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八話 俺を仲間に入れてください

 桃里は夢を見ている。


 地元のショッピング・モールに入った中規模の映画館。そこの一番小さなスクリーンで映画が流れている。客は一人だけで見知った顔ではない。最後尾の席に座った男はジッと食い入るように映画を見ている。時折泣いたり笑ったりしながら楽しんでいるその姿には既視感がある。


 そして、やたらと短いエンドロールが終わり、最後にスクリーンにでかでかと白い文字で書かれた『華岸偲は帰ってくる』。場内が明るくなって振り返った男の顔は─。


 夢を見ていた。海底のように深い呼吸。口元に付けられた透明な器具。むずがゆくなってそれを手で取った。


 真っ白な空間。白熱灯の青白い光に桃里は目を細める。肌触りのいいベッド。メトロノームのようなリズムを刻むベッドサイドモニタの脈拍。腹部とふくらはぎの圧迫感。見知らぬ天井。ここは何処かの病室だ。


「…………ここは」


 ──少し前まで監禁されていたはずだ。異形の怪物と、神の欠片、ハリウッド女優のようなシルヴィアと神秘的な神の卵。怪物の阿鼻叫喚。そして偲の死体。


 桃里は困惑していた。そのどれもが現実であったはずなのに、出来の悪い映画、アクションだけにやたらと凝った、観客にストーリを理解させる気がない新宿のミニシアターで上映しているようなB級映画を見ているようだった。


 すると、引き戸を優しく開けてシルヴィアが入ってきた。長いブロンドの髪を結び白衣を着ている。彼女は医者だ。


「おはよう。星南。気分はどうだ?」


「お、おはようございます? まだ頭がぼんやりする」


「私が戦いに巻き込んでしまった。すまない。丸二日だ。星南が意識を失ってから。……目覚めたばかりですまないが、聞きたい事が山ほどある」


 シルヴィアはエメラルドのような綺麗な瞳で桃里の顔を見つめる。見た目は二十台後半、時代が時代ならば王の心を鷲掴みにしていそうな傾国の美女だ。


 ──聞きたい事が山ほどあるけれど今はそれどころではない。目の前の人が宇宙人かもしれないのだ。それに死体の事も気がかりだ。


 脳のメモリを全て焼き尽くすようなおぞましい生物。宇宙人は成り済まし人をあざ笑う。目の前のシルヴィアを本当に信用していいものか、桃里にとってそれが問題だった。


「……宇宙人。どこに居るか分からないんです。手当して貰ったのは感謝するけど、あなたがそうじゃないと言えますか?」


「もっともな意見だ。だがどうしよう。証明する手立てはない。私があれこれ言っても自身の身を潔白するものではないからね」


 そう言いながらもシルヴィアは焦った素振りは見せない。屹然とした大人の対応に桃里は面食らった。


 そして、シルヴィアは桃里の左手の優しい手つきで掴む。彼女の握った手の温もり。そして、桃里の心に伝わる生命力。確かに中身の籠った人間なのだと桃里は安心した。


「君が出会った宇宙人がどういう形をしていたのか分からないけれど。奴の成り済ましには中身がない。皮だけの化身だ。……それでも私が嘘を吐いている可能性もある。だから、身体検査を──」


「分かったよ。シルヴィアさんを信じます。それと教えてほしい。あそこに死体があったでしょ。あれは……どうなりましたか」


「結論から言うと死体の身元は華岸偲。今、世間を騒がせている指名手配犯だ」


 ──ぼんやりとして、なぜだか冷静だ。見知った有名人の死をニュースで知ったのと同じような感覚。心のどこかで諦めている自分がいて、その敵を取れと叫んでいる気がした。


「ありがとうございます。……それでごめん話の腰を折っちゃって。何か続きを言おうとしてたよね」


「いや、いい。……まずは私の話をしよう」


 桃里は時間差で現実を実感する。


 ──もう追いかける友はいない。悲しいはずなのに。荷が下りたとような身軽さを覚えた。


「最初に言っておくけれど私は人類の守護者だ。あの宇宙人と敵対し、邪神の卵が孵るのを阻止している。奴はこの社会に溶け込み、神の卵を孵化させるために一つの組織を作った。それが──モノリス教団」


「教団を作るって……それで神が生まれるの?」


「邪神が生まれるために必要なものは──信仰だ。でも人が信じるだけじゃ何も起きない。邪神は新たな人類を求めている。モノリス教団はその新人類を作り上げるために作られた」


「話が見えてこないよ。それでも神は生まれているかもしれないし。そもそも新人類を作るってどういう……!」


 桃里の問いかけにしばし沈黙するシルヴィア。彼女もまた本当の事を打ち明けるか迷っていた。それは、桃里が宇宙人である事を疑っているのではい。仲間に勧誘すべきかどうかについて考えを巡らせていた。けれど、覚悟を決めたように小さく息継ぎをして話始める。


「邪神の卵──その殻。私たちはあの殻を星海(シーステラ)と呼んでいる。人が星海を摂取すると強制的に進化し異形と化す。そして、人を襲う。まるで、我々人類を淘汰するように。その様子だと勧誘されたみたいだが、飲まなくて正解だよ。アレは人の身に余るものだ」


 桃里があの施設で目にした怪物たちは星海によって進化した人間である。


「あの怪物が人間……もし、邪神が生まれるとどうなるの?」


「一柱でも生まれれば我々の文明は滅びるだろう。そして、新たな神が支配する地球になる。太古の昔……想像も出来ないくらい昔。邪神が降臨して一度地球の文明は滅びたとされている。都市伝説でよくあるでしょ。この地球の文明は一度滅んでいて、今の文明は二回目だって説。あれ本当なんだよ」


「じゃあ、その時の邪神はどうなったの?」


「伝承によると邪神は超古代文明と共にどこかに眠っているとされている。けれど、それが何処なのか誰にも分からない」


「………邪神の欠片は? もしかしてその時の?」


 ──宇宙人が言っていたこの地球で邪神は一柱でも生まれていないと。つまり、この文明では未だに生まれていないという意味なのだろう。でも、そうするとジャスティに関しては謎が深まるばかりだ。


「それは分からないけれど。今までそんな話は聞いたことが無いからね。本当に心当たりはない?」


「うん。まったくない。神の欠片も、その力も。どうして、俺に反応したのか。……全然わかんない」


「そう。なら、あまり心配はしていない。今現在、世界は綺麗に回っているから。それに私たち人類はそんなに軟じゃない。神なんてきっとたいした事ないさ」


 桃里が足を踏み入れたのは世界を救う戦い。そして、偲もきっと彼らとは違う形でこの戦いに参加したのだと桃里は納得した。ならば、自分はどうするべきか桃里の頭の中に選択肢が浮かび上がる。


 ──復讐と真実。偲ななぜ死ななくちゃならなかったのか。それよりも宇宙人を殺したい。


「私たちは増えないように戦ってきた。そして、日本にあの宇宙人──無貌の坩堝ニャッラーを閉じ込めた。それまでは、全世界のいたるところに化身がいたけれど、今はこの国だけ」


「この事は誰が知っているんですか? 少なくとも俺は知らなかった。……大人は皆知っている?」


 桃里は自身の無知さを嘆いた。


「この事は一部の人しか知らない。本当に一部だ」


 桃里のパルスオキシメーターで測定する脈拍が上がり、警告のように電子音を刻む。


「どうして隠しているんですか? そんな大事なこと! 警察官になった友達がいるんだ。そんなのあんまりじゃないか。人を救うって何? 偲の正義感は! 誰も知られずに人を救って、それで…………」


 桃里は言葉が喉につっかえてそれ以上何も言えなくなる。力強く握られた両手の拳。彼は偲の正義が上辺だけのものだと言われている気になった。ただ見えている部分のみを救っているだけにしかすぎないのだと。


 もっと他に正すべき事があるにも関わらず、それをひた隠し、自分達こそが正義なのだとのたまっている。大いなる戦いの隠匿。そして、その結果偲が死んだ。桃里には残酷な事実だった。


「本当に申し訳ないと思っているよ。でも仕方がない事だ。公表すれば収拾がつかなくなる。隣人が悪意をもった宇宙人かもしれないなんて、普通の人は耐えられない。あまつさえ、私たちはアレを殺す事すらも出来ない!」


 シルヴィアがひた隠しにする理由も桃里には理解できる。親愛なる隣人に成り済ますという混沌の坩堝ニャッラー。人の持つ力では殺すことも出来ない上位者。それがのさばる現実に誰が耐えられるだろうか。


「それに、三個ある卵の内二つが手に入った。あと一つなんだ! たった一つ回収するだけで、この長い戦いも終わる。いや、私たちが終わらせる」


「…………すいません」


 誠意が込められた彼女の言葉と漏れ出る慈愛が桃里の心を落ち着かせる。その慈愛は個に向けられるのではなく、人類全体に向けられたもの。アイドルグループの中から個人的な推しを作らず、その箱を愛でているような感覚を彼は抱いた。


「人を探していた。ジャスティって男と、一緒に行方不明になった友達。それで欠片について調べて聞き込みしてたら意識を失って……気づいたらあの場所にいた」


「……偶然ではないな。実はあの日、手紙が届いた。奴らのアジトと卵の住所が示された手紙。半信半疑だったけれど、私たちは奇襲をしかけた。手紙、神の欠片、監禁と奇襲。これはジャスティとその友達とやらに仕組まれた可能性がある」


 ──偶然にしては出来すぎている。けれど、ジャスティと偲が仕掛けたのなら、目的は何だろう。宇宙人に監禁される事を知っていた。あまり考えたくはないけれど、宇宙人すらも自分に仕向けた可能性がある。つまり、宇宙人にもシルヴィアにも与さない第三勢力。偲は一体何を考えてこんな事を。


「何かを知っているとしたらジャスティだよ。神の欠片を俺にくれたのも彼だった。俺は欠片について何も知らなかったし。……どうして俺に反応したのかも分からない」


「私たちと星南を接触させるための欠片か……複雑に絡み合った陰謀を感じるな」


 シルヴィアは迷う。このまま第三勢力──ジャスティの思惑通りに事を運んでもいいものか。すなわち、桃里を彼女たちの組織に招き入れるか否か。


「念のため、その友達というのは聞いてもいいか?」


 真剣な表情を浮かべて問いかけるシルヴィア。桃里は偲の事を話したら彼女は軽蔑するかもと考え逡巡する。けれど、その思いを振り払う。


「……………華岸偲。俺のかけがえのない友達」


「そうか。話をしてくれてありがとう」


 真剣な表情から一変して柔和な笑顔を浮かべる彼女。桃里はその態度に胸を撫でおろした。


「偲の恋人が宇宙人で、ジャスティも何かを知っている。シルヴィアさんたちの戦いに関わっている」


──敵を取りたい。そして、真実も知りたい。どんなものであれ知らなければならない。邪神の欠片とその力、なぜ託されたのか。もしかすると、自分のせいで偲は。


「俺を仲間に入れてください。……俺がこの戦いを終わらせる」


 力強くはっきりとシルヴィアの目を見て桃里はそう言った。シルヴィアは考えを巡らす。このまま断る事は出来るけれど、それでは組織に新たな風は起きない。加えて、最後の卵を回収するためにも戦力は必要だった。そして、神の欠片を持っていた桃里の監視も必要だ。


「組織の名は秘密結社──神威。人知れず怪物と戦う組織だ。もちろん命の保証はない。力がなければ殺される。それに、仮に怪物に勝てたとしても相手は元人間」


 そうしてシルヴィアの考えが廻り一つの結論を導き出す。


「だから、星南の覚悟を知りたい。君が何者で、私たちの仲間になりえるのか。つまり……入社試験だ!」


 シルヴィアはまず桃里がどういう人間なのかを知ろうとした。あわよくば、戦力として手元に置き監視しようとも。だから彼女は試す。桃里に戦う力を与えてもいいのかどうかを。


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