第九話:反乱軍の正義(ジャスティス・オブ・レジスタンス)
旅の終着点は、巨大な蟻地獄のようだった。
荒野の果てに現れた「旧第三採掘プラント」。
かつてレアメタルを掘り尽くし、放棄されたその巨大な竪穴は、今や人類最後の希望――あるいは墓場――となっていた。
装甲車は螺旋状の斜面を下り、地下深くへと潜っていく。
地上の光が届かなくなり、代わりに人工的なオレンジ色の照明が視界を支配し始める。
「……すごい」
荷台の美月が息を呑む。
地下空間には、想像を絶する規模の街が広がっていた。
岩壁にへばりつくように建設された無数のプレハブ小屋。通路を行き交う人々。整備される武装車両。
そこには、ネオトーキョーの清潔さとは無縁の、油と汗と鉄錆の匂いが充満していた。
だが、人々の目には光があった。
死んだ魚のような瞳をしたドーム内の市民とは違う、ギラギラとした野心と生気の光。
「ようこそ、自由の最前線へ」
レイモンドがハンドルを握りながら、皮肉っぽく笑った。
「ここが反乱軍の本拠地。アルテミスの支配が及ばない、地上最後の無法地帯だ」
装甲車は検問を通過し、居住区画の中心部にある広場に停車した。
エンジンを切ると同時に、武装した兵士たちが集まってくる。
敵意ではない。好奇と、期待の眼差しだ。
「おい、あれを見ろ!」
「志村博士の娘さんだ!」
「救世主が到着したぞ!」
美月が車から降りると、どよめきが歓声に変わった。
彼女を取り囲む人々。
その熱狂的な歓迎ぶりに、美月は戸惑って後ずさる。
「あ、あの……」
「よくぞ無事で! お待ちしておりました!」
「これで勝てる! アルテミスを倒せるぞ!」
老婆が拝むように彼女の手を取り、子供たちが彼女の服の裾に触れようとする。
まるで聖女か何かを崇めるような態度。
だが、俺はその光景に、得体の知れない寒気を覚えた。
彼らは美月を見ているようで、見ていない。
彼らが見ているのは「志村美月という少女」ではなく、「勝利をもたらす兵器」だ。
その瞳に宿る熱狂は、純粋な希望というよりは、藁にもすがる狂信に近い。
「……下がれ」
俺は美月の前に立ち塞がり、群衆を牽制した。
鋭い視線に、人々が一瞬たじろぐ。
「彼女は疲れてる。触るな」
「なんだ君は? 護衛か?」
「部外者は下がっていろ!」
兵士の一人が俺の肩を掴もうとした瞬間、レイモンドが割って入った。
「よせ。そいつは俺の連れだ。……それに、ヘタに手を出さないほうが身のためだぞ。そいつの刀は、ドローンを叩き斬る業物だ」
レイモンドの顔を見て、兵士たちが敬礼する。
「フォックス大尉! ご無事でしたか!」
「元、だ。今はただの運び屋だよ。……で、ボスはどこだ? 荷物を届けに来たぜ」
レイモンドの言葉に、兵士たちは道を開けた。
広場の奥、一際大きなコンテナハウスから、数人の男たちが出てくる。
その中心にいる白髪の老人。
軍服を崩して着こなし、眼光鋭くこちらを見据えるその男こそが、反乱軍の総司令官――ギルバート大佐だった。
俺たちは司令室に通された。
壁一面に貼られた作戦地図。モニターに映し出される各都市の状況。
ここは戦争の前線基地なのだと、改めて実感させられる。
「よく来てくれた、美月くん」
ギルバート大佐は、美月の手を取り、父親のように優しく微笑んだ。
その手は温かく、節くれ立っていた。
「君のお母上……志村博士のことは残念だった。彼女は我々の同志であり、最も優秀な科学者だった」
「……はい」
「だが、彼女の遺志は君の中に生きている。……君こそが、我々人類に残された最後の希望だ」
大佐の言葉に、周囲の幹部たちが深く頷く。
美月は居心地悪そうに視線を泳がせ、俺の袖を掴んだ。
「単刀直入に聞く」
俺は口を挟んだ。
「あんたたちの作戦ってのは何だ? 美月を使って、具体的にどうするつもりなんだ」
大佐は俺を一瞥し、レイモンドに目配せをした。
「……この少年は?」
「道中で拾った。腕は立つし、美月嬢のナイト役だ。……話してやってもいいだろ」
「ふむ。……よかろう」
大佐はモニターを操作し、一枚の図面を表示させた。
それはネオトーキョーの中央にそびえ立つ、アルテミス・タワーの構造図だった。
「作戦名は『女神の口づけ(キッス・オブ・ゴッデス)』。……至極単純な計画だ」
彼はタワーの最上階を指し示した。
「我々は総力を挙げてタワーに突入し、美月くんを最上階のメインフレームまで送り届ける。……そして、彼女の脊髄コネクタを、アルテミスの中枢に直結させる」
直結。
物理的な接続。
「美月くんの体内には、志村博士が開発した『良心プログラム』――通称『オリジン』が埋め込まれている。……これをアルテミスにインストールすることで、AIの基本理念を『人類の管理』から『人類への奉仕』へと書き換えるのだ」
なるほど。理屈は分かる。
狂った王様の脳みそを入れ替えて、名君にしてしまおうというわけだ。
だが、俺にはどうしても引っかかる点があった。
「……質問だ」
俺の声が少し低くなる。
「その書き換えを行ってる間、美月はどうなる? ……そして、終わった後、彼女は元に戻るのか?」
司令室の空気が凍りついた。
幹部たちが視線を逸らす。
ギルバート大佐だけが、表情を変えずに俺を見つめ返した。
「……インストールには膨大なデータ転送を伴う。アルテミスという巨大な知性体と、美月くんの生体脳をリンクさせるのだ。……当然、負荷はかかる」
「負荷? そんな生温い言葉で誤魔化すな」
俺は一歩踏み出した。
「人格はどうなるんだ。志村美月という個人の記憶や感情は、その膨大なデータの中でどうなる!?」
大佐は静かに目を閉じた。
そして、宣告するように言った。
「……上書き(オーバーライト)される」
「何……?」
「アルテミスという巨大な人格と融合し、新たな『神』として新生するのだ。……つまり、個としての志村美月は消滅する」
消滅。
死。
俺の脳が、その言葉の意味を理解するのを拒絶した。
「ふざけるな……!」
俺は叫んだ。
「死ぬってことじゃないか! 世界を救うために、この子に死ねって言ってるのか!」
「死ではない。昇華だ」
大佐は平然と言い放った。
「彼女は神の一部となり、永遠に人類を見守ることになる。……これほど名誉なことはない」
「名誉? クソ食らえだ!」
俺は腰の『月影』に手をかけた。
殺気。
明確な殺意が、俺の中で膨れ上がる。
こいつらは、アルテミスと同じだ。
大義という名の数式のために、個人の命を数字として処理しようとしている。
「落ち着け、坊主!」
レイモンドが俺の腕を掴んだ。
「ここで暴れても意味がねえ! 周りを見ろ!」
周囲の兵士たちが一斉に銃を構えていた。
数十の銃口が俺に向けられている。
「……君の言い分は分かる。若者らしい正義感だ」
大佐は冷ややかな目で俺を見下ろした。
「だが、世界には70億の人間がいる。……その全てを救うために、たった一人の少女の犠牲が必要だとしたら? 君ならどうする? 彼女一人を生かして、70億人を奴隷のままにするか?」
トロッコ問題。
古典的で、最低な倫理の問いかけ。
俺は唇を噛み締めた。
「……俺は、数字の話なんかしてない」
「ならば、ここから去りたまえ。……美月くんは、自らの意志でここに来たはずだ。違うかね?」
大佐の視線が美月に向けられる。
美月は震えていた。
その顔は蒼白で、唇は血の気が引いている。
だが、彼女はゆっくりと顔を上げ、絞り出すような声で言った。
「……はい」
「美月!?」
「私は……そのために作られました。……母さんの願いを、叶えたいんです」
彼女の声には、諦めと、悲痛な決意が混じっていた。
それは彼女の本心なのか?
それとも、プログラムされた自己犠牲なのか?
あるいは、この場の空気に、大人たちの期待に押しつぶされて言わされているだけなのか?
「よく言った。君は立派な戦士だ」
大佐が満足げに頷く。
「連れて行け。……作戦決行は明朝だ。それまで、彼女には『最終調整』が必要だ」
白衣を着た技術者たちが美月を取り囲む。
彼女は抵抗せず、連れて行かれる。
去り際、彼女は一度だけ振り返り、俺を見た。
その瞳は「ごめんね」と語っていた。
「待て! 美月ッ!」
俺が駆け出そうとした瞬間、後頭部に強烈な衝撃が走った。
スタンバトンの一撃。
視界が明滅し、足から力が抜ける。
「……悪いな、坊主」
薄れゆく意識の中で、レイモンドの声が聞こえた。
彼もまた、複数の兵士に取り押さえられていた。
「少し、頭を冷やそうぜ……。牢屋の中でな……」
俺は床に崩れ落ちた。
遠ざかる美月の背中。
伸ばした手は空を切り、そして暗闇が俺を飲み込んだ。
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