六話 何? 何? ねぇ知りたい?
桃里は何が事実で何が嘘なのか分からなくなっていた。宇宙人の目的はこの欠片で、偲とジャスティは何のために戦っているのか。欠片をどうして自分に託したのか。この欠片はどうして彼に力を授けたのか。
「とにかくここから脱出しないと……」
──貫かれた部分から血液がとめどなく流れている。鈍い痛み。それでも、歩く。
等間隔で天井に付けられた黄色く光る電球。細長い鉄の廊下。脇道もなくただひたすらに長く真っすぐに広がっている。左右どちらかに進むのか。それだけが問題だ。
右に進むと後退してしまいそうな気がして桃里は左の道を選んだ。壁に体の半分を預けて進んでいく。心臓が警告するように早く動く。十分くらい進んだ所に上へ続く階段と下へ続く階段があった。上下どちらへ進むのか。それが問題だった。
桃里は階段を下る事にした。階段を上る気力もなく、血が滴るふくらはぎを気にかけて。階段を下ると大広間に出た。作りは同じで鉄で出来た部屋だ。けれど、一つだけ違うとすれば、正面に三メートル程度の大きな銀色の門がある事。
銀色の門は銀河のような意匠があって、中央には眠っているような閉じられた瞳がある。門の中へと進むしかない。今回は迷う事がなかった。猶予がなかったから。もうすぐにでも死んでしまいそうなほど体は冷たくなり、桃里は血を流しすぎたのだ。
桃里は欠片の力で生かされている。しかし、いつまでこの力が続くとも分からない。少し速足で広間を進み銀色の門まで進むと、両手をあて息も絶え絶えに門を開ける。仰々しく悲鳴のような音を立てて、人が一人通れるくらい開く。
卵があった。入口から七十メートルくらい離れた所の祭壇に奉られた、四メートルより少し大きい。宇宙の星を散りばめたような黒と海のような青が混じり合った卵。小さな星々が粒だって、一つ一つが輝きを放っている。この部屋だけが陽の光に照らされているようだった。
「…………神の卵」
桃里の口から思わず言葉がこぼれた。確かに桃里はこの神秘の輝きに魅了されていたのだ。だから、気が付かなかった。
祭壇の前で生贄のように横たわる偲の死体。
触手が蠢く宇宙人に。
「また会ったね。桃里くん。ようこそ星の祭壇へ。君も我らの仲間となろう。さあ、さあ、さあ! モノリス教団へ入れ。そして、進化しろ」
「ああっ……嘘だ。頼む。もう、これ以上……そんな」
桃里の体が強張る。太陽のような光に照らされる偲の死体。そして、神に欠片によって強化された視力。桃里の目にはもはや彼の死体しか映らない。
「ありえないだろ! そんなの! 何が目的で……どうして!」
桃里は途端に吐き気を催しその場へと崩れ落ちる。同時に吐き出される数々の思い出。視界が滲む。事実を到底受け入れきれず桃里は祭壇の前へと駆けだした。
祭壇の前で待ち構える混沌は右手に持っている金色の杯で卵をすくう。宇宙の海が杯を満たし輝きを放っている。
「これを飲め。我らの仲間になれ。さすれば神秘の力が授けられるだろう。どうだ? 悪い話ではない。友と同じ末路になる事はないのだ。今にも死にそうではないか。これを飲めば傷も癒える」
混沌の言葉は桃里の耳に入らない。ただ視界に捉える友の姿だけ。次第に解像度が上がりはっきりとより鮮明に偲の顔が見える。そして、その死が確信に変わり徐々に走る速度が落ちていく。
「ねぇこれは効いた? 以外と精神強かったもんね! 効いてるね。効いてるね。……聞いていないね。心を壊しすぎちゃったかな」
「…………す」
「何? 何? ねぇ知りたい? 何で死んじゃったか。それはね。邪魔をしたから。ジャスティと共謀して神の欠片を君に託したか──」
「殺す! 黙ってろ。関係ない。殺す。理由なんかどうでもいいよ」
「その表情! 完璧だ! 私は君のその魅惑的は黒子が好きだ。歪んだ表情がより引き立つ! それに、君に対して興味が尽きぬ。君の血が神の欠片を目覚めさせた。ああ! これはまさしく恋! そして愛! 君の事が好きみたいだ。君の事をもっと知り──」
くぐもった衝撃音が伝う。部屋を揺らし、卵の輝きが上に向かって走り出す。天井の小さなひび割れ。漏れでる光──天井が落ちてきた。大小の塊が自由落下していき、巻き込まれまいと上を見ながら天井の塊を避けていく。視界を塞ぐ埃が舞って足元の小さい瓦礫に躓いた。
「忌々しい守護者気取りの小娘がぁぁ!」
遮られた視界の向こうで老人が叫ぶ。漂う埃が操られるように一つになり何者かによって上へと放り投げられた。そして、降ってきた。異形の混沌目掛け。流れる星のような金色の光。けたたましい轟音と衝撃。空を裂き、地面を割り、異形の混沌を一瞬で消し炭にした一人の女。
「ひとまずここを制圧する。総員!最善を尽くせ」
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