聡の独白
「そろそろ限界か」
ここ最近の友とその教育係であった上司のやり取りを思い出しながら、聡は言葉を漏らす。
缶コーヒーを一口飲み、苦いなと思いながら最近の事を思い出す。
前からあの上司の【教育】は目に余るものがあったが、されている巡が助けを求めず、手出し無用を言い渡していたから周りも見ているだけに留めていたのだ。
それがささやかながらも反抗を始めたのだ。周りからすればようやくか、やっと力になれる時が来たと喜んだものだが、本人からの来るのは変わらずの手出し無用。
周囲は落胆した。しかし、一番我慢している人からの指示だ。従わないわけにはいかない。
だが聡は気づいていた。巡の心情の変化と、上司の怒りの変化に。
今まで上司の怒りの原因は、上司の周囲の人間関係であり、巡が怒鳴られていたのは、怒鳴りつけても反撃してこない巡に甘えたストレス発散であり、巻き込まれていただけだった。
しかし、最近の怒りの原因は巡の態度であり、怒鳴りつけても反抗する態度すらなく、自分よりも低いと思っていたものによる反撃。反抗するようになった巡を従わせようとする、力関係を証明するための怒鳴りつけだと思われる。
「あの上司の行動はペットに手を噛まれたって感じだな」
もちろん、周りなんて気にしないあの上司が巡の変化に気づくわけもなく、周りにいる上司の同僚に揶揄われたのが原因だろう。
類は友を呼ぶというが、上司の同僚も余計なことをしてくれる。
(巡はあの人が気付いたことに気づいてなさそうだけど)
巡はあの上司が手を出して来るまで挑発行為を続けるだろう。
上司が握りしめている拳を必死に上げないようにしていることに気づかずに。
あの拳が振り下ろされたときにどんな被害が起こるとも知らずに。
あるいは、巡が先に手を出してしまうかもしれない。
休日が無くなることを恐れていた巡は、あの上司の【教育】頻度が上がると、耐えきれず先に拳を振り上げてしまうかもしれない。
そうならないように俺を含めた周りが助けているが、限界の時も近いだろう。
「最後も返事はしてくれなかったしな」
そうまで変わったきっかけの方も知りたくなった。が、巡は教えてくれなかった。
ゲームの方で良いことがあったと言っていたが、それだけではないだろう。
ゲームが好きなあいつが、休日を潰されるのは確かに嫌なことだろう。しかし、ゲームだけで完結することなら、日に日に喜びの感情が大きくなることはない。
「休日に何か予定でも入ったのか。それもゲーム関係で」
真実は分からないが、何か手を打たねば大きなことが起こってしまうだろう。
上司が手を出せば、ここまで溜めてきた怒りのエネルギーが巡に暴力として降り注ぐ。
巡が手を出せば、我慢して来た周りの信頼と巡自身の社会的信用の失墜。
どちらが起こるとしても巡に被害が及ぶことに変わりない。
「これだけみんなを守って来た巡が、悪くなるような事態は避けたい」
目の届く範囲で暴力が起こるなら、守ることが出来ると聡は思っている。
趣味で鍛えた筋肉が初めて人の役に立つことだろう。
どれだけエネルギーの籠った拳であろうと、素人の放つ拳程度にどうにかなる物ではない。
しかし聡は知っている。一度防いだところで結果は変わらないと。全てを防ごうとすると、目の届かないところでやられてしまうと。
だからこそ、視覚的に怯えさせることは出来ても、見ていることしかできない。また積極的に守りに行って、いつの間にかやられているなんて見たくないからな。
「それも限界か」
怒りの溜まったあの上司は、怒鳴り中はもう巡以外は目に入っていないようだ。
どれだけ視界の端に映り込もうとも、前みたいに止めさせることが出来なくなってきていた。
だから怒鳴りが長くなってきているし、怯えないから回数も増えてきている。
それだけ巡の挑発が効いているという事だが、分かっていないのに続けているからな。
「だめだ、同じことを繰り返し考えてしまう」
そもそも巡の作戦は、あの上司に手を出させることで、映像と診断書と言う二つの証拠を手に入れ、社長でも庇え無くし、社会的に抹殺させることだった。
周囲に興味を示さないあの巡が、どうしてそう思うようになったのかが分からないが、この目標はどの世界でも同じだったから間違いない。
(正義感も強くない巡にそう思わせるきっかけなんて、俺が見ている限りなかったよな)
しかし、今までで一番好ましい性格の巡の時に限って、あの上司も我慢強くなっていた。
怒鳴っているときに興味を示さない態度なんてされたら、前の世界ならすぐに手を出していたんだが、今回は分かっていて我慢をしている。だからこそ、そのエネルギーが爆発したときの怖さが増している。
「あの二人が協力できればより良い結果になること間違いなしなんだが、接点が無い」
結果を知っている俺からすれば、やろうとしていることが同じだから、協力できればより早く、より確実に、あの上司をやり込めることが出来るんだが、巡はもちろん俺も接点が無い。話に出ることはあってもいい話じゃなく、どうしてあんな奴をと言う疑問話ばかり。
どこの世界線でも、巡に暴力を振るった後の上司の没落は速いからな。あの社長が何かしているんだろう。
引き入れた時から準備をしていたのか、巡への暴力から迅速に動いたのかは分からないが、結果的に巡の願いは叶っている。その時、巡がいないことを除けば。
(テセウスの船)
始めの場所からずいぶん遠くに来てしまった。
既にここがあの世界と同じ場所なのか疑問に思うところだが、どこであろうと巡は巡で俺は巡を守るだけだ。あの時、巡が俺を守ってくれたように。
しかしもう戻ることは出来ない。これ以上戻ることは、完全にあの場所から離れるという事になるから。
「これを知ったらあいつはどう思うか」
友が知ることは無いと分かっていても、思わず想像してしまう。
きっと今のあいつは「そう」って素っ気なく返すだろう。
最初のあいつなら、「馬鹿なこと」を笑うかもしれない。いや、怒るかもしれないな。
「違うはずなのに同じだった、優しすぎるあいつを守りたかった」
どれだけやり直しても変わることの無かったあいつの未来。
俺の未来を守ってくれたあいつの未来を俺は守れなかった。
あいつの未来はあいつ自身で守るしかない。
『我が望む希望の世界』
聡がその言葉を発したとき、強い光に包まれた。その光は瞬く間に広がり、あらゆるものを包み込んだ。
世界の外の観測者がいれば気づいたことだろう。光に包まれる瞬間、二つのそっくりな星が重なったのが。
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