第6章 遅れた時間を取り戻すトレーニング期間
――失った三か月を、もう一度取り戻すために――
⚪︎三か月の遅れ
三か月ぶりにグラウンドへ戻った僕たちを待っていたのは、想像以上に厳しい現実だった。
体が思うように動かない。
走ればすぐに息が上がり、バットを振れば体が重い。ボールを投げても、以前のような感覚が戻ってこなかった。
三か月という時間は、思っていた以上に大きかった。
僕たちが練習を休んでいる間も、ほかのチームは走り込みをし、バットを振り、試合に向けて準備を続けていた。
その差は、これからの練習で埋めていくしかなかった。
目指すのは、最後の夏。
残された時間は限られている。焦る気持ちはあったが、いきなり以前の自分たちに戻れるわけではない。
まずは体力を取り戻し、野球の感覚を呼び戻すこと。
僕たちの再出発は、そこから始まった。
2.まずは体を作り直す
最初に思い知らされたのは、体力の低下だった。
以前なら普通にこなしていた走り込みが、今は苦しい。走っている途中で足が重くなり、呼吸も乱れる。
走り終われば、膝に手をついて息を整える。汗が流れ、体の疲れを感じても、次のメニューは待ってくれなかった。
筋力トレーニングや体幹を鍛える練習にも取り組み、野球を続けるための体を作り直していった。
走る。鍛える。そして、また走る。
一つひとつの練習が、以前よりも厳しく感じられた。
三か月前まで当たり前にできていたことが、簡単にはできない。頭では分かっていても、体がついてこないことが悔しかった。
それでも、練習を休んでいた時間を嘆いているだけでは、何も変わらない。
自分たちが止まっていた間にも、時間は進んでいた。
だからこそ、今できることに取り組むしかなかった。
苦しくても、途中で投げ出さない。
一日で取り戻そうとするのではなく、毎日の練習を積み重ねる。
僕たちは、失った時間の重さを感じながら、少しずつ体を作り直していった。
3.仲間と乗り越える
トレーニングを続ける中で、何度も足が止まりそうになった。
もう少し休みたい。これ以上走るのはきつい。
そんな気持ちになることもあった。
けれど、隣には同じように苦しみながら走る仲間がいた。
自分だけがつらいわけではない。みんなも同じところからやり直している。
そう思うと、もう一度足を動かすことができた。
ある日のトレーニングで、走り込みを終えた僕たちは、グラウンドの端で息を整えていた。
みんな汗だくで、肩で大きく息をしている。
僕が息を切らしながら、
「きついな……」
と呟くと、隣にいた仲間が笑いながら言った。
「三か月サボったんだから、当たり前だろ」
「分かってるよ。でも、こんなに体力落ちるとは思わなかった」
「俺も同じだよ」
そう言って、二人で少し笑った。
少し間を置いて、仲間が言った。
「でもさ……もう、あんなことにはしたくないよな」
その言葉を聞いて、僕は三か月間のことを思い出した。
練習に行かなかった日々。仲間とグラウンドに立てなかった時間。チームがなくなるかもしれないと思ったこと。
もう一度野球をしたいと願いながら、どうすればいいのか分からなかった日々だった。
「うん」
僕は短く答えた。
「もう一回、ちゃんとやろう」
仲間は頷いた。
「今度は勝ちたいな」
「勝とう」
長い会話ではなかった。
けれど、その言葉には、もう一度みんなで勝利を目指したいという思いが込められていた。
三か月前、僕たちはばらばらになった。
今は、再び同じ目標に向かおうとしている。
「休憩終わり!」
誰かの声がグラウンドに響いた。
僕たちは立ち上がり、再び走り始めた。
体はまだ重かった。それでも、隣を走る仲間の姿が、もう一度前へ進む力になっていた。
4.技術を取り戻す
体力だけでなく、野球の技術も取り戻さなければならなかった。
キャッチボール、守備練習、バッティング。一つひとつの基本を確認しながら、体に感覚を覚え直させていった。
ボールを捕る。投げる。打つ。走る。
普段なら意識しなくてもできていた動きが、思うようにいかない。
ボールを捕るときに反応が遅れる。打球が芯に当たらない。自分ではできているつもりでも、体の動きが感覚と合わない。
「前はもっとできたのに」
そう感じることもあった。
けれど、以前の感覚を求めて焦っても、すぐに戻るわけではない。
必要なのは、目の前の練習を一つずつ積み重ねることだった。
キャッチボールでボールの感触を確かめ、守備では打球への反応を取り戻す。バッティングでは、自分のスイングを確かめながら、少しずつ感覚を磨いていく。
練習を続けるうちに、体の動きが徐々に戻ってきた。
小さな変化だったとしても、自分の成長を感じられることは嬉しかった。
三か月前の自分に戻ることは、簡単ではない。
それでも、昨日より少しでも前に進めているなら、その積み重ねには意味がある。
僕たちは、焦らずに野球の感覚を取り戻していった。
5.失った時間を力に変える
練習を再開してから、僕は野球に対する気持ちが少しずつ変わっていくのを感じていた。
以前は、練習することが当たり前だった。
放課後になればグラウンドへ向かい、仲間と練習する。苦しいことがあっても、次の日にはまた野球をする。
それが、ずっと続いていくように思っていた。
しかし、三か月間、野球ができない時間を経験した。
練習に行かなくなり、仲間と過ごす時間もなくなった。高校野球を続けられなくなるかもしれないという現実を、初めて身近に感じた。
だからこそ、再びグラウンドに立てることの意味が変わっていた。
野球ができることは、当たり前ではない。
仲間と一緒に練習できることも、限られた時間の中にある。
そう考えると、一日一日の練習を無駄にはできなかった。
もちろん、勝ちたいという気持ちも強くなっていた。
三か月前、僕たちは結果を出せず、悔しさを抱えたまま野球から離れた。
今度こそ勝ちたい。
そして、仲間と最後の夏まで野球を続けたい。
そのために、目の前の練習に取り組んだ。
失った時間は戻らない。それでも、その経験をこれからの力に変えることはできる。
僕たちは、少しずつ前へ進んでいた。
6.少しずつ戻ってきた感覚
練習を重ねるうちに、体にも変化が表れ始めた。
以前より走れるようになり、バットも振れるようになった。ボールを投げる感覚が戻り、守備でも体が反応するようになってきた。
まだ十分とはいえなかったが、確かな手応えがあった。
ただ以前の状態に戻るだけではない。
一度、野球を続けられなくなるかもしれないという経験をしたからこそ、練習に取り組む気持ちも変わっていた。
以前なら見過ごしていた小さな成長も、今は自分たちが前に進んでいる証しに思えた。
仲間と練習し、互いに刺激を受けながら、少しずつチームとしての準備を整えていった。
三か月の空白を完全に埋められたわけではない。それでも、僕たちは立ち止まっていた時間を、自分たちの手で前へ進む時間に変えようとしていた。
そして、次の大会が近づいていた。
三か月の空白を経て、再び野球に向き合い始めた僕たちは、どこまで戦えるのか。
積み重ねてきた練習の成果が試されるときが、近づいていた。




