夜を分け合う(著:積戸バツ)
高校の吹奏楽部で出会って十年が経つ。
あの頃のように「青春」だの「仲間」だのという言葉が恥ずかしくなく言えたのは、年齢のせいだったのか、場所のせいだったのか。
いずれにしても、こんなふうにまた集まるとは思っていなかった。同期会は、飲み会というより通過儀礼のようなもので、年に一度、夏の夜にひっそり行われる。
今年は母校の近くに集まり、夕方から盛り上がり、気づけば終電を逃していた。地元の友人たちは車や実家に戻っていくが、県外に出た私たちはそうもいかない。
ホテルのカウンター、深夜0時過ぎ。
私の予約は通っていなかった。彼はダブルブッキングされたとかで、結局ふたりとも空振りだった。
「他のホテルも確認したんですが、今日はお祭りで、どこも満室みたいです。……ダブルのお部屋でよろしければ、一室だけ、ご案内できますが」
受付の女性は申し訳なさそうに言った。
ダブル。つまり、ベッドはひとつ。
「俺はソファーで寝るから」
「いや、それも悪いって」
そう言いながら部屋に案内されたけれど、案の定、ソファーは背もたれの角度がやたら鋭く、まるで拷問台だった。私のせいでこんなことに、と思うと申し訳なくなった。
「……別に、昔、一緒に寝た事あるでしょ」
自分でも思ったより、あっさりと口に出た。
彼はちょっと驚いた顔をした。私はというと、自分の声にいちばん驚いていた。
でも本当に、一緒に寝たことがなかったわけじゃない。高校の合宿の夜、男女合同の仮眠室で、寝袋を並べて横になったこともあった。あの頃の“無害さ”を、都合よく持ち出すだけの勇気が、私にはあった。
「……じゃあ、遠慮なく」
パジャマ代わりのTシャツと短パンに着替え、ベッドの端にそっと腰を下ろす。
寝たふりをしながら、眠れずにいる時間が長い。部屋の空調は静かに唸っていて、遠くの街の音はすっかり眠っている。
眠ろうとしても、どうしても“あの距離”が気になる。
背中越しに、彼の気配が伝わってくる。たまに寝返りを打つ気配、シーツの皺が広がる音、それに合わせて呼吸がずれるたび、こちらの心拍が揺らぐ。
ふと、腕が背中に触れた。寝返り。偶然だ。
でもそのまま、肩を包むように、腕がぬるく覆いかぶさってきた。
まさか、と思った。
酔ってる? それとも寝ぼけて? どちらにしても、今、起こすべきじゃない。動けなかった。
でも、おかしい。
その腕が、ほんのわずかに、力を込めてきたのだ。ぎゅっと。
安心するように、抱きしめるように。
鼓動が、ずっと苦しかった。けれど、不快ではなかった。むしろ――
「……ねえ」
声を出してしまった。彼が反応する。
「……起きてたの?」
「ごめん、寝たかと思ってた」
腕を離す様子はない。こちらも拒む理由がなかった。
音のない沈黙が流れた。こうしている意味を、ふたりともわかっていて、なのにそれを言葉にできない。
「……嫌じゃないなら、このまま寝るけど」
「うん、わたしも……それでいい」
指先が、Tシャツの裾をかすめる。
それだけで喉が渇くような気がした。唇がわずかに震えて、でも口を開けば、きっと何かが始まってしまう気がして、言葉を飲み込んだ。
もう、恋人じゃないのに。
ずっと、恋人だったことさえなかったのに。
――でも、きっとずっと、こうしたかったのだと思う。
理由なんて、全部あとづけでいい。
ほんのりと彼の体温が移ってきた。
なんてことないはずの一夜が、心の深くで、ずっと灯ってしまいそうだった。
それを彼は知らない。
私は、きっと明日も、黙ったままになる。
夜が、静かに私たちを包み込んでいた。




