十一話 どっからどう見ても美少女じゃろ!
──木箱は六階のどこかにある。そして、面接官はあと一人。おそらく六階にいる。多分教えてくれるのは六階の何処にあるか。制限時間は残り三十五分。普通に考えたら戦う必要はない。まあ、でも戦うけど。完璧に試験を終わらせる。それ以外は負けでいい。
桃里が考え事をしている間に六階に着いた。
間取りは二階と同じ、全面に窓ガラスがあり、左右、後方──階段・エレベーターがある──は白い壁になっていた。
スポットライトのように窓際だけ黄色く光る蛍光灯。列島のように置かれた一塊のデスク。グレーのカーペットは埃だらけで、人工的な光は空中に漂う埃を照らす。守川のいた二階とはまったく違う部屋の装い。
「ふふ、ふん、ふん♪ ふふ、ふん、ふん、ふふふん♪ ふっ、ふ~ふんふんふん~♪」
ステージのような部屋。窓際に座っている彼女は、オフィスチェアをクルクルと回転させ、ご機嫌に鼻歌を奏でている。二人目の面接官──天音。ウォークマンを片手に携え、ヘッドフォンで音楽を聴いている女子高生がそこにいた。
彼女は手癖でビートを刻み、音楽に精通している素振りを見せる。清楚な制服の上から羽織る少し大きめのダボダボとした神威の証であるジャンパー。紅葉とドラムセットが彫られた背中の刺繍。
桃里は拍子抜けしていた。突如として無くなる緊張感。別に少女だから、自分と同い年、あるいは年下だからではない。六階に桃里が付いておきながら、目を閉じ自分の世界に浸っている天音に凄みを感じ取れなかったのである。
「全員倒す思いでここまで来たけど、俺に気づいてないんじゃ……探すか、木箱」
「気づいとる……!」
「えっ!?」
「ほいじゃけぇ、気づいとるって!」
薄い青緑色のロングヘアーは後ろ結びで一つに縛られている。くりっとした可愛げのある金魚のような瞳。皺ひとつない口元。まだ、あどけなさの残る高校一年の天音は目を見開き、桃里を見据える。
「なら、木箱何処にあるか知ってるよね? ルールは──」
「あそこ! あれが木箱じゃ。別にアタシはどうでもいいんじゃけど、一応試験じゃから、アンタに木箱を取らせる気はないけぇ」
天音が指を指したのは、桃里と天音、そのちょうど中間地点にあるオフィスデスク。その上に古めかしい木箱があった。
「それは困るというか……面接官も倒して木箱を手に入れないとダメなんだ」
「はあ……アンタ、本気でアタシに勝てる思うとるの?」
美麗なオーラが天音から立ち上る。守川よりも強く、圧倒的な凄み。漂う空気が変わり、桃里の肌を刺す。
「やってみなきゃ分からないだろ」
「むかつく、あんたみたいな奴。大した覚悟もないくせに!」
「だったら、試験をしっかりやってくれよ。俺の覚悟、伝えてやるから」
天音は右手を前へかざす。憤りを隠しきれていないらしい。眉間に皺をよせ、桃里の顔を睨んだ。
「恋の詫び文。分かたれた嚆矢──三星鯉楽」
掲げた天音の右手にオーラが集う。そうして、握られた一本のバット。金属性のようで金属ではない。斑模様の黒色のグリップ。二重螺旋構造のように絡み合った紅白色のヘッド。荒々しく湖面を往く情熱。そんな少女の心を形にした一本のバット。まるで、最初からそれを持っていたかのように。当たり前に天音はバットを掲げた。
「何だよそれ……!」
困惑する桃里をよそ目に深くため息を吐く天音。
「何も聞かされとらん。それが、シルヴィとあんたの関係値ってことじゃ」
「今はそんなの関係ないだろ」
「関係大ありじゃ。アタシは星海を飲んだ人間──星ノ人」
「つまり……! 本当は怪物? となると、全員宇宙人だってのかよ」
「なんでそうなるの! どっからどう見ても美少女じゃろ! アタシは星海に聖別された人間。怪物になれなかった変わりに力を得て超人になったんじゃ。その事を知ったら、アンタは星海を飲みたくなるじゃろ? だからシルヴィは教えんかった。ただ、力を求めるだけの人間じゃと! そう思われとる」
星海の飲んだ人間は怪物となり人を襲う。桃里がシルヴィアから告げられた神の卵に関する事はそれだけであった。しかし、本当はもう一つの結末が存在する。それは、稀に起きる。進化に取り残される。あるいは、怪物化とは別の進化を辿り、特殊能力──戒堰を発現した超人化。天音は固有の特殊能力を有した超人であった。
──箱の中身は力。もしかすると星海かもしれない。怪物になるかギャンブルしているのか。あるいは、超人になる方法があるのか。でも、そうすると神威とモノリス教団。何が違うのだろう。
「……それでも今は関係ないよ。そうだとして、俺の覚悟が揺らぐわけはないし。シルヴィアさんに信用されているとも思ってない。そのための試験でしょ。それで、君は俺を試すように面接官をやってる。だったら、俺はその価値を示すしかない」
桃里にとって星海の事実は関係ない。今、彼を突き動かすのは湧き出る偲への思いと、宇宙人への怒り。ひいては、隠匿を貫き通す社会全体にまで広がっていた。
「じゃあ、アタシが価値なんてない事を証明しちゃるけ!」
「だったら俺は力なんてなくても戦える事を証明してやるよ」
バットを片手に持った天音は脅威の身体能力を発揮。桃里はそのスピードを目で追いかけるのがやっとだった。
そして、天音は近づくと両手でバットを握りフルスイング。
──もう目の前に。マズい。
ホームランの打撃音を奏でるバット。衝撃で震える部屋。
「ぐはっ……!」
しかし、インパクトの瞬間、桃里はキャスター付きの椅子でガード。直撃は免れるものの椅子と一緒に体ごと吹き飛ばされ、壁へと激突した。
「これがアタシとアンタの差、じゃけぇ」
「……くそっ、だから、関係ないって。差があったら諦めるのかよ」
「そうじゃ! アタシら子供は……諦めるしかないんじゃ!」
今にも泣きだしそうな瞳の天音。桃里の言動が彼女の記憶を思い起こさせる。しかし、桃里もまた後には引けず。両者の思いは逼迫していた。
桃里は混迷していた。彼にとってこの試験のベストは面接官二人を倒し最短で木箱を手に入れる事。しかし、目前の天音には勝てない。
──最高じゃなく最善に切り替える。現状の最善は彼女を無視して木箱を手に入れる事。そして、力を手に入れる。ルールは木箱を持って外に出る事。だから、中身に関しては使っても問題ないはず。
「……悲しい記憶があるんだね。でも、今はそれ捨ててよ。関係ないから。これは、俺を試す場で君の悲しい話を聞く場じゃないから」
「あっそ! じゃったら──」
桃里は椅子に着いていたキャスターを天音目掛けて投球した。そして、天音は反射的にそれをバットで打ち返す。
桃里は投げたと同時に机の上へ乗り、跳躍。オフィスデスクからデスクへと、船へ飛び移るように舞い木箱を目指す。
尋常ではないスピードで直線軌道を描くキャスター。砕け散る蛍光灯。粉雪のように舞い落ちる破片。衝撃音と共に天井へとのめり込む打球。
──早く木箱を。あんなバットのスイング当たったら骨折どころではなない。もうすぐ、届く。
桃里の差し伸べた左手が黒い塊に弾かれる。とたん、襲い来る打撲の痛み。ヒリつく左手は赤黒く腫れ、それでも桃里は歯を食いしばり、右手で木箱に触れようとする。
しかし、木箱に触れる事能わず。天音の打った追撃の打球が木箱を見事に打ち抜いた。
特殊な防御壁に守られていた木箱は砕けちる事なく、左側の壁際へと遠のいた。
「これでわかったじゃろ。このまま一生木箱へは近づけん。アンタは神威に相応しくない」
──どうする。何か手を考えなければ。このままだとタイムアップで試験に落ちる。
「何かに相応しい人間なんていない! ただ、相応しくあろうと願う心があるだけ。……その心を試しているはずの君がどうしてそんな顔をしているんだ」
燦々とした緑青色の髪。影を落とす暗い瞳。今にも雨が降り出しそうな潤んだ顔。関係ないと言い切る桃里でもそれは見過ごせなかった。
「アタシには何もない。怪物になった両親をこの手で殺した。それでも、人を救おうと頑張って戦ってきた! 本当はこんな力欲しくなかった。力に相応しいとも思ってない! でも! アタシに選択肢なんてなかった! アンタはまだ平穏に暮らせる! 貧乏でも何でもそれだけで幸せなのに……」
「皮肉だ……君は一番力を持つに相応しい心を持っている。だからこそ、シルヴィアさんは君を面接官にしたんだ。気が変わった。君に認められなくちゃ、俺は神威に入れない。もちろん力を得る資格も」
──この試験は最初から彼女を説得するしか受からない。シルヴィアはきっと彼女の事を信用しているのだろう。彼女が認めた人ならば信用に値すると。
「アタシはアンタを認めん」
「俺はカウンセラーじゃないから話しただけじゃ君の事は分からないけれど、生まれた環境も親も俺たちは選べない。それでも、両親の事を悪く言わない君は優しいね」
「知ったような口を!」
激昂したらしい天音は桃里へと飛びつき、バットを彼の顔目掛けて振り下ろす。空気が爆ぜる衝撃。響く鈍い音。滴り落ちる血液。
「なして避けんかったの?」
「……ふっ、普通に避けられなかっただけ……速くて」
「何それ……そんなのじゃ認められないけぇ」
「歯食いしばれ」
桃里は天音の大きい瞳を見て力強く言った。そして、脈打つ鼓動。収縮する筋肉。桃里は天音の顔を目一杯殴った。
──拳に残る、石みたいな体の硬さ。殴ったはずの左手がジンジン痛む。優しいだけじゃ何も解決しない。格上に認めてもらうのなら、相手をこっちの土俵に引きづり込むしかない。
「……むかつく!」
握ったバットを放り投げて殴りかえす天音。
「平等に扱う!」
桃里の唇が切れて血の味が滲む。けれど、さらに殴り返す桃里。殴られて殴り返して、繰り返す二人。次第に泥沼化していき、取っ組み合う。そして、床へと転がり、ようやく、対等な時間は終わった。
満身創痍で仰向けに横たわる桃里。スッキリした清々しい表情を浮かべる天音。彼女の人生において、初めての暴力を伴なう喧嘩だった。
天音の両親はモノリス教団の教徒だった。そして、彼女はいわゆる宗教二世だ。貧乏だった広島での生活。それでも天音は幸せだった。小さなブラウン管テレビに流れる野球中継。湯気の立った手料理。少しだけ味付けの濃い母の味が天音は好きだった。
父親も母親も稼ぎは少なく、木造アパートの少し広めの1K。家族の温もりで満たされた狭く落ち着く変えるべき家が好きだった。
けれど、天音は家に帰る事ができない。父親と母親に連れられた兵庫県のとある場所。その道中、天音の父親は嬉しそうに「ようやく順番が回って来た。これは光栄な事なんだ。きっと天音の日頃の行いがいいからだな」とこれまでにない笑顔を浮かべていた。そして、飲まされた星海。
名状しがたいほど悍ましい怪物となった両親を天音は殺した。彼女が十三歳の時だった。今でもその感触を覚えている。新品の靴で道端に落ちている糞をぐりぐりと踏みつぶしたような感覚。すでに祖父母も他界していたから、彼女はシルヴィアに保護されて神威となった。
「殴り合うようなケンカなんてしたことなかったけぇ……案外、スッキリするもんなんじゃね」
「俺だけダメージデカすぎじゃない」
親知らず抜歯後のような腫れ方をする桃里。一方で、顔に傷一つない天音は、そんな彼の顔を見てお腹を抱えて笑う。天音の後悔や諦め過去の傷が癒えたわけではない。けれど、桃里との殴り合いの喧嘩は彼女の心を少しだけ軽くした。
「あはははははは! はぁ……それと、もう時間ないけえ……どうしようか。木箱はあげる。でも、試験はそれを持ってこのビルから出る事じゃから」
「いや、そんなはずは!」
腕時計を慌てて見やる桃里。時刻は十時五十六分。タイムリミットまで残り四分。桃里は焦る気持ちをそっとなだめる
「よかった……まだ十分もある」
「ここはるり子さんの結界の中。通常の時間よりも二倍早く時間が進む。じゃから、実質あと二分もない」
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