二話 いつか必要になる
──連続殺人鬼を探しています。
二〇〇一年の春だった。通り魔殺人鬼は新世紀に浮足立つ人々を恐怖に陥れた。
この不可解な失踪は、桃里に濃ゆく消える事のない黒い種を植え付けた。時に胡乱な現実は事実を、食パンにバターを塗るように入り混じった瞳孔を以てして、黒く幻想的に塗りつぶす。
連続殺人犯・華岸偲は桃里の五歳年上で警察官をしていた。正義感の溢れる若者だった。初めて出会ったのは桃里が十一歳の頃。彼は十六歳だったが、大人びていて、困っている人をほおって置けない性格だ。
彼が警察学校に入る事が決まった日には盛大なお祝いをしたものだ。当時、彼が使っていた空手の道着がくたびれていたものだから、桃里は新しいものをお祝いとして送った。
──彼の型に嵌まったお手本のような正拳突きが好きだった。流麗で無駄のない動き。
桃里は新しい道着で偲の型を見たかったが、終ぞそれは叶う事は無かった。
──警察での任意聴取の際に、まだ綺麗な道着を見せられた時は言葉を失った。
それから上野の交番勤務になり偲は忙しいけれど充実した日々を送っていた。配属された当初は独身寮に住んでいたから、桃里と会う時は上野の飲食店でよくご飯を一緒に食べた。
偲は二年くらい独身寮に住んでから交番近くのマンションに引っ越した。その時から桃里が遊びに行くときは偲の家で他愛のない話やゲームなんかをした。当時偲には恋人がいたから、結婚の催促をしてからかったものだ。
運命の歯車が回り始めたのは今から半年前。上野の交番にとある男が舞い込んだ。身分証もなく住んでいる家もないし働いてもいない。けれど、やたらと身なりの整った格好でジャスティと名乗る銀髪の男だった。彼は人を探しているようだったが、お金もないと言うので、偲が交番に黙って一人暮らしの自宅に住まわせた。桃里も数回顔を合わせたが、豪快な性格で、なるほど偲と気が合う訳だと納得した。
保護してから二か月後、偲とジャスティは突如、行方をくらまし、その一か月後に最初の殺人が起こった。偲が初めて殺害した人は、恋人の高橋早苗だった。発見された場所は山梨県のホテル。そして、この事件を皮切りに山梨県で数件彼は殺人を犯し、最終的には全部で六件。全国に指名手配され、未だにその行方が掴めないでいる。
桃里が彼と最後に話をしたのは行方を眩ます一週間前だった。その時も何か変わった様子などはなかった。
桃里は彼らを探すと決意した。
──見つけてどうしたいのかまだ分からないけれど、とにかく会って話をしたい。逃げ続けるなんて偲の正義に反しているから、冤罪のような気もするし。もしそうじゃなかったとしたら、罪を償って断罪されなければならない。
桃里には一つだけ彼らを探す手がかりがある。それは銀髪の男ジャスティから渡された黒ずんだ木片。知り合った友好の証というので貰ったそれは、お守りのような長方形型で、彫刻刀で大きな木のシンボルが刻まれている。
「いつか必要になる」と言い残し民族工芸品のようなそれをジャスティは桃里手渡してきた。
桃里が彼らを探すために始めた事は二つ。目撃情報を探す事とこの木片について調べる事だ。しかし、探し始めてからというものの目撃情報の手がかかりは一切ない。桃里は何度も山梨県に通って事件現場の周辺を調べてみたけれど、一介の高校生に分かる事など何もなかった。そして、資金は底を突き、桃里はこの木片について調べる事にした。
──図書館で資料を漁って調べてみたけれど、この意匠に関する記述は何一つとしてなかった。正直な所手詰まりになりつつある。
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