理性と狂気の狭間
カンナの肩から滴る血が、赤い螺旋の歪みの中に消えていく。
だが彼女の表情は冷たいまま、手製の止血帯を巻きつけながらジュードに目を向けた。
「無害時間、残り3分42秒。突入するなら今。」
ジュードは舌打ちしつつ、銃を持つ手を確認する。
声弾の残弾はあと4発。
「これじゃ、3分持たせるのがやっとだな。」
一方で、サクヤはふわりと両手を広げ、赤い螺旋に向かって歩き出す。
「大丈夫、キミたちは"この階層の主"にはまだ見つかっていない。見つかるのは……次の周期からだ。」
その言葉の意味を問いただす暇もなく、カンナが叫んだ。
「行くわよ!」
3人は赤い螺旋の隙間を抜け、重力反転装置を目指して走り出す。
だがその先には、常識では説明不可能な光景が広がっていた。
――階段が、上にも下にも、左右にも、すべての方向に無限に伸びている。
重力は視線を向けた方向に引き寄せられ、踏み出した瞬間、足元がどこになるのか分からない。
「空間認識が崩れる。これ、視覚情報を信じたら死ぬやつだ。」
カンナは目を閉じ、メモ帳の走り書きと脳内の法則パターンだけで座標を割り出す。
「ジュード、次の足場、右に3歩、上に2歩!」
ジュードは半信半疑ながらも、言われた通りに進む。
不意に、空間の端から黒い手が複数伸び、彼の足元を掴もうと迫る。
「撃つぞ!」
ジュードが引き金を引くと、銃口から放たれた音波が空間を振動させ、黒い手の形状が分解される。
だが、声弾はこれで残り3発。
「無駄弾は撃たせないでくれよ、カンナ!」
「なら合理的に、撃つ必要がないように動いて!」
二人の言い合いをよそに、サクヤは宙に浮かびながら笑う。
「君たちは面白いねぇ。『合理性』だけで世界を乗り越えようとするなんて。」
彼の手が空中で円を描き、その中心から、未来の映像が垣間見えた。
――そこには、無数の黒い手に取り囲まれ、絶望したジュードとカンナの姿。
そして、その後ろで微笑むサクヤ自身。
「……何を見せた?」
ジュードが睨みつけるが、サクヤは肩をすくめた。
「これが確定未来だとは限らないさ。ただ、"この街"の在り方として可能性が高いシナリオ、ってだけ。」
時間が残り1分を切る。
カンナが叫ぶ。
「装置はあそこ!あと45秒で辿り着ける!」
だがその時、階段の一部が崩れ落ち、ジュードが足を滑らせた。
即座にカンナが手を伸ばし、サクヤも「おっと!」と笑いながら引き上げる。
「助ける理由は?」ジュードが尋ねると、カンナは即答した。
「合理性。仲間が減れば、私の生存率が下がる。」
「理由はそれだけ?」サクヤが笑う。
「……それで充分だろ?」
三人は駆け抜け、残り3秒で装置に辿り着いた。
カンナが装置に手を触れると、赤い螺旋が一瞬静止し、世界が再び捻じれた。
そして、彼らは次の階層――**『零重力の回廊』**へと投げ出された。
重力が完全に消失し、全ての物体が漂う世界。
だが、同時に空間のどこかから、機械的な音声が響いた。
「生存者、3名確認。次の条件に従い、生存確率を算出します。」
「次の試練:『互いの酸素供給量を奪い合え』。」
カンナが眉をひそめ、ジュードが銃を握りしめ、サクヤが口笛を吹く。
狂気のルールは、さらに深く、彼らを試すのだった――。