秘密、ふたりだけの(著:くるっぽー)
朝、わたしが目を覚ますと、隣には姉がいた。
──当たり前のようで、当たり前じゃないこの光景。
わたしたちは同い年。
双子として生まれ、同じ制服を着て、同じ学校に通い、家でもずっと一緒だった。
昔から仲は良かったと思う。
でも、それはきっと姉妹としての話。
ひと月前までは、わたしもそう思っていた。
今では、違う。
姉の腕が、わたしの腰に回っている。
鼻先が髪に触れて、彼女の呼吸が頬をくすぐる。
恋人同士がそうするように、わたしたちは毎晩、当たり前のように同じベッドで眠っている。
「……ん。朝……?」
姉が少しだけ身じろぎして、瞼を開けた。
寝起きのぼんやりとした顔。
ちょっとだけ開いた唇。思わずキスしたくなる。
「おはよう、姉ちゃん」
「んー……おはよう」
ゆるく微笑みながら、姉はわたしの額に唇を落とした。
この一ヶ月で、何度目のキスだろう。
数えきれないほどしてきたけど、それでも飽きることはなかった。
たぶん、ずっと飽きないと思う。
「……そろそろ起きなきゃ、お母さん来るよ」
「もうちょっとだけ。まだ抱きしめてたい」
甘えた声。
姉がこういう風になるのは、家ではわたしにだけ。
親の前ではいつも頼れる優等生なのに、わたしとふたりきりになると、こんな風にくっついて離れたがらない。
「……ほんと、ずるいよ姉ちゃん」
「なにが?」
「わたしのこと、好きにさせておいて。こんなに甘えてくるなんて、反則でしょ」
そう言うと、姉は照れくさそうに笑って、わたしの耳元に唇を寄せる。
「だって、好きなんだもん。妹だけど、恋人でしょ?」
「……うん。わたしも、大好きだよ」
その言葉を交わすたびに、胸の奥がじんわりと温かくなる。
誰にも言えない関係。
それでも、わたしたちはちゃんと両想いなんだと実感する。
そう思えるのが、何より嬉しい。
それからしばらくして、部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。
「朝ごはんできたわよー」と母の声。
姉は慌ててベッドから飛び起きると、さっと制服に着替え始めた。
「ほら、急いで。お母さんに変に思われるよ」
「……わかってるよ」
わたしたちの恋は、秘密だ。
女の子同士。
しかも、姉妹。
親になんて、絶対に言えない。
──それでも、隠し通す覚悟はある。
だって、姉が好きだから。
朝の食卓では、ふたりともいつもの顔に戻る。
他愛もない会話。
変わらない笑い。
家族として過ごす時間。
でも、わたしだけは知ってる。
姉が、足の先でわたしの膝にそっと触れてくること。
それだけで、心が甘く痺れる。
この関係が、確かに夢じゃなかったと教えてくれるから。
夕方、わたしが部屋のドアを開けると、先に帰っていた姉が、制服を脱いでジャージ姿でソファに寝転んでいた。
髪をほどいて、スマホをいじりながら無防備に足を伸ばしている。
その何気ない光景すら、いまのわたしには特別に見えてしまう。
「おかえり」
姉は横目だけでこちらを見て、短く言った。
「……ただいま」
返事をしてから、わたしはバッグをソファの端に置いた。
朝と同じように、姉の隣に座る。
それだけで、心が少し落ち着いた。
昨日と同じ場所。
恋人同士になって、もう何度こうやって並んだだろう。
「テスト、どうだった?」
「まあまあ。姉ちゃんは?」
「英語は完璧。でも数学は寝不足のせいで……」
ここでふたりでだらだら会話をして、時間がゆっくり流れていくこの空間。
以前なら双子の仲良し姉妹にしか見えなかったはずなのに、今は違う。
姉が突然、わたしの手を取る。
ぎゅっと、強く。
すごく自然に、だけどドキッとするくらい真剣な顔で。
「ねえ」
「なに?」
「今日、学校でさ。友達が彼氏のこと話してて……すごく幸せそうだったの。ちょっとだけ羨ましくなっちゃった」
「……うん」
わたしも、似たようなことを経験していた。
外では、恋人のふりすらできない。
好きって言葉を口にできるのは、部屋の中だけ。
手を繋ぐのも、キスするのも、誰かに見られるわけにはいかない。
「いいなって思ったけど……でも、私は、あんたといられる今が一番幸せ」
姉はそう言って、わたしの手を自分の頬に当ててきた。
くすぐったい。
けど、胸の奥がぎゅっとなる。
「わたしも……姉ちゃんといられるだけで、十分すぎるくらい幸せだよ」
「……そっか。なら、よかった」
微笑む姉は、やっぱり少しだけ寂しそうで。
だから、わたしはそっと背中を撫でた。
言葉じゃ足りないから、こうして触れていたい。
「でもさ……わたしたち、いつかバレるのかな」
「……分かんない。でも、バレても、逃げないって決めてる」
「わたしも」
誰かに責められても、偏見を向けられても、離れない。
姉妹なのにとか、女の子同士でとか、そんなこと言われても。
好きな気持ちだけは、嘘じゃないから。
「……好き」
「わたしも、大好き」
自然と顔が近づいていく。
リビングのカーテン越しに射す夕焼けが、ふたりの輪郭をほんのり染めて、
キスの瞬間、世界に誰もいなくなったみたいに静かになった。
唇が離れると、姉がわたしの髪をくしゃりと撫でてきた。
「ねえ、今日さ。お風呂、一緒に入ろうよ」
「また?昨日もだったじゃん」
「いいでしょ。恋人と一緒に入りたいの」
そう言って頬を膨らませる姉が、かわいくてたまらなかった。
「……じゃあ、今日も一緒に入る。でも、背中はわたしが洗う番ね」
「うん。じゃあ、私は髪を洗う」
恋人になって、一ヶ月。
まだまだ毎日が新しくて、まだまだ初めてのことばかり。
でも、ひとつだけ分かることがある。
この関係を隠し通すのは、きっと簡単じゃない。
だけど、それでも。
わたしは姉を好きで、姉もわたしを好きで、それ以上に大切なものなんて他にない。
お風呂の準備をしながら、ふと、姉がわたしの背中に抱きついてきた。
「ねえ、これからもずっと、好きでいてくれる?」
「……当たり前じゃん」
そう返すと、姉の唇がそっと首筋に触れて、わたしは顔を真っ赤にした。
秘密の恋が、こんなにも甘くて、こんなにも強くしてくれるなんて、知らなかった。
これからも、ふたりで秘密を抱えて生きていく。
世界がなんと言おうと、この恋だけは守りたい。
──だって、わたしの初恋で、いちばん大切な人は姉なんだから。