もそう願って針を進めた。




