1 Month Later (1)
「シェイド、今夜、行かないか?」
気持ちの良い青空の下で吸う煙草はなんとも言えない。
そんな小さなシアワセを謳歌していると、同期の男が声をかけてきた。今日は週末だし、娼館への誘いだろう。
「…あー、パス」
「なんだ。お前最近付き合い悪いぞ。これか?」
一度煙を吸い込んで、はき出してから答えると、男はニヤニヤと笑いながら小指を立てて見せた。その仕草が異様にオカマっぽくてどうかと思う。
「家に猫がいるんだ」
「猫ぉ!?んなもんいつ拾ったんだ」
いつだったろうか。残り少ない休憩時間だが、俺は次の煙草に火を付けて思い出す。あれはエマの所に行った日…そういえば、それから女の所に行ってない。
「3週間…いや、もう1か月になるかな」
「へー…お前が猫を飼うなんて意外だな。まともに家に帰る暇もない忙しい男なのに、ちゃんと面倒見れてんのか?大丈夫か?」
「別に飼ってるわけじゃない。居るんだ、部屋に」
面倒見がいい友人は真面目な顔で心配している。確かに、以前は仕事が忙しくて職場と娼館(仕事だったり、プライベートだったり)に住んでいて、部屋には時々戻る程度だった。
それでは流石に猫が心配で、仕方なく当初は仕事を家に持ち帰っていた。しかし、最近ではその猫のおかげで仕事がはかどるため、こうして休憩時間をまともに消化できるまでになった。
今日はいい天気だから、部屋に帰ればご機嫌で待っているかもしれない。
「なんだ、そりゃ?じゃあさ、今夜はお前の家で飲もうぜ。その猫に会わせてくれよ」
「やっと俺に馴れた所なんだ。もうちょっとしたらな」
さて、そろそろ休憩も終わりだ。俺は短くなった煙草を揉み消す。やっと俺に馴れて可愛い顔をしてくれるようになったのに、こいつになつかれたら面白くない。こいつは俺と違って小動物には好かれそうだし。
「どこに行くか知らんが、よろしく言っておいてくれ。じゃーな」
************************************************************************
「…何してんだ、リタ」
夕闇が降りた頃、部屋に帰ると何に驚いたのか、猫は床に積まれた書類の山をまさに崩したところだった。足元に滑ってきたその1枚を拾い上げると、きちんと計算がなされていた。どうやらあいつのために床に敷いたラグに寝転んで、書類を積み上げていたらしい。
名前を呼ぶと、ぴくっと反応してこちらを見上げてくる。その瞳は真ん丸な黒。
「お、おかえりなさい…?」
「ただいま」
俺が帰ってきたら、「おかえり」が言えるようになったのは、拾ってきてから1週間ほどたった頃だろうか。最近は怯えずに口にするようになった。
ぐりぐりとその頭を撫でまわすと、妙な顔をするが、抵抗もない。さらさらと艶やかなブルネットが指を楽しませてくれる。
「昼飯は食ったか?」
その感覚を満足するまで楽しんだ後尋ねると、うん、と頷いて外を指さした。天気もよかったし、外のカフェテラスにでも行ったのだろう。こうして、昼飯を用意しなくても自分で調達するようになったのは2週間ほどたってから。
さて、夕食は何を作ろうか。腕まくりをしながらキッチンに向かうと、リタは俺の後を付いてきた。こうして近寄ってくるようになったのは、ここ1週間ほどだ。
「リタ。先に書類を片してこい」
どうやら料理に興味があるのか、俺が夕食を家で作っているとちょろちょろと覗き込んでくる。最初はこんな小さな奴に何を食わせたらいいのか困ったが、意外とリタはなんでも喜んで食べる。
本来はこいつが昼に何を食べたか聞いてから作るべきなのだろうが、面倒なので気にしない。
「明日は出かけるか。暑くなってきたし、新しい服、必要だろ?」
今リタが着ている服は、こいつを拾って来た次の日に俺が用意したもの。この街にも馴れたようだし、そろそろ新しい服が必要だろう。
飯以外で一緒に外に行くことは初めてだから、頷くだろうか。
「…一緒に?」
「一緒じゃ嫌か?」
嫌ならお小遣いを持たせて買いに行かせればいいか。ちょっとつまらないけど。そう思っていると、「嫌じゃない。楽しみね」とリタが口にした。本当に楽しみらしく、珍しくこの日は俺の質問に、ぽちぽちだがしゃべっていた。