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四話 題して、ドキドキ逆ロシアンルーレットォォォ!

 桃里は気が付いた時にはすでに閉じ込められ、椅子に手足を縛りつけられていた。最後の記憶は上野駅周辺の小さな小売店で聞き込みをした事。特に何か情報を得たわけではい。しかし、そこから先の記憶がない。暗闇の密室空間。ただそれだけが分かる。


「……何がどうなって」


 足音が鳴りやんだ。薄い膜のような壁。それ越しに伝わる高揚。スピーカーのように耳障りのいい脈打つ鼓動。陸へ打ち上げられた魚のように桃里は体を震わす。縛り付けている紐が緩い事に気づいた。そして、光が差し込んだ。


「目覚めたな。桃里……」


 呼びかける響きは桃里にとって馴染み深い偲の声。体の骨に染みわたるような響きもあって、それでいて通る綺麗な声。黒く塗りつぶされた影法師はその陰影を取り除くことなく扉の前で佇立する。


「……偲?」


 ──この声は間違いない。偲だ。光から伸びる影の高さも。微かに香る偲の臭いも。煙草をかき消すためにつけられた強めの香水。爽やかな柑橘系の香りとヤニが混じり合ったような臭い。


「久しぶりだ。元気だったか?」


 闇の中へとゆっくり入っていく偲。その右手には一丁の拳銃が握られていた。警察の制服は脱ぎ捨て、ありきたりな格好をしている。


「それよりも、どうなってるの? この縄解いて──」


 偲は拳銃を自分の唇にあてて、桃里の言葉を制する。廊下の光と部屋の闇。その深い影のコントラストで偲の姿は曖昧だ。


「シーー。駄目。その前に聞きたい事がある」


「何だよ! こんな状況で聞きたい事って」


 偲はこの状況が楽しいようで、薄い唇が不適に動く。そして、綺麗な黒い瞳は夜空のように煌めき桃里を映す。


「ジャスティからコレ貰っただろ?」


 左手に握っていた欠片を偲は桃里に見せつける。


「いつ? 何で? これを貰った?」


 桃里は絶望していた。冤罪を信じた、その背中を追いかけたかつての友は変わり果てていたからである。今の偲なら人を殺しかねない。そう彼に思わせるだけの迫力があった。


「知らねえよ! そんなこと!」


「やっぱり知らないか。じゃあ思い出せ。考えろ。どうしてそれをジャスティから託されたのか」


 ──偲の顔で。偲の声。それなのにまるで別人みたいだ。欠片の事だって何もしるわけがないのに。


「ゲームをするか……!」


 偲はポリポリと銃口で額を掻きむしる。その焦燥感は桃里にまで伝わる。


「ゲーム? ジャスティは一緒じゃないのかよ!」


「ルールは簡単。六発の内一発だけが空。僕は足から順番に桃里を五回撃つ。もちろん、最後は頭だ。一発でも空撃ちだったら命は助かる。全部撃ち終わるまでに僕の質問に答えろ。題して、ドキドキ逆ロシアンルーレットォォォ!」


 到底ゲームとして成立していない。けれど、桃里に決定権はなかった。


「質問って──」


 膝を抱え込むようにしゃがんだ偲は銃口を右のふくらはぎへと密着させる。衣服越しに伝わる冷ややかな感覚。上から見下ろす偲の顔は笑っていた。


「デモンストレーションだ」


「待てよ! 意味わからないって!」


 死の恐怖が現実味を帯びていく。桃里の心臓は高鳴り、居てもいられなくなって、貧乏ゆすりをする。額には嫌な脂汗が浮かび、偲を見つめる瞳はぼやける。


 そして、偲は引き金をゆっくりと焦らすように引いた。


「あひゃひゃひゃひゃひゃ。本当に運がいいんだな」


 偲は笑うと目尻に皺が寄り右の頬が少しだけつり上がる。桃里が日頃よく見ていた光景である。しかし、彼の中で一つ違和感を覚えた。


 辿っていく桃里の記憶。思い返す田村との会話──『田村、大丈夫! 俺は運がいいから!』


「……運がいい?」


 ──どうして今この状況で運を試すような事をした。やっぱり、コイツが偲だなんて考えられない。悪い夢であって欲しいと願うのは虫のよすぎる話だろうか。でも──


「お前、偲じゃないだろ!」


 桃里はかまをかけるようにその本心を隠して、言い切った。


「ピンポンッ! かぁ~バレたね! そうだよ僕は偲であって偲じゃない。私は田村であって田村じゃない」


 それまでとは全く違う雰囲気で偲と名乗る何かは体をくねらせる。その行動に意味はないが、桃里に困惑と恐怖を植え付けるのには十分であった。


「じゃあ誰なんだよッ!」


 ──ほっとしている自分がいる。よかったと安堵している。偲の記憶はまだ綺麗なままだ。


「この姿なら話をしてくれると思っただけだしな。別に隠していたわけじゃないぜ? でも、そうだよな」


 何かは自らの口に銃口を突っ込んだ。そして、次の瞬間──


はら、(なら、)ほうふるしかふぁいか(こうするしかないか)


 自らの頭をその拳銃で打ち抜く。脳を震わせる銃声。漂う硝煙の臭いが、全てを過去の出来事にしていく。



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