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独占アイドル(著:くるっぽー)

 テレビから流れるのは、先週の東京ドーム公演。

 まばゆい照明、熱狂するファン、完璧なダンスと歌。

 画面の中央でスポットライトを浴びているのは、誰もが知る存在だった。


 ──神城レイナ。


 その姿はまるで、星のように美しかった。

 高く腕を掲げるたびに、ファンの歓声が重なって波になる。

 ひとつウィンクをすれば、SNSがざわめく。


 しかし──


「ふふ……今日も、全部見ててくれたよね?」


 ベッドに腰掛けたレイナは、別人のような目で笑った。

 熱の籠もった瞳が、ただ一人の女に向けられている。


 彼女の名前は、佐倉ひより。

 かつては一介の古参オタクだった。

 握手会で初めて言葉を交わしてから、レイナは彼女に興味を持ち──そして、恋に落ちた。


「今日のMCのときもさ、大切なひとがいますって言ったの、気づいた?」


 ひよりは黙って頷いた。

 そしてレイナは、にこりと笑いながら唇を甘く尖らせる。


「みんな、自分のことだと思ってるんだよ……でも、本当はひよりにしか言ってない」


 その声は、囁きのようで、呪いのようでもあった。

 レイナの指がひよりの頬に触れた。

 優しく、けれど熱を帯びた指先。


「今日、すっごい我慢してたんだよ。カメラの前で、ちゃんとアイドルの顔してたの。ずっと、ここに来たくて、ひよりの匂いが欲しくて……」


 言葉の途中で、レイナの指が首筋に落ちていく。

 ちり、と熱が走った。


 ひよりは知っていた。

 この人がこうなること。

 最初はもっと、普通だった。

 優しくて、照れ屋で、愛されることを恥ずかしがっていた。


 でも、今は違う。


 キスが長くなった。

 抱きしめられる腕に力が入るようになった。

 触れる手が、まるで自分のものだと刻みつけるようになった。


「……さっきの曲、好きだったでしょ? Darlin’ to You。ね、もう一度見ようよ……今度は、ベッドで」


 リモコンを取ったレイナが、再生ボタンを押す。

 画面の中で、白いドレスに身を包んだレイナが、センターで指を差し出す。


「ねえ、わたしがこのとき誰を見てるか分かる?」

「……わたし」

「正解」


 レイナが、ひよりの肩を撫でた。

 その手は、ゆっくりと背中へ、そして腰へと落ちていく。


「これからわたし、ひよりだけのためにファンサしてあげるね……ステージじゃできないこと、いっぱい、ここでしてあげる」


 甘く、重たい言葉がひよりを縛る。

 ひよりは抗わない。

 ただ黙って、目を閉じる。


 愛しているから。

 たとえ、この愛が少し歪んでいても──それでも。


 夜の帳が静かに降りる頃、部屋の中にはふたりの呼吸と、テレビから流れる彼女の歌声が混じり合っていた。


 その身体がひよりに覆いかぶさってきたのは、ライブ映像が再び最高潮に盛り上がるタイミングだった。


 画面の中の彼女が君のために生きてると歌いながら観客へ指を伸ばす瞬間、現実の彼女はひよりの指をひとさしずつ丁寧に絡めとっていた。


「ね、見て……このときの指、ほんとはひよりに向けてるんだよ」


 囁き声は耳朶に触れるほど近く、ぬるく湿った呼吸がひよりの肌をなぞる。

 まるで熱を注ぎ込むように、レイナの唇が首筋を舐めるように這い、喉元で止まった。


 ひよりはベッドの上で仰向けにされ、手の自由も言葉の自由も奪われている。

 けれどそれは強引な暴力ではなく、甘さをまとった執着。

 愛されることを甘く見積もっていたら、こんなにも深く絡め取られるとは思わなかった。


 レイナの手がシャツの裾を捲り上げ、ゆっくりと、矯めつ眇めつ眺めるように肌を撫でていく。


「ひよりのここ、わたししか知らない。ファンたちがどれだけわたしを見ていても、ここは誰にも見せないでしょ?」


 恍惚とした笑みのまま、レイナは自分の唇をひよりの胸に押し当てた。

 そして、愛でるというよりは、刻むように──音を立てて吸い上げる。


「ぁ……っ、れ、レイナ、くすぐった……」

「だめ。黙って。今はファンサ中だから」


 画面のレイナは、ステージの上で笑っていた。

 でも、この部屋にいるレイナは獣だった。


 テレビの中で誰もが憧れるアイドルは──

 今、汗ばんだ肌で、濡れた目で、恋人の身体を貪っている。


「今日もね、たくさんチヤホヤされたよ。スタッフさんも、お偉いさんも、今日も完璧でしたねって褒めてくれた。でも、わたしが本当に求めてるのは、そんな言葉じゃないの。ひよりの、大好きだよってやつだけなのに」


 じくじくと熱を持つような口調。

 それはあまりに本気で、あまりに重く、けれどどこまでも愛おしい。


「他のファンがわたしを見てもいい。ステージの上ではアイドルだから。でも、それだけ。そこまで……わたしの素肌を知ってていいのは、ひよりだけ。こっちの声も、キスの癖も、乱れた顔も、みんな、ひよりだけが知ってればいいの」


 レイナの手が下へ下へと滑っていく。

 その指は優しさと独占欲を持ち合わせ、まるで自分の証を押し付けるような触れ方だった。


「さっきの衣装、すごく評判よかった。ねえ、またあの白いレースのやつ、着てあげようか?ひよりの前だけで、脱ぐためだけに」


 羞恥と甘さに混乱しながら、ひよりは首を振った。

 でも、レイナの手が止まることはない。


「そうやって困った顔するの、好き……誰にも見せたくない。全部、わたしだけの反応にしたい」


 レイナはひよりの耳に唇を寄せた。


「わたしね、最近思うの。アイドル辞めてもいいかも、って。だって……ひよりがいてくれるなら、それだけでよくない?」

「……ダメだよ。レイナは、みんなの……」

「ちがう、わたしはひよりのでしょ?」


 返す言葉をなくして、ひよりは目を伏せる。

 その代わりに、そっとレイナの手に自身の指を絡ませた。


 それが肯定だとわかったのだろう。

 レイナはうれしそうに微笑むと、再び唇を重ねてくる。

 テレビの中のライブはサビを迎え、ファンの歓声がピークに達する。


「好きだよ、ひより」

「……わたしも、好き」

「もっと、言って」

「……愛してる。ほんとに」


 その言葉を聞いた瞬間、レイナの目の奥に快感とは違う光が走った。

 救済にも近い、どこか壊れかけた安心の色。


「じゃあ、証明して?」


 レイナは自分の服を脱ぎ、ひよりの身体に擦り寄る。

 肌が触れ合い、呼吸が混じり、もうどちらがどちらなのか分からない。


「……ねえ、ひより。この身体全部が、わたしのものだって、忘れないで?」

「忘れないよ。忘れたことなんか、一度もない」


 すべてを包み込むように、ひよりはレイナを抱きしめた。

 テレビの中のアイドルは、もう誰のものでもなかった。

 世界に見せる“完璧な偶像”は、今やただ一人のファンだけに身を捧げる、愛に飢えたひとりの女だった。


「わたし、壊れてもいいや。ひよりに全部もらえるなら、もうどうなってもいい」


 それは、ひどく歪んでいた。

 でも、確かに甘かった。

 誰よりも深く、誰よりも激しく、そして誰よりも純粋な愛のかたち。


 深夜、テレビの音も止まった頃。

 レイナはひよりの胸に顔を埋めながら、何度もだいすきと繰り返していた。


 その声をひよりは黙って聞きながら、髪を撫で続けた。

 壊れてしまっても、ふたりならいい。

 ここにあるのは、誰にも見せられない、ふたりだけのファンサ。


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