三話 なんだか青春って感じでいいよね
神無月の太陽は冷ややかに溶け合い、流動体のように平べったく空に揺蕩う。茜色にそまった木々の梢が時間を刻み、終業のチャイムは時の大木に消え、枝分かれした個性が顔を出す。未熟で青々とした楽器の音色。熱く燃え上がる汗の混じった黄金色の声。
東京都葛飾区にある公立高校に桃里は通っている。
高校三年生の放課後教室は受験から来る焦りと緊張で満たされていた。
桃里には手詰まりを打破できるかもしれない友達がいる。同じ高校に通う同級生の田村。彼女は雑学女王と校内で呼ばれているクイズ研究部の部長で、彼女に聞けば大抵の事は答えてくれるという事から別名・真実の田村と呼ばれていた。
謎の木片について何か分かる事はないだろうかと同じクラスの田村なぎさに桃里は話しかけた。
「田村! 久しぶり。最近休んでたけどもうよくなった?」
「うん。すっかりね。この通りだよ!」
そう言うと田村は自らの額に手を当てる謎のポーズをとる。
「よかった、それで聞きたい事があるんだ。……これ。いきなりで申し訳ないんだけど。これが何かわかる?」
「それは……つまり、隕石だよ!」
分厚いレンズの眼鏡に光を反射させ、ポニー・テールに結ばれた黒い髪を揺らしながら田村は興奮気味に言った。田村は机の引き出しを手探りでガサゴソと荒らし小さな磁石を取り出した。田村は整理整頓が得意ではない。
「これ木みたいな材質だけど……ほらっ! ……磁石にくっつく!」
「金属か……流石は田村だ」
「そうだと思う。私もよくは知らないんだけどこれ隕石なんじゃないかな。星南君こんな珍しいものよく持ってたね」
「これは友達から貰ったものだけど。でも田村の言う通り、木にしては少し重いと思ったんだ」
──田村には悪いけれど受け取った経緯については黙っておこう。事細かに説明するとややこしい事になりそうだし、今の自分に偲の事を話す余裕はない。
「私は専門家の鑑定をお勧めするよ。星南君はあまり気乗りしないだろうけど」
「………なんでそう思うの?」
「だって、星南君……この隕石を見ている時悲しそうな顔をしているから。あと、危なっかしい所あるでしょ? 自覚がない分……変なトラブルとか起こしそうだし」
「田村、大丈夫! 俺は運がいいから! 」
「だから……そういう所、なんだってば──」
視線を外して、頬を赤らめる田村。何故だか分からないけれどクラスメイトを心配させてしまったようだ。田村の推測を頼りにこの木片がどういうものか確かめなければ。
「何でも鑑定団とかに依頼すればいいのかな?」
「星南君……テストの成績はいいのに。こういうのは駄目なんだね。依頼はしっかりとした研究施設に依頼するべきだよ!」
──そもそも、この木片が隕石だと分かっても、そこから何をするのか不透明だ。それこそ白髪の男について探偵なり依頼して探したほうが
──そうか、聞き込みだ。この隕石が何処かで買ったものならば、販売元から何か分かるかもしれない。
「田村、ありがとう! 聞き込みだよ。隕石とか売ってそうなお店に聞いて回るんだ。そしたらこれが何か分かるかもしれないだろ」
「何だかよく分からないけどお役に立てて良かったよ。一つだけ聞いてもいい?」
「うん」
「その、答えにくい事かもしれないけど。星南君、本当に大丈夫だよね? いつの間にか居なくなったりしない?」
「ははは。何それ。大丈夫だよ。いなくなったりしない。漫画の主人公じゃないんだから。それでも、田村が心配してくれるのなら約束するよ」
「約束?」
「うん。気づかせてくれたお礼に。今度売店のパン奢るよ。田村がいつも食べてるやつ。チョコが掛かって、中はクリームのサクサクなやつ」
「絶対だからね! しかも、明日! 明日の昼休み。売店には混む前に行って、屋上で街を眺めながら食べるの。なんだか青春って感じでいいよね」
「オッケー! じゃあ、また明日!」
◇
金属製の床を打ち鳴らす踵。次第にリズムを刻み、ご機嫌なダンスに変わって、近づいてくる。小刻みに震える自分の体。密閉された暗闇に溶かされ自己を認識する術を失った。今、桃里の心の中を支配しているのは恐怖と後悔のみ。
──なぜ、こうなった。
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