6 Month Later (1)
しばらく目線が偏ります。
「…あら、すっかりぐれちゃって。シェイド君のそんな姿久しぶりに見たわ」
真夏の風物詩である夕立の音、煙草の紫煙、甘く強いアルコールの香りがこの部屋の全てだった。目を閉じて、何も考えず吸う煙草は何とも言えない。
身体全部を見えない何かに包み込まれるこの感覚はクルシイけどキモチイイ。
「別にいいじゃないですか。やることもないし」
寝転んだソファーから部屋のドアを窺うと、クヴァント夫人が困ったような微笑みを浮かべて近づいてきた。それは父親に叱られていじけている弟を慰める表情、といえばわかるだろうか。俺は指にはさんでいた煙草と、灰皿に放置していた煙草の両方をもみ消した。
「実家から手紙は来るし、本当は外に出したくないリタちゃんは楽しく女子会で会えないし?雨が吹き込みそうね」
「閉めないでください。それに……」
夫人が開けていたバルコニーのドアを閉めようとするけど、いくら火を消したと言っても煙は直ぐには晴れないし、夕立の音を直接聞いていたくてそれを止める。続く言葉は喉が渇いてうまく出てこない。煙草をグラスに持ちかえて、琥珀の液体を流し込んだ。
「本当はずっと抱いていたいんです……なんて言ったらヤバイでしょう?」
「はぁ…本当に荒れてるわねぇ。とりあえず、シャツのボタンを留めて頂戴。目の毒だわ」
あの人と同様、夫に一途な夫人だが以前は随分と浮き名を流していたと本人から聞いている。冗談で投げられるウィンクも様になっていて色っぽいが、一応礼儀として第3ボタンまでは留める。寝転んだままで礼儀も何もないとは思うが。
「それで、何しに来たんですか?あなたもリタ達と一緒に何かしていたのでは?」
休日の今日、俺はあの人に呼び出されてリタと一緒に屋敷を訪れていた。すると、着いた途端に俺はあの人に、リタは夫人に拉致られた。どうやらリタはあの人の二人の娘たちと何かしているらしく俺の用事が終わっても会えず、昼食の時に会えたと思ったら「今日はお泊りしてもいい?」と言いだした。リタがそんな我儘を言うのは珍しく、期待に満ちたその目に俺は頷くことしかできなかった。
そして、「終わるまでシェイドには会えない」という爆弾発言をされて今に至る。目の前のこの人に聞けば、明日のお昼ごろまでは終わらないらしい。何をしているのか予想もできない。
「リタちゃんとラースがシェイド君を心配してたから様子を見に来たのよ。ロセット伯爵はなんて言ってきたの?」
「手紙は二通あった。一通は親父からでいつまでも俺が結婚しないせいで婚約破棄になったっていうお叱りと、新しい婚約者が決まったから早く結婚して爵位を継げって話。もう一通は一番上の兄貴から、爵位継承権を破棄しろっていうのと、家に帰ってきて妻をたぶらかそうなんて思うなっていう話」
「変わらないわね…」
あの人に拉致られて渡された二通の手紙。父も兄も、今俺がどこに住んでいるのかがわからないから宰相室に届けられたらしい。そうすれば読まないわけにはいかないのが分かっているのだ。いつものようにあまりに的外れで嫌気がさす。
「まあ、別にいいんです。リタの事もあるしそろそろどうにかしないといけないと思ってたし」
「あら、じゃあこんな風なのはリタちゃんを取られちゃったからなのね。安心したわ」
確かに今日の俺の不機嫌の原因は手紙が2割、休日なのにリタを独占するどころか会えもしないことが8割だ。ただ、夫人が思っているより不機嫌なわけではない。リタと会ってからこんな風にして過ごすことがなかったから、たまにはいいかと思ったのだ。
「そんなに大切ならちゃんとしなさい。だらだらと大事な事は言わずに中途半端にしてリタちゃんを美味しく頂こう、なんて考えてるならこのまま会わせないわよ」
「まさか。家のほうが落ち着いたら言おうと思ってますよ。それまではいい子に我慢します……多分。リタはどうしてますか?」
夫人が来た時がピークだったのか、雨はもうほとんど止んで空は薄紫の夕焼けに近づいていた。このくらいの雨でも、リタは塞いで手紙を書くのだろうか。
「ヘタレねぇ……リタちゃんなら元気に楽しくしてたわよ。安心なさい、すぐにあなたも楽しくなるから……ほらね」
ノックもなしにドアが開くと「うっわ、浮気現場?」「そんなわけないでしょう」とあの人と、なぜかヒューズ団長がずかずかと部屋に入ってきた。二人の手には何本もアルコールの瓶。夫人を見ると「おほほ、じゃあ良い夜を」と言い残して出て行ってしまった。
「せっかくの休日にリタさんをお借りしてしまいましたからね。お酒くらいは提供します」
「女性には女性同士の時間が必要なんだよ。そして、それは男だって一緒だね」
許可もなく向いのソファーに座る二人に、仕方なく俺も身体を起した。長い夜になりそうだ……




