賞味期限(著:積戸バツ)
「私って、バカなんだと思う」
そう言ったのは、コンビニの駐車場で、運転席にいた私自身だった。
夜のドライブは、気分転換のはずだった。
FMラジオをつけっぱなしにして、ファミマで買ったカフェラテとチルドのケーキ。隣には、あの人。
付き合ってるんだか、そうじゃないんだかわからない曖昧な関係。
でも、たぶん今日が最後っていう空気はお互いに分かってた。
「またその話?」
彼がちょっと笑って、座席を倒した。
上を見ればルームミラー越しに、自分の顔。なんでもないふりをしたブスがいた。
「なんも続かないし、なんもできない。
誰かがくれた言葉に勝手に感化されて、やってみたフリだけして、
何一つ自分で立てたことない。もう、疲れたんだよ」
彼は黙ってた。いつもそうだ。やさしいっていうより、逃げ腰。
私が泣いても、怒っても、反論せずに、黙る。
それが一番、責任を取らずに済むと分かってる人の態度だ。
「私さ、もうすぐ28になるんだよ。周りは結婚だ子どもだ、住宅ローンだってさ。私は実家の部屋に引きこもって、週末だけライブ行って、なんなんだろね。NPCかよって」
「でも、好きなんでしょ?音楽」
「好き。でも、それだけ。行動力もない。続ける根性もない。だから、意味ない」
自分でも分かってた。この言葉を言うたびに、自分の首を絞めてる。どこかで「こんな自分でも、抱きしめてくれ」って思ってたのかもしれない。
女の甘え。見苦しいね。
彼は、カップの飲みかけを捨てに行った。
その背中を見ながら、スマホを開いた。
アプリの通知がまた来てた。「あなたにおすすめの新着」
なんのおすすめだよ。私におすすめする時間はもう賞味期限切れてるんだわ。
昔の自分のアカウントを見つけて、プロフィールに書いてあった。
「私は、主人公になりたい」
目が痛くなってスマホを閉じた。
なれなかった。何ひとつ。
物語の端っこで、意味もなくうろうろしてるだけ。
真ん中で光ってる人たちの邪魔にもなれない。
「……ごめん、俺もう行くわ」
彼が助手席を開けて、少し申し訳なさそうに言った。
「気をつけて帰れよ」とか言ってる。そういうとこだよ。
私は何も言わず、車内に残った。
エンジンの音も止めた。夜が静かすぎて耳鳴りがする。
10分くらい、ただ座ってた。
このままアクセル踏んで壁に突っ込んだら楽かなとか、
そういうことを考えるほど私は強くない。強かったら、とっくにどこかで死ねてる。
後部座席に投げてたバッグから、ピックが転がり落ちた。
ライブで拾ったやつ。最前列で聴いて、叫んで、泣いて、「今日だけは生きてて良かった」って思った夜。
それを拾い上げたとき、ふと浮かんだ。
私は主人公じゃなくていい。
ただ、脇役でもモブでも、自分の中の“演出家”くらいにはなってやる。
少なくとも、誰かに都合よく扱われて、優しさのフリされて、勝手に退場するのはまっぴらだ。
私はルームミラーを見て、口角をほんの少しだけ上げた。
フロントガラス越しの街灯に、あっかんべーをした。
誰に向けてでもない。
自分のためだった。




