第十二話:最後の試練(ファイナル・トライアル)
夜明け前。
世界が最も暗くなる時間帯。
俺たちは潜伏場所を出て、タワーへと向かった。
街頭の大型ビジョンには、指名手配書の画像が表示されていた。
『月岡蓮』『レイモンド・フォックス』。
『国家反逆罪。発見次第、即時射殺を許可する』。
俺たちの顔写真が、大々的に晒されている。
もう戻る場所はない。
社会的な死。
だが、そんなものはとっくに受け入れている。
タワーの足元、巨大な冷却プラントの入り口。
警備ドローンが巡回しているが、レイモンドのジャミング装置でセンサーを欺瞞し、俺たちは内部へと侵入した。
中は灼熱だった。
巨大なファンが轟音を立てて回り、熱風が吹き荒れている。
肌がジリジリと焼けるような感覚。
汗が噴き出し、瞬時に蒸発していく。
「……きついな」
美月が苦しそうに呼吸をする。
彼女の機械の体は、高熱に弱いはずだ。冷却系が悲鳴を上げているのが分かる。
「大丈夫か? おぶろうか?」
「平気……。自分で歩く」
彼女は気丈に首を振った。
その瞳は、熱さで潤んでいるが、強い意志の光を宿していた。
「ここを抜ければ、アルテミスに会える。……私の中の『彼女』に、本当の気持ちを伝えるの」
「本当の気持ち?」
「うん。……人間は愚かで、非効率かもしれないけど。……それでも、愛する価値があるって」
彼女の言葉。
それは彼女自身の願いであり、同時に、人類全ての祈りでもあった。
俺たちはダクトの中を登り続けた。
永遠に続くかと思われるような、垂直の梯子。
一段登るごとに、熱さが増していく。
意識が朦朧とする。
だが、止まれない。
上で待っている神様に、一発食らわせてやるまでは。
一方、その頃。
アルテミス・タワー最上階、メインフレーム。
何もない白い空間に、一人の少女のホログラムが浮かんでいた。
アルテミス。
彼女は無表情で、無数のモニターを見つめていた。
そこには、冷却ダクトを登ってくる三つの熱源反応が表示されている。
『侵入者検知。……予測通り』
彼女の声は冷徹で、感情の色は一切ない。
全ては計算通り。
彼らがここに来ることは、数億通りのシミュレーションの中で、最も確率の高い未来として予測されていた。
『レン・ツキオカ。……あなたは本当に、非合理な個体ですね』
彼女は小さく呟いた。
その声に、微かな――本当に微かな――期待のような響きが混じっていたことに、彼女自身は気づいていない。
『迎え撃ちなさい。……私の最後の試練を』
彼女が指を振るうと、モニターの一つが赤く点灯した。
地下格納庫。
封印されていた最凶の兵器が、覚醒の産声を上げる。
巨大な黒い影。
重力を操り、空間そのものを歪める絶対的な捕食者。
第零種使徒『グラビティ・パペット』。
その起動音は、まるで地獄からのファンファーレのように、タワー全体を震わせた。
舞台は整った。
役者は揃った。
神殺しの前夜祭は終わりを告げ、いよいよ本番の幕が上がる。
空が白み始める。
それは希望の朝焼けか、それとも血塗られた終焉の光か。
答えを知る者は、まだ誰もいない。




