十六話 先生、全うできないだろ
「その前に先生の話を聞いてくれ。……先生なぁ、モノリス教団なんだ」
光を失った顔の口角がにたりと上がった。視線を教師に向ける桃里。ぞくぞくと背筋を違和感が摩る。
「ようやく。神に選ばれたんだ。みんなに特別に見せてやろう。ほら……!」
小瓶に入った星海。一瞬で眩しく教室を照らす。
──あれは星海。どうして先生が持っている。まずい。
「みんな! 教室から出るんだ!」
「駄目じゃないか星南。まだ先生が話している。これは大事な事なんだ。そうでないと先生──」
桃里は立ち上がり教卓の前へと走り出す。
「先生、全うできないだろ」
星海を飲み干す教師は「くぴっ」小刻みに痙攣しだし、白目を向き体が光る。
「クソッ! だったら……」
──敵は時間も場所も選ばない。これは自分が招いた結果だ。みんなを守らなくちゃ。
飲み干し悶えている教師に桃里は体当たりをして、そのまま窓から飛び降りた。
「飛び降りなんて、そう何度もする事じゃねえ……!」
飛び散るガラスの破片。スローモーションのように過ぎ去る時間。沈黙と恐怖。教室の天秤が傾き、阿鼻叫喚のクラス。
「キャー――――――」
桃里の意志に応える唱気。体を守護するように白いオーラが体を覆う。そして、校舎の三階から地面へと激突する二人。
「先生は……なっ……!?」
抜け殻のようにぺらぺらの皮。絨毯のように敷かれた教師。風が吹けば飛んで行ってしまいそうな人の入れ物。
「ビヤァァァァァァキィィィィィィ!」
「うえっ!」
時間差で落下する赤い表皮の怪物。強靭な鱗の生えた足で地面を割り着地した。着地した場所は校舎裏。園芸部の管理している花壇。
「怪物……!」
「ビャッキ! ビャッキ!」
ぎょろぎょろと目を動かせる怪物。桃里には目もくれず、まるで何かを探しているようだった。
すると、ぴたりと視点が定まった。それは体育館──授業をしている天音のいる場所。
分厚い筋肉の躍動。走り出す怪物。
「うぷっ?」
しかし、前に進めず。桃里は両手で怪物の尻尾を掴み引き留める。
「先生、クラス違いますよっ」
桃里は綱引きの要領でさらに引っ張り、怪物を引き寄せた。そして、怪物の顔へと繰り出される稲妻の如き桃里の回し蹴り。
──直撃。だけど、効いている素振りはなしか。見物の生徒が出てくると、被害が拡大しかねない。どうする。
「なっなんだよ? 怪物だ!」
男子生徒が叫ぶ。刹那、桃里の視線が怪物から逸れ、怪物は一目散、体育館へと駆けだした。
「ちっ! とにかく逃げろ!」
怪物の背を追う桃里。しかし、脅威の身体能力で距離を徐々に離される。このままでは追いつけないと考えた桃里は、一か八か、花壇の煉瓦を一つ手に取る。
──唱気を流し込むことが出来れば。
桃里の意識は煉瓦へ集中。そして、怪物へと投げる。しかし、怪物は気にもとめず走り続ける。
「唱気は物に流し込めない……! 考えろ」
生命エネルギーである唱気は生き物以外に流す事はできない。また、生き物であっても同じ種族同士で唱気を渡す事もできない。それは唱気の性質。つまり、互いの唱気同士は喰らい合う。
桃里は全力で追いかけながら考える。体育館までは直線距離を走ったあと、左へ曲がる必要があった。
──直線距離じゃ追いつけない。もっと立体的に考えろ。この体ならできるはずだ。
桃里の体を漲る唱気。体も心もギアを上げ、前方へと跳躍。校舎に等間隔で付けられた雨どいを掴み、それを起点に、さらに跳躍。怪物はそのコーナーに差し掛かろうとしている。
「生徒をおいて! 先走るんじゃあねぇぇぇ」
桃里は二階の窓枠を蹴り、重力を振り切るように跳躍した。そのまま怪物へ向かって急降下する。すると、怪物は首を百八十度まで回転させ彼の耳をつんざいた。
「ギィエェェェェ──」
空気が震え、窓ガラスが割れた。水中にいるような感覚。桃里の脳を直接刺す痛み。それでも、歯を食いしばり耳鳴りと激痛に耐えながら、桃里は正拳突きを食らわした。
──ターゲットが変わった。なぜだ。さっきと違うとすれば唱気。
「唱気の量で狙う相手を決めている……? 体育館にいるのは天音か!」
桃里には自分の声すらも遠くに聞こえる。ダメージのない怪物の魚眼は桃里を視界に収める。
──持てる唱気を全部、出す。
桃里は闇雲に力を解放する。釘付けになる怪物。その背後から忍び寄る薄緑の影。
鋭く光る天音の瞳。赤・白・黒が絡み合ったバットを構え、右足の踏み込み、バットで怪物を薙ぎ払った。
筋肉が断裂する音。重力破のような衝撃。数メートル怪物は吹き飛ばされた。
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