相性98%(著:積戸バツ)
「なんか、いい感じだよな、うちら」
唐揚げを箸でつつきながら、彼が言った。
彼はハイボール3杯目。こっちは1杯目がまだ残っている。
うんざりしたのは、酒のせいじゃなかった。
出会いはマッチングアプリだった。
最初は、気晴らし。
友達はみんな彼氏か旦那持ち。仕事はそれなりにやれてはいるけど、家に帰ると静かすぎて、天井のシミすら話し相手になりそうな夜がある。
メッセージが来た。「K」という男からだ。
アイコンはビールグラスと夜景。年齢はひとつ上。プロフィールはそこそこ空欄。
でも、会話のテンポが良かった。話題を広げるのも、こっちの話を拾うのも上手かった。
やたら気が合うし、趣味も似ていた。
「猫アレルギーだけど、犬派でもない」
「おにぎりの具、断トツで昆布」
「ドライヤーが面倒で美容院に行くのが嫌い」
変な共通点まで被るのがちょっと面白くて、私は思わず笑った。
アプリのAI診断は98%。「高相性です!」のキラキラ表示。
あの数字が、ちょっと背中を押したのは確かだった。
待ち合わせの居酒屋に、彼が来たとき、私は一瞬、現実を理解できなかった。
「……は?」
思わず声が出た。
相手も同時に絶句して、少し間があって、笑い出した。
「え、マジ?久しぶりすぎて笑うんだけど」
「ほんとに……偶然……?」
「うけるなー、こんなことある?」
笑ってる場合かよ、と心の中で毒づいたけど、目の前にいるのは3年前に別れた元カレ。
写真が曖昧だったのも、プロフィールが薄かったのも、全てに納得がいった。
偶然という名の事故。アプリは過去まで掘り起こすんだなと、変なところに感心した。
とりあえず飲み始めた。
唐揚げ、枝豆、ポテトサラダ。いつもと変わらない定番メニュー。
会話は意外と弾んだ。
「今、どんな仕事してんの?」とか「そっちは?転職したって聞いたけど」とか「まだあのバンド聴いてんの?」だとか。
普通に笑えた自分に驚いた。
別れた当時は、顔も見たくないって思ってたのに。
時間ってのは、記憶を丸くする。
彼は相変わらず、ちょっとだけ口が悪くて、やけに人の話を遮る。
私が話すとき、半分ぐらいしか耳に入ってないのも、前と同じ。
でも、なぜかそれが懐かしくて、少しだけ心地よくすら感じた。
そんな気分が一瞬だったことは、よくわかっていた。
「てかさ、俺たち、なんで別れたんだっけ?」
グラスの氷を指でいじりながら、彼が聞いた。
口調は軽くても、言葉の端に、何かを試すような湿り気がある。
「忘れたの?」
「なんとなく覚えてるけどさ。俺がちょっと自己中だったとか……そういうの?」
そういうの、じゃねえよ。
それで全部済んだら苦労しねぇわ。と思ったが、口には出さなかった。出すまでもないと思った。
「でもさ、今の俺、前よりマシになった気がするんだよね」
彼は続けた。
「話してて思ったんだけどさ、やっぱ落ち着くっていうか。今の方が、お互いに合ってるんじゃね?」
私は手元の唐揚げにレモンをかけた。
彼の言葉が、レモンみたいにしみる。
「アプリの診断、覚えてる? 俺たち、98%だったじゃん」
笑いながら、彼は言った。
「これ、運命ってやつじゃね? やり直すのも、ありなんじゃね?」
私はグラスの残りを一口で飲み干した。
彼が使っていた「うちら」って言葉が、やけに薄っぺらく聞こえた。
「帰るわ」
「え? ちょ、ちょっと待って。なんで?」
立ち上がって、財布から千円札を2枚置く。
「“相性いいからもう一度”って、なんかそれ、手抜きじゃない?」
「だって、ちゃんと別れたじゃん。
あの時、決めたことを、今さらAIのせいにして書き換えるほど、私ヒマじゃないの」
彼が何か言いかけたけど、その前に中指を立てた。
「AIによろしく。あと、昆布のおにぎり返せ」
私は外へ出た。
夜風が思ったより冷たくて、頬がひりつく。
スマホを開くと、通知が一件。「新しい相性診断が届いています」
画面をスワイプして、それを黙って消す。
所詮、「相性98%」なんて幻想だ。
あの人と合ってたのは、ほんの一時だけの話。
それに気づけるなら、もう二度と間違えない。
中指の意味くらい、さすがに今の彼ならわかるだろう。
分からなきゃ、それまでだ。