酸素と命の等価交換
酸素の奪い合い。
それはつまり、この空間で「他人の酸素を奪わなければ自分が死ぬ」というルールだった。
周囲には何もない。浮遊する破片、壊れた階段の破片、無限に広がる空間。
酸素の供給は、各個人の生命維持装置――つまり体内の小型デバイスに委ねられており、残量は全員で「合計100%」しかない。
誰かが多く吸えば、他の誰かが苦しむ。
「まるでバランスゲームだな。」
ジュードが苦笑しながら銃を構えた。
「撃てば終わりだが……さて、どうする?」
カンナは既に計算を始めていた。
「この状況で最適解を出すなら、3人で均等に酸素を使う。奪い合いは非合理的。」
「でもその"均等"が崩れるのがこの街だろ?」ジュードが睨む。
「しかも、試練の条件に"奪い合え"とある。つまり、協力は不可能な設計になっている。」
一瞬の沈黙。
だが、その沈黙を破ったのはサクヤだった。
彼はにこやかに言う。
「君たち、"酸素を奪う"ってのは何も直接攻撃だけじゃないんだよ。」
そう言うと、サクヤは自らの装置のバルブを操作し、酸素放出量を最大にした。
周囲に酸素が充満し、カンナとジュードの酸素メーターが一瞬上昇する。
「……何をしてる?」
カンナが驚くと、サクヤはケラケラ笑った。
「これでいいんだ。奪い合え、というルールを満たすには、"供給の奪い合い"も成立する。ほら、キミたち、僕の酸素を勝手に奪っただろ?」
彼の酸素残量は急激に減り、10%を切っていた。
「リスクを背負わずにリターンを得たら、ゲームマスターは怒るよ?」
途端、空間に警告音が鳴り響き、機械音声が告げた。
「ルール違反検知。制裁措置を実行。」
「サクヤの酸素残量、強制ゼロ化。」
「ははっ、やっぱりね。」
サクヤの笑顔がかすかに揺らぎ、口元から血が滲む。だが彼は目を細めて言った。
「さて、次の合理的手段をどう考える?」
ジュードが息を荒げながら銃をサクヤに向けた。
「お前、何者なんだよ……!」
「僕はただの"傍観者"さ。観察と干渉が趣味なんだ。」
一方、カンナは酸素残量の表示を見つめていた。
自分:38%
ジュード:42%
サクヤ:20%(強制ゼロ化中)
「ルールを満たしながら、全員が生存できるパターン……いや、ある。」
彼女はメモ帳を開き、震える手で書き殴った。
「酸素消費率の低下を共有すればいい。全員が息を止める時間を交互に設ける。」
「はあ?息止めゲームをしろってのか?」ジュードが苛立つ。
「合理性を考えろ。ルールに『攻撃で奪え』とは書いていない。"酸素を奪い合え"が条件なら、最小限の奪いで済む方法を探すべき。」
「ふーん、それ、僕も乗るよ。」
サクヤが薄ら笑いながら口を拭う。
「僕はもう死にかけだから、あとはキミたちに任せる。さて、この街はキミたちをどう評価するかな?」
カンナが提案した「交互の息止め作戦」。
ジュードが信じられない顔をしつつも、その合理性に賭けることを決意する。
一人が酸素を吸い、他の二人が止める。それを数十秒ごとに交代する。
極限の呼吸制御と自己抑制。
それは、理性と肉体の限界を超えた、命を懸けた「協力」だった。
そして、ついに機械音声が響く。
「条件達成を確認。全員の酸素残量、最低限に到達。試練クリア。」
直後、空間が歪み、三人は次の階層――
『記憶の檻』へと放り出される。
カンナは荒い呼吸を整え、虚ろな目で呟いた。
「……この街、私たちの心理を試してる……。」
ジュードは銃を持つ手を強く握りしめ、サクヤは薄く笑ったまま、次の狂気を待っていた。