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十七話 愛のハグ! ちゅっ

「……か! ……い、す……ぞ」


 天音の声は霧散する。怪物の超音波で損傷した桃里の聴覚は未だ癒えない。


「ごめん天音……声が遠いんだ」


「状況は!」


 叫ぶ天音。


「先生が怪物になった」


「倒すぞ!」


「それなんだけど……一人で倒したい!」


 ──これは自分のための復讐だ。偲の死体を見た時の絶望と無力感。あんな思いはもうしたくないし、誰にもさせない。


「ちょ! 星詠を使えないアンタが勝てる相手じゃあなあよ!」


「……わがままなのは分かってる。でも、コイツくらい一人で倒せないと」


 ──強くなりたい。誰も復讐に巻き込まないために。学校を巻き込んでしまった責任は一人で取る。


「犠牲は絶対に出さない。勝つのは当たり前だから」


 桃里の瞳に決意が宿る。くすんだ風の流れが変わり、彼の髪をなびかせる。心臓から湧き出る唱気。足先、指先、身体の隅々に至る唱気。白色のオーラが染められていく。それは彼の覚悟と復讐の色──竜胆色の唱気。


「……みんなの避難をお願いしてもいい?」


「しょうがない……体育館に誘導せえ。あそこにいた生徒の避難は済ませた」


「ありがとう!」


 ようやく立ち上がる怪物。


「ついて来い」


 常に唱気を全力で解放しながら桃里は走る。


「ビィィィィィ」


 体育館への誘導に成功した桃里。天音の言葉どおり、体育館に生徒はいない。散乱しているバスケット・ボール。助木に掛けられたままフェイス・タオル。桃里は日常を犯してしまった責任を取るべく怪物へと立ち向かう。


「あとは……星詠みさえ使えれば。あれ? でも……」


 ──教えてもらったのは攻撃を防ぐ白昼夢の星詠(アインス)だけだよな。さっきよりも筋力が上がっている感覚はあるけれど、決定打に欠ける。


「うぅぅぅぼーーーーー」


 怪物は両手を上げて猪突猛進。


 桃里は左へ避け、空いた右脇腹に、一発。左の拳を打ち抜いた。しかし、分厚い筋肉で衝撃を吸収する怪物。桃里は後退りし、距離を取る。


 ──やっぱり決定打に欠ける。でも、速さはない。だったら、効くまで殴る。


 桃里は得意のステップで距離を詰めると、右手の牽制ジャブ。怪物の左耳を掠める。すかさず、体重を乗せた左のボディフック。 


 怪物は力の流れそのままに右側へよろける。浮ついた足を桃里は見逃さず、追撃の右前蹴り。怪物は十数センチ蹴り飛ばされ、両者の距離は振り出しに戻る。


 防戦一方の怪物。大きな魚眼を左右に動かし、口を開け広げる。


「ギイイイイパアアアア」


 すると、大きな踏み込みの溜めをした後、跳躍し距離を詰める。怪物の攻撃は力強く握った、胸を狙う普通の拳打。


 ──回避できない。だったら、腕で受ける。


「……ぐはッ! 」


 桃里は胸の前で腕をクロスにして、怪物の攻撃を受ける。しかし、その膂力は凄まじく、体ごと殴り飛ばされ、体育館の壁へと打ち付けられる。


 ──攻撃をガードしてもこのダメージ。今の自分じゃまともに一発すら受けられない。攻撃は避けるか、弾くかのどちらかで対応する。


「う・お……うおうおうおうおうおうおうおうおぉぉぉぉ」


 甲高い声で腹を抱えあざ笑う怪物。


 距離を取る方が危険だと考えた桃里は、すり足で怪物と距離を詰める。


「やっぱり強いな」


 桃里は息を整えながら、地面を蹴る。怪物の喉元に一瞬で滑り込む。


 距離を詰めた桃里は怪物の顎を目掛けた左のアッパーカット。


 しかし、怪物は動じず正面を向いたまま、左のフックでカウンターぎみに反撃。


 桃里はこれを右手で弾き落とすと、すぐさま怪物の右手を、左脇で抱え込む。その後、怪物の肘関節と逆方向に力を加える。


「うあいhづいはあぁぁぁぁぁぁ」


「効いてるじゃん!」


 呻きを上げる怪物と少しだけ歯を見せる桃里。


「このまま右腕もらっ──」


 体育倉庫から顔だけを覗かせる影。それに気を取られた桃里は一瞬だけ力を緩めた。


 そして、怪物の握りつぶすような手が伸びる。桃里の頭を掴んだ。そして、そのまま彼を床へと叩きつける。


 ──視界がぼやける。どうして、生徒がここに。被害は出してはいけない立ち上がれ。


 怪物はターゲットを変えたようで、影へと走っていく。


 体育倉庫の扉をがばっと開ける女子生徒。


「なんで……逃げ、ろ!」


 桃里は必死に立ち上がって虚空へ向かって手を差し伸べる。しかし、満身創痍の桃里はそれを眺める事しかできなかった。


「……よかった」


 桃里にとって最悪の事態は免れた。女子生徒が襲われ殺さるというシナリオ。


 怪物はこともあろうに、まるで家来のように跪く。それは怪物すらも従える宇宙人。女子生徒は無貌の坩堝だった。


「よかった? それは大局が見えてないねえ。もうこんなに早く会うなんて思ってなかったでしょう?」


 女子生徒は顔をほころばせ勝ち誇ったように笑う。


「何も間違ってないよ。よかった。お前らなら遠慮なく殺せるから」


「その目つきゾクゾクする! ああ! やっぱり桃里君の事が大大大好きだっ! 早く一つになろう。その体に私のなまめかし触手を。ああ」


 桃里は甘美な表情を浮かべる宇宙人目掛けて、握りこぶしを突き出した。しかし、怪物が盾となってその攻撃を防ぐ。


「……くそ」


「どうして分かってくれないんだよ。私と桃里君は両想いじゃないか。君に執着する私と、私へと復讐する君。何が違うのかな? かな? 君たち人間は何かに執着することでしか生きられないんだから! 私と執着し・よ・う・よ! きゃっ」


 ──六秒感沈黙する。怒りを鎮め冷静沈着に。そうでなくては見えるものも見えてこない。一緒なはずはないし、コイツとの会話は意味をなさない。


「……あなたを(今日)殺します(あったばかりですね)ゴミ(あなた)野郎(とは付き合えません)


 桃里は過った思いを振り払うような速度で回し蹴り。その攻撃を読んでいたのか怪物は軽い身のこなしで避ける。


 そして、怪物は翼を広げた鳥のように両手を大きく開き、桃里を抱きかかえる。彼の息の根を止める死の抱擁。軋んだ音を立てて筋肉を骨を締め付ける。


「愛のハグ! ちゅっ」


 怪物に抱きしめられている桃里の頬に軽い口づけをかわす宇宙人。桃里は思いのほか冷静だった。それは自分が何をすべきか理解していたからである。あるいは、内なる激情と共に湧き出てくる過去を思い起こしていたからであろうか。つまり、死の淵に際して僅かながらの走馬灯が頭をよぎった。


「大丈夫! まだ殺しはしないよ。桃里君のこと全然しらないしね。でも、許してね。私は君の歪んだ顔が好きだから」


 必死に抑え込んでいた桃里の記憶。その蓋が開いた。


──ああ、父さんを。父さんの暴力に耐え切れず反撃したんだ。瓶か何かで頭を叩いて。大事には至らなかったけれど、その事件がきっかけで、父さんの虐待が明るみになった。それで刑務所に父さんが入ったんだ。


そして。桃里の母親は彼に対しても怯えるようになった。父親の面影を彼に見出したからである。


 僅か十一歳だった桃里はその事実を何とか受け入れようとし、奥底に記憶を封じた。そして、嫌われているのはこの黒子が原因だと思う事にしたのだ。


──だって、父親の残虐性を受け継いだなんて、そんなのもうどうしようもない。黒子はいつか消せるけれど、過去は消せない。


──「どうして自分を偽る?」どこからともなく偲の声が聞こえた気がした。


 ──偲は昔から大人びていて人を見透かすような目をしていた。いつか自分を受け入れられるように色々分け与えてくれたんだ。だからだろう、過去を思い出してもそんなに悲しくない。


 ──これが絆か


 桃里の内部で唱気器官が脈打つ。体の内から炎の根がじんわりとが広がっていく。それが練り上げた炎の唱気。


 体を種火に。唱気を薪に。あの日見たひとすじの流星。伏魔殿の中で輝く太陽。


 過去と共に湧き出た個性と才能。それは星詠を形作る心と、星詠を再現する橙の瞳。


流星の星詠(フュンフ)! 」


 発火する桃里の体。皮膚はただれ激痛が迸る。


そして、彼自身を焦がすほどの豪華は怪物の腕を燃やす。音にもならないうめき声をあげた怪物は桃里を離す。


「お前の仲間にティースという奴はいるか?」


 ニャッラーに問いかける桃里。


「桃里君が──」


隣にいた宇宙人に一発。澄み切った正拳突き。化身は焼け焦げ一瞬で灰燼と化す。


「……十分だ」


 桃里は左手で銃を象る。銃口に見立てた一指し指と中指。すると、体の炎は指先に集約していく。


 桃里は怪物の顔に狙いを定める。銃弾を象った個性の火炎玉。勢いよく回転し、煌めく。


 知能のない怪物は焦ったように眼を動かし、逃げ場を探す。そして、道は上へありと判断した怪物は全身全霊の跳躍。


 天を貫く発砲音。直線の軌道を描く焔の銃弾。火花を散らして回転し、乾いた空気を押し進む。


 怪物の頭へと着弾。流星の弾丸は肉をねじる。そして、怪物は苦しみながら内側から焼きつくされ、灰の雨となって体育館へと降り注いだ。


「ふう……白昼夢の星詠はまた今度だな」


 降り積もる灰を見ながら桃里は思う。


 ──星詠は料理と似ている。詠唱はレシピで唱気は材料。どんな料理でも一度作っただけではレシピは覚えられない。けれど、完成品の想像はできる。どういう料理か分かれば後はこっちでそれらしく仕上げればいいだけだから。


 ──過去の自分と今の自分。どちらも比べようがないけれど。自分の目で見て、聞いて、感じて。その時々、美しいと思ったもの。伝えたいもの。怒りをぶつけたいもの。その心を形にしていく。


──堆積された自分の時間。それこそが個性なのだから。


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