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ブードゥーの叫び  1

作者: 鈴崎 緒兎

軽はずみな行動が不味かった。

木々が圧し折れんばかりにうねり、雨が横殴りに体中を打ち尽くす。

傘は既に折れ(いやあったとしてもこの雷雨では役に立たなかっただろう)、今朝まで肌を焦がしていた太陽はすっかりその身を黒ずんだ雲に隠してしまっている。

現在地はT県H山。

しかし、正確な緯度経度は分からない。

小さく舌打ちしたが、その音はすぐに風にかき消された。

自室に閉じこもり卒業論文のテーマをどうするか思い悩み、陰鬱になっている所、大学の友人に登山の計画を持ちかけられて気分転換のため誘いに乗ったのだが、あの時にきっぱりと断るべきだったと後悔する。

さらに、一人浮いている登山の格好で駅前で友人からのドタキャンのメールを受け取った時に意地にならずに帰ればよかったのだ。

杖代わりにしている傘とは最早言えない棒を右手に持ち替えて左腕の腕時計を見遣る。


『11/09/11 17:28』


デジタル表記の数字は僕を天候と同じ気分に浸らせた。

もう一時間もすれば完全に視界は闇へと閉ざされてしまうだろう。

登山道から大きく離れてしまったのも失策だった。

でも、確かに誰かが登山道から離れて僕が今向かっている方に歩んでいたのが見えたのだ。

現地の人だろう。避難所があるのかもしれない。

そう安易に思ってしまうほど、正規のルートで下山を試みるには僕の体力も精神力も残されていなかった。

誰かがルートから外れて鬱蒼と茂る草木には、目を凝らさないと分からない程の、幅50センチぐらいのけもの道と言われても違和感がない舗装されていない道が続いていた。

その道を決死の覚悟で歩んみ、30分ほどで岩壁にぶつかった。

道は岩壁に沿って続いており、程なくしてぽっかりと岸壁が一部分抜けている洞穴を発見した。

洞穴。

まさに洞穴だった。

目を凝らしてみてもどこまで続いているのか分からず、まるでトンネルを掘ろうとダイナマイトで爆破したはいいが、それっきりになっているようなボロボロの穴だった。

とっさに僕の脳裏に先程、この道を形容した言葉である『けもの道』という単語が浮かんだ。

もしかすると熊の巣かもしれない。

洞穴で休息するのを止めてさらに岩壁に沿って歩み出し、今に至るという訳だ。

あのまま洞穴で休めば良かった。

熊なんてそうそう滅多にお目にかかるものじゃない。

あの洞穴は昔使っていた防空壕かもしれない。

今日だけで何回選択を失敗しているのだろうか、と自責し気分が更に落ち込んだ。


少し肌寒さを感じ、一旦足を止めて体を両手で擦る。

そして、乱れた呼吸を整えようと背負いバックからQooを取り出した。

一口腔内に含んで食道に通すと鼻腔に爽やかなオレンジの薫りが通り抜け、一瞬悲惨な現状を忘却させてくれた。

落ち着いた視線で周囲を見回してみる。

すると、視界の左下方に周囲の灌木の風に振られるような柔な闇とは違う、ずっしりとした色の濃い黒色の物体が目についた。

その物体の天辺は横長の四角錐のようで、それが建物だと気が付くのに1秒とかからなかった。

僕は建物に向かって滑り降りるように斜面を駆け降りた。

物体が近づくにつれて気分が高揚する。

斜面が緩やかになると、鬱蒼とした灌木や草が不自然に建物を中心に円形に拓けている。

木造2階建ての家を目の前にして生き返ったような気になるが、すぐに不審に思う。

その家の窓は一階も二階も全て鎧戸によって閉ざされており、その鎧戸も所々朽ち果てていた。

とても人が住んでいるようには思えないし、公共の避難所とも思えない。

良かりし頃の別荘の成れの果てだろうか。

ステンレス製の戸があったので大きくノックしてみたが反応は無く、ノブを回しても鍵がかかっている。

しかし、築年数はともかくなかなか立派な家に不釣り合いな戸にこれが裏戸であることに思い至り、壁に沿って二回直角に回ると、両開きの木造玄関に行き着いた。

玄関の前方には煉瓦のアプローチが敷き詰められているのを見て、人がかつて住んでいたことを知り、安堵する。

表札は見当たらず、やはり捨てられた別荘だったことが窺い知れる。

玄関をノックして、すみませんと大声で叫んでみたが反応は無かった。

あの鎧戸ならば壊せるだろうし、ガラスもまた然り。

器物破損になるが、非常事態だ。

持ち主に弁償しろと言われても、今の僕なら喜んで弁償する。

一応、駄目で元々と金メッキが剥がれおちたのか、それともまばらに金メッキを施したのか分からぬドアノブを捻って押してみると、木造特有の軋んだ音を立てて開いた。

建物の中に入ると、木特有の匂いと埃の臭いが充満し、ツーンと鼻を差した。

内部は外部と比べると意外にもしっかりした造りとなっており、床に足を下ろしても軋むことはない。

壁を手で探ってみると電気のスイッチの感触があったため押してみたが、予想通り電気は点かなかった。

仕方なくバックから携帯電話を取出し、変わらず圏外の表示に落胆しながらもデジカメモードにしてそのライトで周囲を照らして見る。

現在いる場所は当り前といおうか、玄関の靴脱ぎ場で隣に靴箱が置かれていた。

靴箱を覗くと埃まみれのスニーカーと革靴が一足づつあった。

前方にライトの光を伸ばすと廊下が続いており、左側に二部屋、右側に一部屋、突き当りにドアがあり、そして右側の部屋に続くドアの前に二階へ登るための階段があった。

靴を脱ごうか迷ったが靴下が埃塗れになることが確実なため土足であがり、内部を捜索する。

左側の手近なドアを開けると客間であろうか、横長のソファーと個別の重厚な椅子が置かれ、棚にはトロフィーが飾られていた。

例に漏れず埃まるけのトロフィーを手に取ってみると、ゴルフコンペの賞品だということが分かった。

台座には『藤堂 尊』という名前が刻まれている。

この家の持ち主だろうか。

見ず知らずの藤堂さんに一宿一晩の宿を提供してくれたことを感謝して、トロフィーを元に戻しておいた。

次に隣の部屋に移る。

ここは襖で遮られていたため、立てつけが悪くなっている襖を力づくで引いた。

中に入ろうとすると顔面を蜘蛛の巣が捕え、ぎょっとする。

手で素早く蜘蛛の巣を払い、中を見渡すと畳が八つ敷かれた和式の部屋だと分かった。

畳は黒ずみ井草が剣山のように飛び出ているのを見て、もう何十年も使われていないようだ。

先程の部屋とこの部屋とで来客に応じて応接する部屋を変えていたのかもしれない。

部屋を出ると階段に隠れて気が付かなかったが、階段に埋め込まれたドアを見つける。

開けてみると1畳ぐらいのスペースにタイルが敷かれた床の中央に白い和式便器が据えられていた。

トイレットペーパーはなく、天井から垂れ下がった鎖を引っ張ってみても水は流れない。

水道も止められているのだろう。

トイレから最初に見て正面にあったドアを捻る。

このドアが先程の裏戸かと思ったが、中は横長の三畳ほどの部屋で空っぽだった。

もしかしたら物置に使っていたのかもしれない。

その証拠に床下収納のための取っ手が床にはめられており、一応中を覗いたが、人ひとり分ぐらいしか入れるスペースはなく、空だった。

廊下を戻り、階段横のドアに入る。

入ってすぐに腰かけ椅子と大き目の机が置かれており、左手側にキッチンが見えた。

念のためコンロの点火スイッチを回してみたが、もちろん点かなかった。

台所の横に冷蔵庫があったため、開けてみる。

中は開けると使用していない冷蔵庫特有の嫌な臭いが鼻を突く。

中はぎっしりと缶詰で埋まっており、一缶手に取ってみると賞味期限が三年も過ぎていたため、賤しい僕をがっかりさせた。

また、冷蔵庫横にもドアがあり、鍵を外して開けてみると案の定、外に通じていた。

これが裏戸なのだ。

暴風に煽られて雨が室内に降り注いだのでとっさに閉めるも一階の構造が分かり満足する。


目ぼしいものも無いため二階へ移る。

何故こうも隈なく調べているのかというと、恥ずかしい話、怖いからだ。

もし、殺人鬼のような人間がこの家のどこがで息を顰めていて、僕が寝静まった所をズバッっとチェーンソーか鉈かで殺すのを窺っているかもしれないと思うと、夜も眠れない。

ただ、そんな人間を万が一見つけてしまっても勝てる気はしないが。

しかし、眠りこけて無防備な状態より勝率は高いだろう。


ぎしぎしと階段はうねるが古い家の階段はこういうものだ。

突き抜ける心配はなさそうだ。

二階は一階よりも狭く、部屋数も二つしかない。

登って来た階段を降り返す様に廊下が続き、右側に部屋が二つ。

一つはベッドが二つ置かれており、寝室だと分かる。

羽毛布団は薄茶色く汚れ、試しに幾ばくか気合を入れて傘で叩いてみたが、埃が宙に舞っただけで手応えはなかった。

だが、もう一つが奇怪な部屋だった。

部屋中の壁一面がぐちゃぐちゃと不規則にクレヨンのようなもので赤、青、黄色と色の特定なしに線が引かれており、僕を圧倒させた。

通常の神経の持ち主では無いことは火を見るのも明らかである。

芸術家が墨汁の付いた丸めた新聞紙をひっちゃかめっちゃかに部屋中の壁に投げつけて、『これが私の作品です』と言っているのをテレビで見た事があるが、この部屋の住人もそういう類の人間なのだろうか。

しかし、鎧戸が閉められ、一筋の光も入り込まない中では良い気はしない。

ただただ不気味である。

部屋の隅には縦長の本棚が置かれ、高さは僕の身長よりも十センチほど高かったため、180センチはあるだろうか。

上段にばかり本が並んでいるため、藤堂さんは背が高いのかもしれない。

本の種類は『粒子線物理学』だのなんだのといった理系の専門書ばかりで、唯一『ジョジョの奇妙な冒険』という漫画が異彩を放っていた。

文系人間である僕の本棚ならば逆にジョジョがジョセフの血液並に馴染み、理系の専門書が異彩を放つだろう。

ただ、この気色悪い部屋を創り出した人も同じ人間、いやむしろ気が合いそうな人だったので安堵感を覚える。

詳しく見ると四部あたりまで揃っている。

一通り探索し終えたら後で読まさせてもらおうと思い、本棚横に置かれた机に注目する。

机の上には筆記用具や懐中電灯が置かれており、試しに懐中電灯を点けてみると点いたため、携帯電話を終い、使わせてもらうことにする。

引出を探ると一冊の表紙が禿げたノートが出てきた。

水でも零したのか、それとも老朽しているのか、黄ばんだシミのようなものが染みついている。

相当古そうなノートだ。

何気なしに表紙をめくると鉛筆の黒鉛で文字が書かれている。

所々破けたノートの文字に目を通してみる。




『 過ぎゆくなにもかもが私の心を透過する。私の心のろ過紙は網目が広く、一切合切何かをこすことはない。元来、そんな人間が日記をつけることなど許されることではないのだが、この出来事は書き記さねば私が赦さぬ。 』



なるほど。これは日記ということか。しかも、黒歴史っぽいな、と読んでいる自分の方が恥ずかしくなった。


『 今年30になる私が社会の中で生きていけぬことを悟ったのは六歳の時だった。

 父母の親身な愛情を一身に受けて育ったが性根が腐りきっていた私に花が咲くことはなく、自分が他人とはどうしても交り合えぬ事が苦痛だった。

 他人が私と接するとどうしようもなく不快になるようで、口に出すものもいれば、表情を歪めて何も言わずに足早に去って行く者もいた。

 千差万別の対応をする彼らの唯一の共通点は二度と私に関わり合わないことだった。

 孤独に打ちひしがれ、慟哭する夜もあった。

 母はその度に私を慰めてくれた。

 父はあらゆる医師に頼み込み私を看てもらった。

 その愛情が私にはたまらなく苦痛だった。

 検査の結果は異状なし。

 身体も精神も頭脳も頗る良好との診断結果は、異常を期待していた私はいよいよ絶望した。

 腫瘍のない癌。

 私は自分の事をそう呼び、今日に至るまで沈んでいった。

 次第に両親も私の心から離れて行った。

 人生で一番嬉しかったことの一つ。

 もう、私に構わないでいた方が彼らの一番の幸福なのだ。

 それから私は、外界の出来事に何一つ感心を示さず、父が買い与えてくれたこの家に引き籠るだけ。

 唯一、数字だけが私の心を掠め取るのだが、数字は友達にまでなってくれず、むしろ人格の無い記号だから私の心が惹かれた事に気が付き、さらに沈む。

 精神の底を切望したのだが、精神というものに表面はあれど底など存在しないのかもしれない。

 世間一般の人よりも重量がある鉛を引っ提げて二十四年も沈み続けても到達しないのだからだ。

 もしかするとあと二十年ほどしたら底にぶつかるのかもしれないが、私がそこまで持たないだろう。 』



一階にあったトロフィーで判明した藤堂尊さんはこの人の父親なのかもしれない。

そう思いながらページをめくる手を進める。



『 去年、父と母が亡くなった。

 私に会うために高速道路を走行中、酔っ払いのトラックに衝突されたのだ。

 葬儀に参列したかったが、山を降りる勇気はなかった。

 役所の人が相続のためここを訪れたが、居留守を貫き通し、書類だけ投函されていた。 

 もう、疲れた。

 いつくるやも知れぬ底に心底疲れ果てたのだ。

 底なし沼と呼ばれるものがあるのかもしれぬが、論理的に考えれば地球は球体だからいつか底が表面となり現れる。

 だが、精神が球体だと観測できた者はいない。

 もう、限界だ。

 待てども待てども待ち人来ず。

 人?

 来たのだ。

 人が。

 あの日は忘れもしない。

 八月二五日だ。

 日本列島を台風が襲ったあの日、私は私の、両親さえも成し得なかった理解者を遂に得たのだ。

 彼女の名前は三木早苗といった。

 台風が迫る暴風の中、迷い込んでこの家の門を叩いたのだ。

 誤解されては困るが、私は困っている人を見捨てておけぬ性質だ。

 彼女を家に招き入れたが、すぐさま困った。

 話すことができないから。

 私はどうも万人に不快な声質をしているようで、これが私が嫌われる理由だということは知っていた。

 彼女も何も喋らない。

 普通という概念をもう何年も離れているため、『下界』(私はこの家以外の世界を下界と呼ぶのです)の倫理道徳が如何様に変質したのか知らないが、普通はお礼なり経緯なりを向こうから離すことが筋だと思うのだが、一向に女は口を開かない。

 そればっかりか、何かを一心不乱に書いている。

 たまらず私は彼女に呼びかける(私には声と同時に心臓まで飛び出るのではないかと思われました。両親以外と話したことは六歳以来ないのでしたから)のだが、全く反応がない。

 不審に思った私は彼女が何を書いているのかと手元を覗いてみると、文章が書かれている。

 彼女は恥ずかしそうに書き終えたそのノートの紙を破り、私に渡した。

 彼女らしく長々とした文だったが、要約すると自分の名前とお礼と自分は先天的な聴覚障害者で話すことができないということが書かれていた。

 そんな人が何故こんな時期に登山をするのか不思議に思い、自分もその旨を紙に書いて尋ねてみたが、首を横に振るだけで答えてくれない。

 さして興味も無かったので、居間に連れていき食事を振る舞った。

 美味しいと言ってくれたが、全部缶詰かレトルトだったので黙っておいた。

 それよりも、私は筆談というものの存在に今更ながらに気が付いた。

 筆談!

 なんで気が付かなかったのだろう!

 考えを視覚情報として一旦紙に落とし、さらに吟味することで伝えたいことを相手に伝えられる。

 考えなしの発言は全て客観的な文字情報に変換され、衝突を生む発言も相手に伝わることなく消すことが出来る。

 第一私は声を発することをせずとも良いのだ!

 私と彼女はその夜、色々な事を筆談した。

 いや、彼女が下界のことを私に教えるというスタンスが大半であったが。

 彼女は『ジョジョの奇妙な冒険』という漫画が好きなようで、その話をすると筆が止まらなくなった。

 だが、漫画など読んだことが無い私には通じることなく、彼女を少し失望させてしまった。

 下界では誰もが知る人気漫画なのだろう。

 『是非、読んでほしい。人生の70%は損してる。四部が最高なの』と書かれたが、興味がない。

 しかし、一応建前として『分かった』とだけ書いておいた。

 彼女は私をまるで仙人のようだと形容した。

 こんな堕落しきった仙人なんていない。

 私はしわがれた声で笑った。

 自分の声が自分の鼓膜を振動させて不快になるものの、声を出して笑っても彼女には一切聞こえない。

 だが、笑っている様子は視認できるため、彼女も肩を震わせてくくく、と笑っていた。

 気持ち良かった。

 声に出して笑えることがこんなにも愉悦を味わえることなのだと初めて知った。

 一晩経っても会話は続き、日が昇り、台風一過の空は雲一つない晴天だった。

 彼女は礼を書き残して去って行った。

 書けなかったが、私は彼女にずっといて欲しかった。

 彼女の姿を見送って、姿が見えなくなって、しばらく茫然として、彼女を追い掛けた。

 だが、探しても探しても見つからず、大声で彼女の名前を呼んだ。

 呼び続けた。

 叫び続けた。

 けれども、彼女の聴覚が私の声を認識する事など無いだろう。

 もしかしたら彼女は頂上に向かったのかもしれないと考え、頂上に登った。

 無駄だけど、それでも彼女の名前を叫び続けた。

 登山ルートを何往復もした。

 晴れ晴れとした心地よい気候の中、登山を楽しむ人たちは私の声を聞いて、顔を歪め、耳を押さえていたが、私は無視した。

 倒れた人もいたようで、申し訳なく思ったが、私が抱える問題の上では些末なことだった。

 見つからなかった。

 日が暮れて私は諦めた。 

 だが、日に日に彼女への思いは強まっていく。

 でも、彼女がどこにいるのか、私にとって広すぎるこの日本では探し出せる望みが薄い。 

 思い出が薄れないよう、風化しないよう、日記をこのようにしたためたのだ。

 この日記が存在する以上、私は諦めない。』



その後、8月31日まで彼女を捜索している様子が見て取れる。

興信所への依頼が主であり、その経緯と結果が載っている。

だが、見つかったという報告がないばかりか、10~30代の範囲で三木早苗という名前の人物は日本に存在しないことが書き綴られていた。

数ページ破られた跡があり、そして





『 9月8日


  死ぬことにした。

  ありがとう 』



の言葉が残されていた。

他のページを隈なく調べたが、この言葉以降、後に何も綴られていない。



この男が一体何をしたのだというのか。

誰が何もしなかったことがこの男の不幸だ、と言えるだろうか。

ノートを閉じ、元の引出に仕舞う。

本棚を見ると『ジョジョの奇妙な冒険』が視線の高さにちょうど収められている。

彼はいつどこで三木早苗にあってもジョジョ談義に話を咲かせられるよう勉強したのだろうか。

この男がジョジョを読んで面白かったのかどうか訊いてみたい。

せめて面白かったと言って欲しい。

が、答えが返ってくることは二度とないだろう。


僕はその部屋を出、隣の寝室のベッドで横になり一夜を過ごして藤堂家を後にした。

藤堂も三木もこの煉瓦を歩んだのかと思うと胸が締め付けられる。

煉瓦のアプローチを出て、露を葉上に器用に保つ草を両側に従えた道なりに歩むと公道はあっけなく見つかった。

そうだ。

卒業論文は三島由紀夫の金閣寺をテーマにしよう。

太陽は山々も草木も僕も全てを焦がさんばかりに照りつけていた。

ブードゥーの叫び 2 へ続きます。

申し訳ございませんが、短編小説にカテゴライズさせてしまったため、『2』は別個のものとしてアップされていますのでよしなに。

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