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十三話 ふんぐる!

 それから担任は受験の心構えやセンター試験の心構えなど差しさわりの無い事を話して朝のホームルームは終わった。桃里は上の空で心ここに在らずといった表情で何もない教室の上を眺めていた。


「桃里! 家庭の事情って大変だったな」


 授業の合間にクラスメイトの男が桃里に話しかけてきた。


「あ、ああ。ちょっとね」


「それよりもお前変な噂流れてるぞ」


 不快な笑みを浮かべるクラスメイト。その様はジャーナリスト気取りである。真実など興味はなく、ただ自らの考えを押し付けて快楽を得たいがための同級生だ。


「どんな?」


「田村と駆け落ちしたって。本当はどうなん?」


「ふざけんなよ!」


 ──何も知らないくせに。


「そんな怒ることないじゃん。ごめんって……」


 ──無知は罪だ。そして、それを知りながら隠す事はもっと罪だ。知らないから噂が出来る。何も言えないからそれを否定できない。そして、否定できないから嘘をつく。そういう情報のループが世の中を曖昧なものにしているのだろう。


「怒ることだろ。面白半分で言っていいことじゃない」


「じゃあ、家庭の事情って何だよ?」


「それは……」


「へへっ。やっぱりそうなんじゃん」


「違う! それに人のプライベートに入って来るなよ。言えないなら言えない理由が……」


──いっそのこと全てを話して楽になりたい。でも、自分だけ楽になる事を偲は、田村は許さない。コイツは態度を改めるべきだ。けれど、それは自分も同じ。ここで声を荒げても、隠した真実を言う事は出来ないのだから。


「……もう好きにしなよ。俺は気にしないから」


 そう言って机に突っ伏した桃里。彼にとっては楽しかったはずの学校が居心地の悪いものに変わり果てた。一度入り込んだ狂気は、ブラック・バスのように日常を喰らいつくす。そこに境界はなく、その狂気を取り除き平常に戻すには、根本的な原因を全て駆逐する以外には存在しない。


 そうして心に靄が掛かったまま時間は流れ昼休み。桃里は居心地の悪さから一人になれる場所にお弁当を持ってそそくさと移動しようとしていた。


 駆ける生徒。ざわめく生徒。踊り出す生徒。大声を出して暴れる生徒。煩わしい光景。けれど、それが普通で違うのは桃里だ。魚眼レンズのように丸みを帯びていく景色。カメラはずっと引いていき桃里の頼りない背中を映す。


「少し時間ある?」


 慣れない仕事で疲れた表情を浮かべる長屋は桃里へと話かけた。


「時間なんていくらでも」


「よかった。屋上までいこう。お弁当も持っていくといい」

 

        ◇

 四階建て校舎の屋上。落下防止のフェンスが縁に備え付けられている。普段立ち入ることは禁止されているこの屋上は長屋の権限で解放されていた。


「黙っていて申し訳ないけど、桃里は監視対象なんだ」


 屋上のフェンスに背中をあずけ、ピースライトを吸っている長屋は話はじめる。


「あの、教師がたばこを吸うのはどうなの?」


「ありゃ。そこは多めに見てよ……」


 桃里に指摘されても悪びれる素振りはなく、長屋は煙草を吸い続ける。


「ふう……。真偽はどうあれ、桃里は神の欠片を手に入れた。それは僕たちにとっては脅威だ。それは桃里の意志とは関係のないところでね」


「だったら別に学校に行かなくても、神威の施設かどっかで監視すればいいじゃん」


 校内でも疎外感を感じていた桃里は投げやりに言い捨てる。


「いやいや。それじゃあ監禁と何も変わらない。僕たちは秘密結社。表向きはみんな普通に暮らしている。誰にもその権利は奪えないよ」


「罪悪感、とかないんですか?」


「ない」


「どうして?」


「だってみんな秘密を抱えて生きているから。その秘密が僕たちはちょっと特殊なだけ。でも、桃里の考えもわかる。僕も昔は日常とのギャップ。本当はみんなに真実を伝えたほうが良くなるんじゃないかって悩んだ」


 神威の中に普通の人間はない。誰しもが悩み、そこに至るまでに様々な経験を重ねてきた。天音も長屋も人には言いたくない過去を抱えている。だからこそ、真実の開示について桃里ほど葛藤はない。桃里に欠けているものがあるとすれば、彼自身が誰にも言いたくない程、凄惨な記憶だった。


「俺は分からないんだ。秘密なんて、ほとんどの事は話しても何も変わらない。でも、神威の事は違うから。言わない方がいいのは分かってる。それでも……俺たちはそんなに弱い生き物なのかなって」


「僕たちは弱い。だからこそ力を求める。みんなが力を持つ社会がどういうものか想像してみるいい。しかも、隣の人は宇宙人ときた。それが──」


 長屋の言葉を遮って屋上の扉が勢いよくあけ放たれる。女子生徒が立っていた。彼女が履いている新品の黄色い上履きは一年生の証だ。


「……! 天音!」


「こんな、ところに、いた!」


 海と山が混じり合ったような髪色。ブレザーを来た天音は颯爽と現れた。桃里は複雑な表情を浮かべる。元の日常には戻れないと悟った彼にとって、秘密を共有する友達は天音くらいなものだ。


「なんで? 長屋先生以外にも」


「そいつは長屋さんじゃあない! 混沌の坩堝(ニャッラー)じゃ!」


「そんな……!?」


「違う! あっちが混沌の坩堝(ニャッラー)なんだ」


 成り済ました化身に遭遇した際、それが偽物であるかを確かめるための方法を桃里は教わっていた。


「違ったらごめんなさい!」


 桃里の教わった方法は殴る事である。混沌の坩堝は化身も含め一つの生命体である。本体から枝分かれするように生えてきた成り済まし──化身と、居場所の掴めない本体。桃里が伏魔殿で出会った蠢く触手も化身の一つである。そして、化身の体は脆く崩れやすい。一撃でも攻撃を受ければその体は、土壁が崩れるように瓦解する。


「……また会おう。桃里君」


 不適な笑みを浮かべる化身は、崩れ去っていく。そして、その屑は風に攫われ空へと消えた。


「アンタ三年生なんじゃね! てっきり同い年やと思っとたけぇ」


「助かったよ。ありがとう」


「合言葉!」


「……? 何だっけそれ?」


 疑問を浮かべた桃里。その間抜けな表情に少しだけ怒った天音は勢いよく、彼の頭を叩いた。


「いきなり叩かなくてもよくない?」


「そんな事はええ! 合言葉本当に聞かされとらんのけ?」


 桃里はこくりと首を縦に振る。すると、「シルヴィーめ」と小さく呟いた天音はため息を吐く。


「ほんじゃったら、後で合言葉は聞くとええ。それと、アタシから忠告! 例え神威であっても信じるな。特に外で()うた仲間は注意じゃ」


「分かった。なんか気が抜けてた。……どうしてだろうね。今後は天音であっても疑う」


「アタシは別じゃ! 全力で信頼していい」


 ──天音の笑顔を見ると悩みが吹き飛ばされる。くよくよしてはいられない。とにかく今考えるべきは復讐と真実。それ以外の事で悩む必要はない。


「……てか、天音も俺の監視? 今日転校してきたばかりでしょ」


「そうじゃけど。まあ、アタシ友達居らんかったし。別に気にせんでええよ」


 無理やり口角を上げて笑う天音の顔。桃里が学校にいるだけで、監視という任務を与えられた天音に自由はない。彼女の十代という貴重な青春を捧げてしまう事に、桃里は後ろめたさを覚えた。


「音楽……軽音とかどう?」


「意味がわからんのじゃけど!?」


「そうだ。もったいないよ。監視だなんて。部活! 音楽やろうよ。試験の時も聞いてたじゃん! ウォークマン」


「いや、いや、いや! アタシには任務もあるし部活って」


「放課後ならいいよね。神威の任務は俺が引き継ぐ! 天音はもっと普通に生きるべきだ」


「そう言われても」


「明日部活の見学行こう。話を着けておくから!」


 天音は何かを言おうとしてグッとこらえる。そして。観念したらしい天音は十五歳とは思えないほど幼い表情で頷いた。


「ほいじゃあ明日な。今日は病院所行くん?」


「話があるって。シルヴィアさん何考えてるかわからい所あるよね」


「シルヴィーはアタシたちの中でも特別じゃけぇ。アタシもいつかああなりたい。天音・スターマインド! いい響きじゃなあの」


「成りたいってそっちかよ! 憧れとかそういうのじゃないんだ」


「もちろん憧れとる! とにかくシルヴィーは凄い!」


 ──急に子供らしくなる。多分、自分では想像がつかない程酷い過去があったのだろう。今、彼女がこうして笑えるようになるまでに沢山の事を乗り越えてきたに違いない。でも、だからこそ。彼女にはもっと高校生らしい日常を送ってもらいたい。


「お腹空いたな。学食……は混んでるだろうし。あれ、そもそもお弁当?」


「アタシに料理が出来るとでも?」


「じゃあ、俺の弁当半分あげるよ。俺の手作り! 味には自身があるから」


 そう言うと二人は硬いコンクリートの地面へと座り込む。桃里は風呂敷の中からお弁当を取り出す。少し大きめの二段に重なった弁当箱。一段目にはおかず。たまご焼き・冷凍食品の揚げ物・ちくわの磯部上げ・豚の生姜焼き。申し訳程度に置かれた冷凍食品の野菜の和え物で彩り豊かだ。そして、二段目にはきちきちに詰め込んだ白米とその上には梅干し。端には牛のしぐれ煮がちょこっと。


「これ全部アンタが作った!?」


「全部じゃないよ。ばあちゃんが作った夜ご飯の残りとかもちょっとは入ってるけど」


「それでも……ホッシー! ちゃんと年上なんやね」


 かなりお腹が空いていたらしい天音はおもちゃ箱を見るように目を輝かせて、弁当をマジマジとみる。


「これなんか簡単だよ。片栗粉と青のりを水で溶かして、それをちくわに纏わせる。あとはフライパンで焼くだけ。コツはちょっと多めの油で焼くんだ」


「ほえー!」


 ご飯を前にして待たされている犬みたいな表情の天音は、待ちきれない様子でそわそわしている。


「弁当、全部食べてもいいよ」


 天音の喜ぶ顔が遠い地で暮らしている、桃里の妹と重なった。彼にとっても自分の弁当を友達にあげるのは初めてだったが、悪い気はしなかった。


「ええんか! 手料理なんて久しぶりじゃけぇ、味わって食う! ……いただきます!」


 天音は舌鼓を打ちながら桃里の弁当を頬張った。彼女は両親をこの手で殺害して以降、一人暮らしをしてる。幸いな事に、神威から金銭的な補助を受けているため両親と暮らしていた時よりも裕福な生活をしている。けれど、食べ物は外食に頼り切り、いつしか、食が味気ないものに変わっていた。


 天音の頬を伝う熱い涙。最後のスパイスとでも言わんばかりに箸へと零れ落ちた。しょっぱい涙の味。優しい甘めの卵焼き。彼女にとって食べなれたはずの冷凍食品の味が違う。まるで、両親と暮らしていた食卓の料理みたいだ。彼女にとってはしょっぱい思いでの味。


「……おいしい」


 太陽に照らされた天音の頬。藍い髪が風になびいて、揺れ動く雲。崩れた箸の持ち方。すぐに空になった弁当箱を見て桃里は笑った。



       ◇

 安心感すら覚える院内をさっそうと歩く桃里と天音。秘密結社・神威の本部は病院の地下にある。


 部屋の総数は大小を含め十四個。中でも一際広いのが戦闘訓練を目的とした大広間。無機質で何もないただコンクリート造りの部屋。百八平米もある伽藍とした空間に二人は訪れていた。


「ふんぐる!」


 部屋の中央にどっしりと重機のような存在感で構えるシルヴィア。その雰囲気とは裏腹に突拍子もない挨拶をする。すると、桃里の横にいる天音は大きく息を吸い込み同じような挨拶を返した。


「いあ! いあ!」


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