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激しくなる教育

(本当に毎日同じことの繰り返し。飽きないねー)


目の前で怒鳴る上司に思う事も変わらない。

周りの者が巻き込まれたくないと、見て見ぬふりをするのも変わらない。

しかし、それでいいと思っている。

今、上司の関心が離れたら、ここまで耐えてきたことが無駄になってしまうからだ。


(だから後輩。気にするのはいいが、立ち上がるな。怒鳴っているときに口を挟むと、君に矛先が向いてしまうかもしれない)


立ち上がりかけた後輩を聡が抑え込むのを見て、それでいいと視線で返す。

少し前から巡を庇おうとする人が現れ始めた。

これはまた声を掛けておかないとと心のメモに書き留め、手を出して来ない上司をぼーっと見つめる。


「今回も駄目か」


あれだけ怒鳴るならと、ぼーっとしたり、他の所を見たり、話を聞いてないことを前面に押し出してみたが、手を出される事は無かった。不満を吐き出すことだけに集中し、相手を見ていないことが証明された。


(怒鳴りたいだけなら人形にでも怒鳴っておけなー)


「ここのところ怒鳴られてるのに、余裕を感じるな。最近いい事でもあったか?」


立ち去る上司の背中を見ている巡に、珍しく聡が近寄り話し掛けた。

自分から話し掛けることはあっても、近寄って来るのは珍しい聡に少し驚く。


「いい事ってほどじゃないが、少しな」


隠すほどの事でもないが、自分まで危機感が無いと思われるのは困ると、巡は詳細を隠す事にした。


「その内容を教えて欲しんだけどな。普段無心で聞き流すだけのお前が、今日はやけに挑発的だったじゃないか。なにか心境の変化となるきっかけがあったんだろう?」


(そんなに態度に出ていたか)


周りをよく見る聡だけが気付いたのか、それとも他の者でも気付くほどなのか、観察しておかなければと巡は気を引き締める。


心境の変化と言うほどではないが、先日の補填としてオフ会を開くことになっていた巡。

嫌だ、危ない、危機感を持てと口に出してはいたが、ゲーム仲間として会ってみたいという思いが無いわけではない。その会が、あと数週間後に迫り、自覚は無かったが態度に出ていたようだ。


「ないよ」


その後もしつこく聞いてくる聡に辟易しながら、ゲームで少し良いことがあったと真であり嘘でもあることを理由として話した。いつにも増してしつこい聡に若干の恐怖を感じた巡だった。


「それにしても今日はあの人の【教育】多かったな。一時間に一回のペースで来たんじゃないか?」


「おかげで仕事に支障が出てる」


「俺も手伝うよ」


外が暗くなり始める時間になっても終わらない仕事に、手だけは止めずに聡に礼を言う巡。

今日は聡もしつこかったが、それ以上にしつこい人がいたなと思い出す巡。


(あの労力を仕事に回せばいいのに)


せっかくのエネルギーを八つ当たりで発散するより、見返してやると有効に活用すれば、怒りの原因も減るのにと思う巡。

手は止めず、聡の話に相槌を打ちながら、頭では別の事を考えている巡。今の状態を客観視し、一つに集中すれば早く終わると気づき、黙って手を動かすことに集中する。

聡が相槌すらなくなった巡に気づき、よりうるさくなったのは言うまでもない。


その日から上司が巡に怒鳴りに来る頻度が上がった。

怒鳴りの内容も聞いてはいるが、上司の同僚の名前が減り、巡の名前が出るようになったくらいしか変わりがないため、聞き流すことに変わりはない。

きっかけにしか呼ばれることの無かった自分の名前が、怒鳴りの内容に聞こえるようになり不思議に思うも、この上司の変化など興味を抱くほどでもないと思いなおし、無心に戻る巡。


(どうせなら手を出してくれたら早いのに)


上司に怒鳴られる時間が増えるという事は、仕事に割く時間が減るという事。

基本的に残業などしたくない巡は、いくら怒鳴られようが、仕事の成果を奪われようが怒ることはなかったが、この会社に来て初めて上司に手を出してしまおうかと考えるほど怒っていた。


(これが続くと平日の残業だけじゃ終わらなくなる。休日が無くなる)


キーボードを打つ手に力が入り周囲が怯えるも、今の巡に周囲を気遣う余裕はない。

そんな巡の肩を後ろから叩くもの。気遣いの出来る男、聡だ。


「ほら、これ。あんまり周りを怯えさせるなよ。あの人の【教育】になれてても、普段大人しいお前の怒りに驚く者もいるんだからさ」


これでも飲んで落ち着けと缶コーヒーを差し出してくる聡。

巡の好みを知っている聡。飲んだコーヒーの甘さで落ち着く巡。


「すまない。このまま上司の【教育】が続くと、休日が無くなるかもと思ってな」


「今でも残業してるからなー。その日の分はその日で終わらしていたかと思ってたんだが、俺に遠慮でもしてたのか?」


巡の残業に付き合い一緒に残っている聡は、休日が無くなるほどではないと思ったのか。

しかし、あの上司の事だ。怒鳴りの頻度を上げることもあるかもしれない。そうなったら、聡に手伝ってもらっているとはいえ、その日に収まることはなくなるかもしれない。

その可能性があるという事を聡に伝える。


「そうか。確かにあの人の事だ、今より回数が多くなるかもしれないな。それに長くなることもあるかもしれない。だけど、それはあの人の気分次第で俺たちにはどうにもできないだろ?自分たちで解決できないことを悩んでも時間の無駄になるぞ」


「それは分かってる。だからいっそのこと」


手を握りしめる巡に危機感を持ったのか、聡が抑えるように巡の手を下げさせる。


「お前が先に手を出すのは絶対にダメだ。今までの我慢が無駄になる」


約五年の我慢が無駄になると言われてしまえば躊躇いが生まれるが、それでもこのまま上司が手を出して来なければ、どの道無意味になることだ。休日まで侵食されたくは無い。


「お前に言われて周りは庇うのを我慢しているんだ。だからお前が裏切ることは止めてくれ。な?」


巡はコーヒーを一口飲んだ後、仕事を再開する。

その様子を見た聡に呆れた目で見られている気がするが、気にしない。


(自分でも気づかないほど楽しみにしてたんだな)


聡と話している間に、自分がどうしてここまで怒っているのかに気づいた巡。

オフ会まで残り数日に迫っていた。


(休日を確保するためには)


巡は静かにキーボードを叩きながら、周りを裏切らず、休日を確保する方法を考える。

ご覧いただきありがとうございます。


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