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猫と、雨  作者: 周防駆琉
14/31

4 Month Later (2)

 ここ1カ月、俺はどうも仕事に集中できていない。気が付くとついついリタの姿を探しているし、部屋にいなければどこかで迷子になってないだろうか、変な男に付いて行ったのではないか、と心配になる。


 それでも今までと同じ量の仕事が片付くのもリタのおかげだ。家で仕事を手伝ってくれるだけでも助かったが、やはり職場にいてくれるとより仕事が進む。フェグリットの元王族はみな頭が良いとは思えなかったが、どうしてリタだけがこうも優れているのだろう。



「黒猫さんは大変優秀ですね。その猫さんに見惚れて、先ほどから手が全く動いていない誰かさんよりもずっと」



 いつの間に他部署との見回りから帰ってきたのだろう。この完全無欠に近い上司は気配もなくいつの間にか俺の後ろに立って、デスクに座ったまま何もしない俺を観察していたらしい。



「見惚れてるんじゃなくて、見張ってるんです。あいつの過去を考えればいろいろと警戒し過ぎることはないでしょう」


「そうですね。まあ、大丈夫だとは思いますよ。誰もリズダイクのこんな場所で彼女が生活しているなんて想像もしないでしょう。別の警戒は十分必要でしょうけど。あれだけ可愛らしければ、元々は善良な羊だって凶暴な狼になってもおかしくありません。今はその進化の途中で悪い虫レベルですから早く言ってしまいなさい」


「…羊から狼になる途中が虫ですか」



 この人はリタがプールビア王女だと知っている。初出勤の日、俺は紹介していたフェグリットの猫が『元王女』だという事実にこの人がどう反応するかと楽しみにしていた。たまにはそんなささやかな楽しみがあってもいいじゃないか。



*****************************************************************



「クヴァント様、彼女がリタ・ロセットです。今日から補佐室付きの下官として働くので、どうぞよろしくお願いします」


「お目に書かれて光栄です、宰相閣下。リタ・ロセットと申します。いつも素敵な本や美味しいお菓子を下さりありがとうございました。やっと直接お礼が言えて嬉しいです」



 リタはロセット伯爵家の関係者にふさわしい――と言うか、それ以上に優美に礼をとった。今リタが着ているのは官吏の制服なのでスカートの裾を持ちあげて行う一般的な礼ではなく、右手を指を揃えて左胸に置くリズダイクの官吏独特のものだ。

 

 教えてもいないのにリタはぎこちなさを感じさせない動きで一連の動作をする。一体いつ、どこで知って練習したのだろうか。それに、詰まることなく流れ出る口上も好感が持てる内容で90点はやれる。



「こちらこそ、優秀な官吏を迎えることができてうれしく思います。フェグリットとこちらでは違いも多いと思いますが、早く馴れてくださいね」


「はい。あの、失礼ですがどうして最初の本を下さった際に私がフェグリット人だとわかったのかお聞きしてもよろしいですか?」


「ああ、それはあなたの筆跡に時々フェグリット独特の物が混じっていたからです。とても美しい字をしていますね、あなたの書いた書類なら進んで読みたくなります」


「あ、ありがとうございます」



 そんなリタを、あの人は目線の一つも揺らさずにいつもの穏やかな笑みで迎えた。気障なセリフもこの人の口から出ると、さらりと心地良いのはなぜだろうか。実際に宰相室を出ていくリタも頬を桃色に染めていた。


 俺も一緒に退出するつもりだったのだが、呼び止められて留まった。やはりリタの正体に気付いてはいるらしい。まあ、この人が会ったことのある人の顔を忘れるなんてことはあり得ないのだが。


 

「驚きました」


「そうは見えませんでしたが?」


「あの方はどうしてリズダイクに?あなたとどんな関係なんですか?」



 リタの前では全く動揺を見せなかったが、内心は違ったらしい。上司は「はぁ……」と詰めていた息を吐き出してソファーに座り込んだ。がっくりとうなだれるその姿は初めて見るもので、悪戯の成功に胸が躍る。



「リタが彼女じゃないとは疑わないんですね。まあ、確実に彼女ですが。俺とリタの関係はお話した通りで、リタは俺が正体を知っているとは思っていません。だからリタの過去については知りません」


「あの方は、何をお考えなのだろうか…」


「国に戻ることは考えていないようです。多分、全てを白紙にして新しく人生を始めようとしてるんだと思います。どうやらあちらの国王陛下は事情をご存じの上放置しているようですし」


「そうですか、じゃあ……」



 上司はそこで言葉を切ると、十分にためてから顔を上げた。その表情は……

 


「なんの問題もありませんね、ええ、なにも」



 凶悪なまでに爽やかな笑顔だった。



「それで、あなたはこれからどうするつもりなんですか?今までの事は確かに聞きましたが、これからのことは聞いていませんでしたね。あなたさえよければ、私がリタさんの『お養父さん』になりますよ。ロセット家にとって、クヴァント公爵家の娘は十分価値があるでしょう?」



 さっきまでうなだれていたのは演技だったのかもしれない。もしくは怪しい笑みを隠していたのかも。それくらいにこの人は上機嫌で話しだした。内容はかなり残念だが。



「リタとはそういう関係…」


「なら、是非私がお養父さんとして良い相手を」


「になる予定です」



 リタに相手を?冗談じゃない。これからより一層男の目に触れることになるのだって、理性をかき集めて耐えたっていうのに。



「そうですか、では、早くそれを伝えたほうがいいとアドバイスしましょう」





*************************************************************************



そんなアドバイスを頂いたにも関わらず、未だに俺はリタにたった5文字のその言葉を言えていない。仕事が忙しい…というのはいい訳で、本当はリタが俺の事をどう思っているのかを測りかね、口に出す勇気がないだけなのだが。そんな事は全く知らずに、リタはヒューズ団長と仲良くなったり、ふらふらと出歩いたりしていて。



「と言うわけで、今夜は飲みに行きましょう。ああ、もちろん妻も来ますからリタさんも一緒に」


「……と言うわけで?」


「お酒の力は偉大ですよ」





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