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九話 淡白! 魚の白身くらい反応が薄い!

 コメット・コーポレーションの運営する、都内某所にある大病院の特別棟。ここはシルヴィアに認められた医療従事者しか立ち入る事が許されない。秘密結社・神威の医療棟として使われていた。


 初めは寝付けなかったベッド。味に満足できるようになった病院食。忙しなく過ぎ去っていく看護師の足音。病棟はいつだって師走だ。風に揺られ話しかけてくる木々の葉。窓をステージに見立てて開催される小鳥のストリップ。見せつけるように飛び立つその姿が桃里は初めて羨ましく思えた。そして、目新しい院内の景色も辟易するくらい時間が過ぎ去った頃、彼の入社試験が始まる。


「もしもし、ばあちゃん。俺、桃里だよ……明日には退院できるって」


 病院内にある緑色の公衆電話。そこにジャージを着た桃里はいた。電話の相手は一緒に住んでいる祖母。彼の入院はその特殊性から一切の面会を許されていなかった。けれど、身内への連絡は許可されている。桃里は入社試験が行われる前に祖母の声を聞きたかった。


『そうかい。それじゃあ家で待ってるよ。それにしても、災難だったね。空から女の子が降ってきて、その女の子の爪が長すぎてふくらはぎとお腹に刺さるなんて』


「……う、うん。それよりじいちゃんもばあちゃんも元気?」


『ああ。元気にしているよ。明日は桃里の好きなハンバーガーにしようかね』


「そう……よかった。それよりも俺が帰るまで誰も家にあげちゃいけないから! あと、電話もとにかく気をつけてね」


『わかったよ。桃里も無事に帰ってくるんだよ』


「じゃあ、もう時間ないから切るね」


 桃里は公衆電話の受話器を置く。時刻は午後十時。寝静まった院内の暗がりと怪しく緑色に光る非常灯。桃里に静かに歩み寄るシルヴィア。白衣ではなく、身軽な格好に身を包んでいる。


「それじゃあ行こうか。外に車を待機させている」


「うん。その前にこれ」


 桃里はシルヴィアに神の欠片を手渡す。施設での一件から力を潜めただの欠片となった。

「力はもう残ってないみたいだけど、何かあるといけないから一応」


「では、受け取る」


 神の欠片が桃里に反応したのか。神の欠片はどういう力を持っているのか。その理由は未だ分からずにいる。病院で成分鑑定をした結果、分かったのはそれが地球には存在しない物質という事だけ。故に彼女たちはこの欠片をアンノウン・モーメット・フラグメント──U・M・Fと名付けた。


「俺が晴れて神威になったら返してよ。覚悟は十分だから。自分の力だけで試験を突破してみせる」


「……期待しているよ」


 一か月ぶりに外へと出る桃里。宵闇に輝く空の星よりも煌めくネオン。その輝きに眩しさはない。深まる夜の音。けれど、そこに忙しなさはない。神威になって偲の敵を取る。


         ◇

 シルヴィアの車に揺られる事二十分。二人は豊島区にある七階建てのビルへと到着した。人気はなく鬱蒼とした雰囲気。どんよりと反り立つような存在感を示し、窓から漏れ出る光もない。


「このビルは私が所持しているものだ。と言っても入社試験時以外は使っていないけれど、だから安心して暴れてもいい」


 そして、シルヴィアと桃里以外に神威のメンバーが二人。面接ではなく観戦するように立っている。ピンク色に髪の毛を染めたギャル──鏡夜るり子。筋肉質で高身長、覚悟の籠った瞳をした男──長屋望月。共通して新選組の羽織をもっと深く染めたような、青黒いジャンパーを着ている。背中には何やら刺繍が彫られているけれど、桃里からは見えない。


「シルヴィアさん、何者? こんなビルも持ってるの?」


「ふふっ! 何を隠そう私はあの! コメット・コーポレーションの社長なのだよ」


 鼻を高らかに宣言するシルヴィアに桃里は驚愕した。コメット・コーポレーション。それは日本一の社員数を誇る大企業。物流・サービス・医療・不動産。日本のインフラストラクチャ―を支えている。世間の事を知らない子供でもその名前を一度は聞いたことのあるくらいだ。


「……そうですか。それよりこれからここで何するの?」


「淡白! 魚の白身くらい反応が薄い! まあいいけれど。試験のルールは簡単。このビルに小さな木箱を隠した。それを制限時間内に見つけ出し、持ってこのビルから脱出する事。そして、中には星南の行く手を阻む面接官が二人いる。倒すも倒さないのも星南の自由だ。けれど、倒せれば隠し場所のヒントについて教えてもらえる。ルールは分かった?」


 桃里は首を縦に振る。


「シルヴィアさんとそこの人達が面接官……ですか?」


 野次馬のごとき二人が気になって桃里は質問する。


「いや、面接官ではない。まあ気にしないでくれ。おっと、大事な事を忘れていた。制限時間は一時間! 他に質問はある?」


「木箱には何が入ってるの?」


「力だ。私たちがモノリス教団と戦う術。この試験はその力を自力で掴み取る事が出来るかを試すもの。そして、その力に相応しいかも。私たちが見るものは力に対して相応しい責任を持てるかどうかだ。それが持てない人間に木箱は与えられない。そういう試験に作っている」


「なるほど……大丈夫! もう始めよう」


 ──目に焼き付いた偲の死体。振り払おうとも影法師のようにねっとりと纏わりつく。一か月も何もせずに過ごしていた。これ以上のんびりはしていられない。この復讐はからなずやり遂げる。


「それじゃあ星南! 検討を祈る! 君の行く末に星の導きがあらん事を」


 桃里はビルの自動ドアを潜り抜けビルの中へと駆けていく。シルヴィアはその背中を無言で見送り安堵のため息を吐く。


「ダイジョウブ! って言ってましたけど。なんか新鮮ですね。うちの組織、暗い人多いじゃん。ああいう若さを見ると憧れるつーか。あった! あった! そんな若い時! みたいな」


 ピンク髪の女─鏡夜るり子がシルヴィアに話かける。


「るり子もまだ二十一とかだっけ? 私からすればまだまだ若いよ」


「それは……そうっすけど。でも友達のためにここまでするってあの子も結構、イカれてるタイプ」


 シルヴィアは左手に付けた腕時計に目を向けながらるり子と話す。そして、針が十時三十分を指したのを確認すると、ビルを見上げた。


「るり子。そろそろ頼む」


「アイっす!」


 るり子は元気のいい返事を返すと、両手でカメラのジェスチャーをする。そして、レンズを象った両手の隙間にビルを収める。


「時空の杭。一握の神秘──固定概念の鏡(ステレオ・アリス)


 突如としてビルを取り囲む光の壁。まばゆい結界は外部を遮断し、何者も寄せ付けない。まさしく鏡の結界。


 鏡夜るり子の超能力は自身の手に収まる範囲を鏡のような結界で閉じ込める。その閉じ込める空間は自在に拡大・縮小できる。るり子の能力によってビルは二分の一まで縮小し、桃里は結界の中へと閉じ込められた。


      ◇

 ビルは七階建て。上へ上がるのには一階ロビーの左側に備え付けられたエレベーターと階段のみである。


 ──制限時間は一時間。冷静に考えて一階に置く事はないだろう。見た目よりも中は広いし一時間じゃあ到底探しきれない。だから、まずは面接官を倒してヒント得る。


──そして、エレベーターは逆に時間のロスだ。階段を使ってしらみつぶしに探す。


階段へと走った桃里は、階段を段飛ばしで登っていく。


 部屋の作りは全共通。仕切りはなく広いワンフロアの作り。全面には窓ガラスが張られ、左右と後方にはない。壊れたデスク。焦げた床。曲げられた鉄パイプ。前回の試験から掃除する事無くそのまま放置されていた。


 中でも二階は、その後が色濃く残る。つまり、その部屋は家具と呼べるものが何一つとして残っていなかった。不気味な冷たい空気と明かりのない伽藍とした空間。そこに一人目の面接官はいた。


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