涙の海(著:兎華白莉犀)
別れようと言われた。
時が止まったような感覚がした。
どうして、どうして、と泣きじゃくった。
あなたは、ごめん、とだけ言った。
答えになっていない答えが、私をより悲しませ、苛立たせた。
私は、しばらく泣いた。
昔読んだ童話に、小瓶に入って、自分の流した涙で出来た海を漂うというものがあったけれど。
出来るならそうしたかった。
私の涙は、海となった。
泣いたあと、私の胸は、ぽっかりと空いた。
心というものが可視化されたなら、私の心は、半分近くをごっそりと抉り取られたものになっているのだろう。
それぐらい、あなたは、私の半身だった。
ぽっかりと空いた心を眺めながら、私は、あなたとの日々を思い出す。
同じ陸上部に所属し、風を切って走るあなたに、心を奪われた日。
あなたを見ると、どきどきして、胸が苦しかった日々。
思いきって告白した、赤と青が溶け合う空の時間。
ありがとう、こちらこそよろしく、とはにかんだあなたの顔。
お互い、手を繋ぐのにも勇気が必要だった、初めてのデート。
空を見つめる人々の目を忍んでキスをした、花火大会。
甘いものが苦手なはずなのに、私に合わせて一緒に食べてくれた、有名店のパンケーキ。
一つずつ、一つずつ、砕けた心を拾いながら思い出を振り返る。
どうして別れようなんて言ったのだろう。
私の何がいけなかったのだろう。
どこかで、あなたを煩わせるわがままを言ってしまったのかな。
どこかで、あなたの踏み込んでほしくない領域に足を踏み入れてしまったのかな。
どこかで、あなたに嫌われることをしてしまったのな。
また、涙の海。
風の噂で、あなたが別の人と付き合い始めたということを聞いた。
やめたほうがいいのに、私はこっそりと、あなたの動向を追った。
決定的瞬間を、見てしまった。
あなたに擦り寄る、私以外の女。
その女の頭を、愛おしそうに撫でるあなた。
ああ、好きな人が別に出来たんだね。
だから、別れようって言ったんだね。
私じゃ、駄目だったんだね。
涙の川、涙の湖、涙の海。
涙が心をじゃぶじゃぶ洗っている。
それでも海と化した涙は私の心に塩をこびりつけていって、傷口をひりひりとさせる。
痛いよ、辛いよ、苦しいよ。
それでも、この傷を癒やしてくれる人は、この穴を埋めてくれる人は、世界中探したってどこにもいない。
あれから数年経つ。
私は、あなたをまだ憎み続けている。
未亡人のように、あなたを思い続けている。




