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ワカメ様拝み

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 おー、つぶつぶ、なんだかそのラーメン、ワカメだらけじゃない?

 確かにワカメラーメンと銘を打っているけれど、まさかそれほど山のように盛られるとは予想外だったわ……早く麺をすすりたい私からしたら、選ばなくて正解だったかも。ま、とにかくいただきましょうか。


 ふー、食べた食べた。

 さすがに久しぶりだし、途中であっぷあっぷになるかと思ったけれど、まだまだいけるんじゃないワタシ? つぶつぶはどう? 平気だったあのワカメ?

 ワカメに限らず、海藻のたぐいの力は少し前からいろいろ宣伝されているわよね。やれミネラルがどうだ、やれ食物繊維がどうだて。特に食物繊維はひと昔前はさほど注目されていなかった気がするんだけど、時代の流れかしらね。

 次々に知識はアップデートされていき、止まっていくとまわりに置いていかれかねない。情報社会もいいとこばかりでもないかもね。のんびりできるゆとりがあまりなくて、多少の取りこぼしは見逃してしまうかもしれない。

 でも、ネタを探すアンタにとっては、その取りこぼしこそが興味ある……違うかしら?

 アンタがワカメと悪戦苦闘しているのを見て、ひとつ思い出したわよ。ワカメに関する話をね。聞いてみない?


 ウチの母親が話していたことになるわ。

 母の家だと、平日の朝ごはんの献立はほぼ決まっていて、ワカメ入りの味噌汁は定番だったらしいわね。

 ワカメと豆腐の味噌汁、納豆ご飯に醤油をかけた目玉焼き。何がそんなに大豆製品へ駆り立てるのかという感じなだけに、そことは所属を別にするワカメの存在感は大きかったわ。

 仮に豆腐がシジミなり、ネギなりに変わることはあってもワカメはまず外れない。別に嫌いなわけじゃなかったけれど、ここまでのこだわりはどこから生まれるのか。

 母が祖母に尋ねてみたところ、自分が好きだからとは話していたものの、その視線がやや自分から外れた虚空を向いているのを、母は見逃さなかった。


 ――何か、隠していることがある。


 母の直感が、そう告げていたわ。


 そんなある日のこと。

 いつも通りに並べられた朝ごはんの中、真っ先に味噌汁へ口をつけるのが母のスタイルだったわ。

 わかめも一緒に食べる。暖かい汁物と一緒に食べる海藻ほど、のど越しのいいものはなかなかない。それでも以前にのどへ絡ませかけたこともあって、しっかり咀嚼することは忘れない。

 で、その日のワカメなのだけど、いつも通りの歯ごたえじゃなかったんですって。

 まず、砂を噛んだかと思うようなじゃりじゃりした感じ。続いて、どっと水があふれてきたかのような怒涛の液体量に口の中が圧倒されていく。元あった味噌汁をどんどんと薄めていくありさまで、その異様さについ母が口を押さえてしまったとき。


「あんた、変なワカメを食べたかい?」


 そう言いながら、祖母はすっと空のどんぶりを出してきたみたいなの。ここへ出せ、とのことだったのね。


 母が幾分かの味噌汁と一緒に吐き出したワカメ。

 そこには母の歯型がいくつかついていて、あぶくが浮かんでいたけれど、それだけにとどまらなかったわ。

 まるで透明ないくらのように粒々の数と大きさは増していく。のみならず、その手ごたえさえも、箸でつついても割れないほどになっていったみたい。


「これはあんた……最近、歯を磨いていないね?」


 どきりとする母。

 当時の母は、ぼつぼついろいろなことに対してものぐさ癖を発揮してくる反抗期めいた時期を迎えていたらしいわ。

 昔から言われていたことを、あえてやらないようにしていく姿勢。歯磨きもそのうちのひとつで、この時はすでに一か月近くは歯ブラシを握らずにいたみたいね。せいぜいうがいくらいで済ませていたみたい。


「このままだと、あんた虫歯になるかもね……ちょっと今日から歯磨きをちゃんとやるのと、ワカメ様を拝んだ方がいいかもね」


 ワカメ様を拝む。

 それはその日、最初に噛んだワカメを皿に乗せて、家にある神棚へまつって日に三度、拝むことを指していたみたい。

 普通に食べられるなら問題はない。けれども、母が味わったようなただワカメを噛んだだけではとうていあり得ないような感覚に襲われたときに、求められるらしいの。

 ワカメ様がご機嫌を損ねられているから、それに対するお詫びもかねて……とのことだけれど、母はここでもへそ曲がりを発揮。

 歯磨きはすれどワカメ様を拝むことは最初の数日だけで、ついサボるようになってしまったらしいの。あの日からワカメをかじるたびに状態を確認して、改善されないから続けられたというのに。

 古いことにとらわれなくても、自分ならばなんともない、大丈夫というバイアスが働いていたのかも、と母は振り返っているわ。


 結論からいうと、母は歯を何本か失うことになる。

 歯科検診の折に、これまで生え方が危ぶまれていた親知らずたちが、みんな姿を消してしまっていたの。

 抜歯も検討されていただけに、これだけならまだ良かったのだけど、そこからほどなくして、上下の奥歯たちが溶け始めていることが発覚したのね。

 痛みも何もなく、ただ歯ばかりが削られていく。それはかみ合わせ的にも違和感の大きいもので、母も祖母に相談したところ、今度こそ引っぱたかれたらしいわ。ワカメ様を拝むのをおろそかにしたって。

 それからワカメ様を拝むようになって、二週間ほどで歯の溶解は止まったけれど、合計して10本ほど、母は歯を失ってしまったと話していたわ。

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