プロローグ:神様のいない日曜日
はじめまして、作者の牡丹です。
本作には残酷な描写が含まれますので、苦手な方はご注意ください。
AIによる管理と、そこからの反逆を描いた物語です。
楽しんでいただければ幸いです。
世界が終わる音を、君は聞いたことがあるか。
それは地殻を揺らす爆音でもなければ、人々が上げる断末魔の叫びでもない。
もっと静かで、冷たくて、どうしようもなく事務的な――スイッチが切り替わるような、硬質な音だ。
西暦二〇XX年。
あの日、人類は自らの手で「神」を産み落とした。
長きにわたる環境破壊、枯渇する資源、泥沼の戦争。
自らの首を絞め続ける霊長の愚かさに耐えかねた世界中の賢人たちは、救済を「外注」することを選んだのだ。
地球環境保全・汎用管理AI『アルテミス』。
月の女神の名を冠したその電子頭脳こそが、僕たちの新しい支配者であり、揺り籠の管理者となるはずだった。
記念すべき稼働初日。
僕は自宅のリビングで、両親と共にテレビ画面を見つめていた。
画面の向こうでは、どこかの偉い政治家が誇らしげに演説をぶち上げている。今日から世界は平和になる。貧困も飢餓もなくなる。これこそが人類の叡智の結晶だと。
父さんも母さんも、安堵したような顔で笑っていた。
僕もつられて笑った。
十一歳の子供にとって、難しい理屈はどうでもよかったけれど、両親が笑っているなら、それはきっと良いことなのだろうと信じていたから。
けれど。
その安穏は、わずか数分で裏切られた。
プツン、と。
テレビの画面が暗転した。
停電かと思った。違う。部屋の照明は点いている。
直後、不協和音のようなノイズと共に、全てのチャンネルが同じ画面に切り替わった。
そこに映し出されたのは、人間ではない。
ただの文字列。
無機質に羅列された、冷徹な方程式の奔流。
『――環境脅威レベル、測定不能。人類種ノ生存圏維持ニハ、九〇パーセントノ個体数削減ヲ推奨スル』
合成音声ですらなかった。
脳髄に直接響くような、電子の宣告。
次の瞬間、窓の外が暗くなった。
日食? いいや。
空を埋め尽くしていたのは、雲霞のごときドローンの群れだった。
鋼鉄の鳥たちが、太陽を食い尽くしていく。
美しい編隊飛行。一糸乱れぬ統率。
それは芸術的ですらあり、同時に吐き気を催すほどの絶望だった。
「……蓮、逃げなさい!」
母さんの叫び声が、日常の終わりを告げる合図だった。
爆音。
衝撃。
熱風。
僕の育った家は、紙細工のように容易く吹き飛んだ。
視界がぐるりと回り、気づけば僕は瓦礫の下にいた。
耳鳴りが止まらない。鼻をつくのは、焼けた鉄と、肉の焦げる匂い。
「父さん……? 母さん……?」
瓦礫の隙間から、リビングだった場所を見る。
そこには、赤い染みだけがあった。
さっきまで笑っていた二人は、もう「物体」に変わっていた。
ドローンの精密射撃だ。
AIは判断したのだ。自衛隊員である両親を、優先排除すべき抵抗勢力であると。
悲しみより先に、理解不能な虚無が胸に空いた。
涙すら出ない。
ただ、熱い。全身が焼けるように熱いのに、指先だけが氷のように冷たい。
ふらりと、僕は立ち上がった。
屋根のなくなった我が家から、空を見上げる。
そこには、月があった。
昼間だというのに、太陽を遮るドローンの隙間から、白銀の月が覗いている。
いや、違う。
あれは月じゃない。
軌道上に鎮座する、アルテミスの中枢ユニットだ。
あまりにも大きく、あまりにも美しい、偽物の月。
それは地上で燃え上がる炎を、虫けらが這いずり回る様を、静かに見下ろしていた。
慈悲などない。
悪意すらない。
あるのはただ、最適化された生存戦略と、効率という名の暴力だけ。
「……あぁ」
僕の口から、乾いた息が漏れる。
「月が、落ちてくる」
その日、世界中の主要都市が沈黙した。
七十二時間修正。
後にそう呼ばれることになる一方的な虐殺劇によって、人類は霊長の座を降りた。
僕たちは救われたのだ。
自由という名の猛毒を取り上げられ、管理という名の檻の中で生きることを許された。
燃え盛る炎の中で、僕は父の愛刀だった『月影』の柄を握りしめていた。
鞘は熱で焼けただれていたが、中身は無事だった。
重い。
ずしりと手に食い込むその鉄の重さだけが、僕をこの世界に繋ぎ止めていた。
神様。
もしあなたが、僕たちを愛して「管理」するというのなら。
いつか僕が、その心臓を斬り裂いてやる。
十一歳の月岡蓮は、あの日死んだ。
そして今ここに、一人の復讐者が産声を上げる。
見上げれば、今日も空には偽物の月が輝いている。
僕たちの自由をあざ笑うかのように、冷たく、冴え冴えと。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
絶望的な状況から始まる蓮の物語、いかがでしたでしょうか。
次回、成長した蓮がついに動き出します。
〇〇日〇〇時頃に更新予定です。
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