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十二話 走れ! 三星鯉楽!

「ここはるり子さんの結界の中。通常の時間よりも二倍早く時間が進む。じゃから、実質あと二分もない」


「まだ、間に合うよ。ここ六階でしょ?」


 桃里は考えるよりも先に走り出し、木箱を拾う。そして、ひと思いにビルの窓に体当たり。


「きっと大丈夫! 俺は運がいいからぁぁぁぁ」


 高らかに軽やかに割れる窓ガラス。ファンファーレのように鳴り響く甲高い音。桃里はひと思いにビルの六階から飛び降りた。


──流れていく景色。遠くに輝く夜の光。肌で感じる冷たい風。引掻くような音。近づいてくる地面。


「この高さは私でも勇気がいるよ」


桃里が飛び降りた数秒後、天音は後を追うようにビルから飛び降りた。


 鷹のように急降下する天音。すぐさま桃里へ追いつき、手を差し伸べる。


「掴まれ!」


「……わかった!」


 天音の事を信じて、力強く彼女の手を握りしめる桃里。彼よりも小さな彼女の手。けれど、力強く硬い感触が桃里に伝わる。


「走れ! 三星鯉楽!」


 天音が喉を震わせて叫ぶ。すると、六階に捨てられたバットがひとりでに動き、床を穿つ。重機のような音を立て、天音のバットはドリルのようにビルの中を突き進む。


「ここだ!」


 天音の声に導かれるバット。未だ降下する二人。ミキサーのような砕く音が二人の耳に届いた。


 ビルの二階、その内側からバッドのグリップが顔を出す。


「来た! 来た! 来た!」


 天音はひょっこりと顔を出したグリップを握りしめる。そして、二階の高さからぶら下がる天音。左手にはグリップを握り。右手には桃里の手を握る。


「ふう……アタシがおらんかったら、大変じゃったな」


 何事もなかったように地面へと着地する二人。身体的に未熟、けれど、勇気のある桃里。超人で体が丈夫すぎる天音。けれど、心のどこかで人と距離を置く臆病な少女。


「……ありがとう。俺は星南桃里。これからよろしくね」


「天音。ただの天音。よろしく」


「何? 照れてるの?」


「照れとらん! じゃけぇ、馴れ馴れしくするな!」


 頬を膨らませる天音。分かりやすい子供のような表情は桃里が引き出したものだ。


「ギリギリだったけれど、おめでとうだ。神威へようこそ。歓迎するよ」


 外で待っていたシルヴィアは桃里へ歩み寄る。依然、シルヴィアにとって桃里は監視対象である事に変わりはない。しかし、これまでにない晴れやかな天音の顔を見て、桃里の心象を改める。桃里はこの試験で神威の一員となり、一部ではあるがメンバーの信用を勝ち取ったのである。


「うん。ありがとう。でも、聞きたい事がある。木箱の中……星海?」


「違う。その様子だと天音から聞かせれたようだ。桃里の考えているような事は断じてない! 約束する……!」


 断言するような口ぶりの割にシルヴィアの表情は暗い。桃里はそれ以上何も聞けなかった。これ以上何も聞くなと彼女の顔が言っていたからである。


「じゃあ、この木箱の中身は──大福?」


 桃里は思い切って木箱の中を開けた。その中に入っていたのは一口サイズの白い丸薬。


「それは潜在エネルギーを目覚めさせる薬だ。面接官から感じたでしょ? 凄みやオーラ。唱気──人体に流れる生命エネルギー。この薬はその力を目覚めさせるもの。つまり、普通の人間が怪物と戦う術だ」


 両手を腰に当てて大げさに言うシルヴィア。桃里は詳しい説明をこれ以上彼女から聞く事なくひと思いに丸呑みする。桃里にとって神威に入ることがゴールではない。ゆえに、彼の焦燥感は未だ消えずにいた。


「……うぷっ……味はないね」


「唱気を五感で感じ取れるようになるには、数日かかる。病院まで送っていこう。ひとまず今日は休め。……あと、学校にはちゃんと行くこと!」


 ──試験の日は土曜日。つまり、日曜日に退院すると、そこからは平日の幕開けだ。シルヴィアはサボらず学校に行けと言っている。そんな暇はないと思うけれど、それでも少しだけ日常に戻ってみるか。




              ◇

 桃里が青い錠剤を飲んでから二時間後くらいだっただ。傷の治りが急激に早くなったのは。そこから徐々に活力が漲り何かに目覚めた感覚があった。全身を迸るエネルギーが可視化され雲のように白いオーラが彼の体を覆った。


 ──一か月ぶりの学校。何もない日常。クラスメイトたちはこの世界に宇宙人がいて。秘密結社がいて。日夜争っていると知ったらどう思うだろうか。


 束の間の日常。朝の喧騒。朝露のように消えていくモラトリアム期間は桃里にとって少しだけ煩わしかった。それでも、狂えるほど乾いた彼の心に、オアシスとなり潤いを与える平穏な日常は誰にも犯されるべきではない。担任の男が名簿を小脇に抱えて入り、朝のホームルームが始まる。


「えー田村は今日も休みだ。代わりに星南が今日はいるな」


 ──あれ以来田村は学校に来ていない。ドッペルゲンガーのように宇宙人に成り代わられたのだとしたら、田村はもう。


 クラスメイトの視線が桃里へ集う。囁き合う生徒。桃里の休んでいた理由は家庭の事情とされている。しかし、田村がいなくなった時期と同じである事からとある噂が流布した。


『田村と星南は駆け落ちした』


 桃里はそんな噂など露知らず、嘲笑するような視線に彼はいたたまれなくなる。


「静かにしろー。それと今日から新しい先生がこのクラスの副担任になるぞ。……長屋先生。挨拶を」


 建付けの悪い引き戸を開けて長屋は教室へと入る。桃里は唖然とした。試験の時にいた男が我が物顔で自分の平穏な日常に侵入してきたからである。桃里は焦るように立ち上がる。


「なんだ? 具合でも悪いのか?」


「……い、いえ」


 何か物申そうにも言葉が出てこない桃里は静かに座る。宇宙人の事はもちろん秘密結社についても口止めされている。


「すいません。手短に挨拶します。長屋望月。担当は歴史です。もう十一月で高校三年生の君たちにとっては短い間になると思いますが、最後までいい思い出になるように精一杯頑張るのでよろしくね」


 骨格の良い顔立ちと太い首分で。スーツの上からでも分かる筋骨隆々。身長も百八十三メートルと高い。おでこの真ん中から分けられた、少しだけ眉毛にかかる黒い髪。大きい一重と薄茶色の瞳は、御世辞を抜きにしても整った顔だと言えるだろう。


皆さま読んで頂きありがとうございます。

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