七話 少年、問おう。敵か味方か
「ひとまずここを制圧する。総員!最善を尽くせ」
上の仲間に向かって指示をする金髪の女。声は水のように透き通っている。
透き通る白い肌と対照的な深緑の瞳。艶のあるブロンドの長い髪は、昔のハリウッドスター女優のような整った顔立ちをいっそう引き立たせる。少しだけ厚い真っ赤な唇とシャープな顎。
恰好は十月だというのに、ハーフパンツと長袖のティシャツにその上から宇宙のような青黒いジャンパー。背中には五芒星と船の刺繍が施されていた。機動力を重視した装いだ。九頭身もあるスタイルの良さが相まって絵になっている。
「…………」
シルヴィアの鋭い眼光。桃里を品定めするようにまじまじと見つめる。閃光が瞬いた。桃里に向かって攻撃を繰り出そうとする彼女。遅れてやってくる殺意。
──やばい。このままじゃ死ぬ。
「まっ、待って!」
シルヴィアに初めからそのつもりはなかっただろう。ピタッと彼女の拳は桃里のお腹に当たるギリギリで止まった。
そして、ソニックブームのような衝撃と重低音が遅れてやってきた。負傷した桃里の体はその衝撃波に耐えられることが出来ずに尻もちをつく。
「少年、問おう。敵か味方か」
「…………分からない」
極限の怒りと未知の状況に試される桃里の心。瓦解寸前の精神をせき止めるために一縷の希望に縋るように立ち上がる。
──死体は偽物かもしれない。偲が砂であったように。これは偽装された作られたものだ。
「……星南桃里です。そこに、死体が……あと、左手に邪神の欠片も」
桃里に今出来る最善はシルヴィアに敵じゃないと伝える事だった。そのために、彼は自分の名前を明かし、邪神の欠片でさえも情報として開示した。
「落ち着け。星南」
「……はい」
桃里はシルヴィアに左手の欠片を見せる。彼女は判然としない表情で欠片をまじまじと見つめる。シルヴィアは顔を欠片に近づけていき、花のような香りが彼の鼻孔をくすぐる。
「…………なるほどな。これを何処で?」
「ジャスティっていう人から貰った。『いつか必要になる』って」
「ジャスティ……? ひとまず話は後だ。この場は私、シルヴィア・スターマインドに任せてもらおう。鏡夜、結界を張れ! 絶対に卵を死守しろ。私は施設の教団員を制圧していく」
桃里の目の前にいるシルヴィアが消えた。ほぼ同時と言っていいタイミングで後ろから雷鳴が響く。彼は振り返る。
カサ。カサ。カサ。蠢く無数の怪物。赤潮のように部屋を埋め、夢か現か桃里は目の前の光景を疑う。
怪物は魚眼のように大きな瞳を携え、虎のような犬歯と潰れた鼻、タコ足のような黒い髭。二メートルもある体躯。そして、筋肉の繊維が表へ出てきたような、体毛のない赤色に白いサシが入った表皮。五本指の間には水かき。下半身は茶色の鱗で覆われて、足の指は五本ある。おまけに銛のように先が鋭い尻尾。
その怪物たちの中に降り立つ一つの雷霆=シルヴィア・スターマインド。火雷を轟かせ、青い光が走る。その軌道にいた怪物は次々と倒れた。
流れる青い光が軌道を変えた。地面を流れるのではなく上へと走った。怪物に祝福を与える太陽のような青い光。
「流星の星詠」
呪文を唱え、煌めくシルヴィア。青い光が赤く燃え上がり、流星のように地に落ちた。
最初に、灼熱が怪物たちを焦がした。
次に光が弾け、けたたましい爆炎と轟音。
最後に、煤になった怪物がほろほろと塵芥となり、黒い靄が辺りを包んだ。
鼻につく焼け焦げた臭い。突風に巻き込まれた桃里は数メートル吹き飛ばされる。
「欠片が……!」
思わず桃里の手から零れ落ちた神の欠片。そして、シルヴィアが取りこぼした怪物が、煤の烏夜から桃里めがけて飛び出す。欠片に行かされていた桃里は意識が朦朧とする。けれど、戦う意志だけは鮮明に。
「これで最後か!」
瞬き。桃里の前に再び現れるシルヴィア。一直線で突進してくる怪物の顔を、右手で鷲掴みにすると、そのまま影の体ごと押し倒した。虫のように仰向けになる黒い影。
気を失う桃里。その後、生々しい音が鳴り最後の怪物は息絶えた。
ここは伏魔殿。モノリス教団の大きな隠れ家であった。
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