原作者ですが、そんな設定はありません
ゴロゴロしながら思考実験をしていたら、短編小説が一本できあがりました。
遊び心から生まれた作品ですが、楽しんでいただけると嬉しいです。
二千年ほど前の、とある町。
その日も、二人の男が酒を飲みながら、くだらない話に花を咲かせていた。
「いやー、最近やなことばっかでおもんないよなぁ」
「それなー」
一人が酒をあおり、ため息をつく。
もう一人は、そんな友人を横目に、何やら考え込んでいた。
「……なあ」
「ん?」
「こんな物語考えたんだけど……」
男は売れない物語作家だった。
「おっ、新作?聞きたい、聞きたい!」
男は嬉しそうに身を乗り出した。
「世界を救うぜーって意気込んでる男が主人公でさぁ」
「ほう。ヒーローものか」
「不思議な力を持つやつでさー。病気を治したり、水の上を歩いたりすんの」
「おおー!魔術使い!?ファンタジーじゃん!」
「で、舞台は異国の地にしようと思ってて」
「へえ、異国ってどこ?」
「ユダヤってとこ!」
「あー!ローマの東の方の!」
「そうそう、あそこの人たちって神さまを一人しかいないって信じてるらしくて」
「へえ!一人!?ユーピリテルとかユーノーとかいないわけ!?」
「そうらしい。でも、そういう世界観も面白いかなって」
「おお、もはや異国ファンタジーじゃん。それ、売れそうだな!」
友人はがははと笑った。
「だろ?んで、主人公の母親はマリアって名前で……なんと純潔のまま妊娠して主人公を生んだって設定で〜」
「なにそれ!?そんなことある?」
「いや、裏設定では相手がいるんだけど〜」
「なんだよそれ!どういうこと?」
「実はマリアって、昔はちょっと不良少女でさ。遊んでたわけ」
「ほうほう」
「で、妊娠したんだけど、親にバレたら怒られるから、咄嗟に『神託が……』って嘘ついちゃったってわけ」
「ぶはははは!面白い!けど、そりゃ無理あるだろ!」
「やっぱり?」
「いやいや!普通に考えてバレるだろ!」
「だよなぁ。やっぱり無理あるかー。じゃあ、この裏設定はボツな〜」
「それがいい。普通に神託受けて、純潔のまま妊娠したってことにしたら?神聖な感じ出るじゃん!」
「そうだな〜。物語的にもアツいな。しかも、マリアのファン増えそうだしな」
「そうそう!神秘的なヒロインって人気出るだろ!ヒロインはいる!絶対いる!」
「よし、採用!」
男は手元の蝋版に、さらさらと何かを書き込んだ。
「でさ、主人公は人々に愛を説くんだよ」
「愛?」
「そう。敵も愛せ、とか。困っている人を助けよう、とかさ」
「おおー、いいじゃん!カッコいい!」
「でも、最後は処刑されちゃうんだよな」
「えええ!?主人公死ぬの!?」
「そう。十字架にかけられてさ」
「うわー、重い展開だなぁ……」
「ところがどっこい!」
「ん?」
「三日後に復活する!!」
「うおおおおお!!!」
友人は思わず立ち上がった。
「なにそれ!!めっちゃアツいじゃん!!」
「だろ!?奇跡の復活だよ!」
「最高じゃん!絶対盛り上がるって!」
「へへへ。そうかなぁ」
男は照れくさそうに頭をかいた。
しばらく二人は物語の設定について語り合った。登場人物の性格、主人公の台詞、奇跡の数々、物語の結末。時には意見が食い違い、時には腹を抱えて笑った。
やがて、酒もなくなった頃。
男はぽつりと呟いた。
「なあなあ、これベストセラーになるかなぁ」
「なるよ!だって面白いもん!」
「俺もそろそろ一発人気作品当てたいんだよな〜」
「作家になって長いもんな」
「おー。今までは短編とか中編ばっかりだったけど、そろそろ長編にもチャレンジしたいなって。俺、この作品に懸けてるんだ」
「いいじゃん!絶対いけるって!」
「……人気出るといいな」
「ああ、出るよ!」
男はしばらく黙っていた。
そして、俯いたまま、小さく呟いた。
「……いつも、応援ありがとな」
「ん?」
「いや……ぐすっ……俺の作品なんてあんま人気ないのにさぁ……」
「おいおい、なんで泣くんだよ」
「だって……お前、いつも『おもろい』って言ってくれるじゃん……俺、嬉しくて……」
「……ぐすっ」
「お前まで泣くなよぉぉ!」
「おまっ、そんなん当たり前だろう!お前の書く物語、面白いんだから!!」
「うわぁぁぁ、ありがとぉぉぉ!!」
「うわぁぁ、長編期待してるぜぇぇぇ!!」
二人は肩を抱き合い、わんわん泣いた。
通りがかった店主が、ぎょっとして足を止めるほどに。
「けどさ、マジでこれ当たるよ!だって設定からおもろいもん!!」
「ほんと?」
「ああ、ほんと!!だから、頑張れよな!」
「ありがとぉぉぉ!!」
このとき、二人はまだ知らなかった。
この物語が、後に世界中の人々に語り継がれることになるなど。
ましてや、人類の歴史そのものを動かすことになるなど。
夢にも思っていなかった。
*
それから、長い長い年月が過ぎた。
場所は、天国。
二人の男が並んで座り、地上の様子を眺めていた。
「いやー、すごいなぁ」
「なー」
「俺の作品、まだ読まれてんのな」
「すげえよなぁ。もう何百年経った?」
「さあ?結構経ったんじゃね?」
「お前、世界的ベストセラー作家じゃん!」
「へへへ。照れるなぁ」
二人は嬉しそうに笑った。
地上では、大勢の人々が男の物語を読んでいた。
物語に感動して涙を流す者。
主人公の言葉に励まされ、生きる希望を見いだす者。
登場人物たちを愛し、その生き方を手本にする者。
「見ろよ!あの人、俺の作品読んで泣いてる!」
「ほんとだ!よかったなぁ!」
「ああ……書いてよかったなぁ」
男は感慨深げに頷いた。
やがて、地上には立派な建物が建ち始めた。
「……なあ」
「ん?」
「あれ、何?」
「なんか、お前の作品のために建物作ってるぞ」
「マジで!?」
「すげえじゃん!ファンの集会所じゃね!?」
「うおおお!嬉しい!!」
さらに年月が過ぎた。
「なあなあ!今度は俺の作品に出てくる十字架を首から下げてる人がいる!」
「おおー!グッズ化じゃん!」
「すげえ!あっ、マリアの絵もある!二次創作盛り上がってる!!」
「ほらな!マリアのファン増えるって言っただろ!」
「ほんとだな!!お前のアドバイスのおかげだわ!」
「へへっ」
二人は笑い合った。
さらに年月が過ぎた。
「おっ! 今日はなんかイベントやってるぞ!」
「すげえ人数だなぁ!」
「俺の作品のキャラの格好してる人もいる!」
「コスプレ勢じゃん!」
「うわー! 楽しそう!」
男は幸せそうに笑った。
自分が作った物語が、こんなにもたくさんの人々に愛されている。
創作者として、これ以上の喜びがあるだろうか。
ところが。
「……ん?」
ある日、男は首を傾げた。
「なあ、なんかケンカしてね?」
「どれどれ?」
二人は地上を覗き込んだ。
人々が何やら激しく言い争っている。
「……なんで?」
「なんか、お前の作品の解釈で揉めてるみたいだぞ」
「えええ!?解釈違い!?」
「そうらしい」
「いや、解釈なんて自由じゃん!」
「それなぁ」
ところが、争いは一向に収まらなかった。
やがて、人々は集団に分かれ、それぞれが自分たちの解釈こそ正しいと主張し始めた。
そして――。
「……なあ」
「……ん?」
「……なんか、戦争してね?」
「…………」
「……なんで?」
「……さあ」
二人は、しばらく黙って地上を見つめていた。
人々は互いを傷つけ、命を奪い合っていた。
その口からは、男が書いた物語の言葉が語られていた。
「……いや、ちょっと待って」
男は呆然と呟いた。
「俺、そんなこと一言も書いてないぞ?」
「……うん」
「むしろ、仲良くしようって書いたんだけど」
「……そうだな」
「主人公、敵も愛せって言ってたよな?」
「……言ってた。カッコいいヒーローだったよ」
「……なんで戦争?」
「…………」
男は頭を抱えた。
「いやいやいや!!ちょっと待てって!!原作読んでる!?ちゃんと読んでる!?」
「落ち着け、落ち着け」
「いや、落ち着けないだろ!!俺の作品で人が死んでんだぞ!?大勢!!」
「……そうだな」
「……ただの創作だぞ?」
「…………」
二人は顔を見合わせた。
「……人間、怖いな」
「ああ、怖い」
「楽しんでもらいたかっただけなのにな」
「ああ……」
「励みになってほしかっただけなのにな」
「ああ……」
男は肩を落とした。
*
さらに年月が過ぎた。
どうやら、地上ではインターネットなるものが発明されたらしい。
天国でも、なかなか便利なものとして普及していた。
男は今日も、自分の作品の評判を眺めていた。
「……うわっ」
「ん? どうした?」
「やべー、コメント欄荒れてる〜。これ炎上必至じゃん」
「また?」
「うん。また解釈違いで揉めてる」
「懲りねえなぁ」
「しかもさ、俺のことも持ち出して争ってんの」
「うわー、作者巻き込み型の炎上じゃん」
「いや、俺、そんなこと言ってねえし!」
「原作者なのになぁ」
「なんならさ、原作にない設定まで勝手に増えてんだけど!」
「二次創作だろ?」
「いや、二次創作はいいんだよ。むしろ嬉しいよ!でもさ!」
「うん」
「その二次創作を正史だって言い張ってんの!!」
「ぶはははは!!」
「笑い事じゃねえって!!」
男は頭を抱えた。
「……もう作者声明出したい」
「出せば?」
「天国からどうやって!?」
「……たしかに」
「しかもさ、今さら『あれフィクションだから』なんて言ったら大炎上するぞ」
「だろうなぁ」
「絶対『作者を名乗る偽物だ!』って言われる」
「ありそうwww」
「本人なのに!!」
二人はしばらく笑い転げた。
やがて男は、画面を見つめながらぽつりと言った。
「……でもさ」
「ん?」
「こうやって楽しんでくれてる人もいるんだよな」
画面には、主人公の言葉に勇気づけられたという人の書き込みが映っていた。
大切な人を失った悲しみから立ち直れたという人。
辛いときに物語の言葉に救われたという人。
子どもに読み聞かせをしているという人。
「……ありがたいよなぁ」
「ああ」
「俺の作品なんかで、誰かが元気になってくれるなんてさ」
「お前の作品、面白いからな」
「へへ……ありがとな」
男は照れくさそうに笑った。
そして、再び地上を眺める。
世界中に広がった、自分の物語。
愛する人々も、争う人々も、泣いている人々も、笑っている人々も。
みんな、同じ物語を読んでいる。
「……不思議だなぁ」
「何が?」
「同じ作品読んでるのにさ。全然違うこと考えるんだな」
「……そうだな」
「人間って面白いよな」
「ああ」
「……怖いけど」
「怖いなぁ」
二人はしばらく黙っていた。
そして――。
「……なあ」
「なんだ?」
男が、ふっと笑った。
「……未来の人間見て、新作思いついたわ」
「おっ!! 聞きたい!!」
友人は、二千年前とまったく変わらない顔で身を乗り出した。
「実はさ……」
男は嬉しそうに語り始めた。
ある創作者が、面白い物語を考える。
ところが、その物語が思わぬ形で世界中に広まってしまう。
人々はそれを真実だと信じ込み、やがて壮大な歴史を作り上げていく。
それを見ていた創作者は、驚き、喜び、悲しみ、そして――。
「……って話なんだけど」
「ぶっはははは!!!」
友人は腹を抱えて笑い始めた。
「なにそれ、お前が主人公かよ!めっちゃおもろいやん!」
「そう?」
「うん!やっぱりお前、天才だな!」
「照れるじゃん」
「そりゃ、未来でお前の作品の二次創作で溢れかえるわけだわ!」
「なんだよ〜、褒めるじゃん」
「当たり前だろ!」
友人は、笑いながら男の肩を叩いた。
「……でもさ」
「ん?」
「その新作、また誰かに変な解釈されるかもしれないぞ?」
「……だよなぁ」
「今度はお前自身が主人公だしな」
「……確かに」
二人は顔を見合わせた。
そして、同時に吹き出した。
「ま、いいか!」
「いいのかよ!!」
「だって、面白いんだもん!」
「ぶはははは!!そうだな!」
男は笑った。
自分の物語が、この先どんな運命を辿るのか。
そんなことは、誰にもわからない。
けれど。
「……なあ」
「ん?」
「今度の新作も、最初に読んでくれる?」
友人は、少し驚いたように目を丸くした。
そして、にかっと笑った。
「当たり前だろ!」
「……ほんと?」
「ああ!」
友人は男の背中を、ばん、と叩いた。
「俺、お前のファンなんだから!」
男は照れくさそうに笑った。
「……ありがとな」
二千年経っても。
世界中に何億という読者が生まれても。
二人の創作談義は、あの日から何も変わらない。
「じゃあさ、まずは主人公の設定なんだけど……」
「おっ!聞きたい、聞きたい!」
天国の片隅で、二人の笑い声が響く。
今日もまた、新しい物語が生まれようとしていた。
――了




