表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

哲学派のお戯れ

作者: おじぎ猫

「哲学の授業は私には合わない。私の哲学と合わないのだよ」



 


 

「……人ん家に勝手に上がり込んで最初に唾を飛ばすことがそれかよ」

「何だね、私の親愛なる友人である君は少しくらい愚痴を聞く義務があるだろうに」

「少しでいいなら三十字程度しか聞かないぞ」

「なら三十二字である私の主題を元に愚痴らせてもらうさ」

「数えてたのかよ。……お前の愚痴は聞き飽きた。俺じゃない誰かにやれ。哲学科の友人くらいは居るだろ」

「はあ……。よく考えてみたまえ。哲学を専攻し、フィクションみたいな科学者口調の女だぞ? 個人のキャラクターとしては満点だが、友達の条件としては不適切だ」

「さも当たり前の事実を語るように悲しいことを言うな。話を聞いてもいいかもしれないと思っちまうじゃないか」

「やはり君は優しいな。だから休憩所をここに選んだんだ」

「はあ。……今度から禁煙マーク貼ろうかな」

「前も言っていたが結局貼ってないじゃないか」

「わざわざ買ってもお前にのらりくらり(かわ)されちゃ泥沼に銭を投げ込むのと一緒だ」

「ふふ。分かってるじゃないか。愚痴りがいがある」

「……で、哲学の授業が合わないだっけか? あんなに乗り気で大学入ったのに?」

「だから私の哲学と合わないという話をしたいんだ」

「要点が掴めないな」

「ほら、授業の中身はカントだとかソクラテスだとか、とにかく先人の名前を出しては提案した思想を長々と教授するものが殆どだ。残りは思想に関するアンケートだけなのだよ」

「それが何か悪いのか?」

「悪いなんてことはないが、個人的な哲学としては零点だ」

「愚痴を溢すなら溢すなりの誠意を見せてくれ。全く何を愚痴っているのか見当もつかない」

「私ほど実直に素直にぼやく人物は他には居ないと思うがね」

「嘘こけ。それに、さっきから『私の』とか『個人的な』とか付け足しているが、じゃあ一体全体お前の哲学は何なんだよ。……あ、お前この質問待ってたな。くそ、嫌なしたり顔しやがる」

「まあまあまあまあ。……私が思うに、哲学なんてものは須く、精神の美醜(びしゅう)を論ずる学問なんだよ。私の考え方は美しいと、俺の考え方は美しいぞと、お前の愚痴は醜いぞとな」

「当てこするな。要するに、自分の考え方の方が良いって主張するのが哲学だって言いたいのか?」

「違う。まずはその良い悪いで判断する概念をどうにかしなくてはな。情事に関する質問をしよう」

「下品じゃなければいくらでも答えてやる」

「君はキメの細かい肌の女性と、面皰(にきび)がぽつぽつと生えた女性、どっちを選ぶかな?」

「……性格によるな」

「はは、想定どおりだな。なら性格はどちらも同じようなものだと言ったら?」

「……」

「君、何故直ぐ答えない? いいや、言わなくても分かる。言ってしまえば片方に悪いと思っているのだろう? もっと踏み込めば、それは面皰のある方かな」

「そこまで分かっているのなら、質問が嫌味でしかないことにも気付いてくれよ」

「気付いていないのは君さ。君の判断の根底にあるのが善悪であることにね」

「……つまり、回答に詰まったことが、誰かに悪いことをするかもしれないと考えた過程自体が善悪が判断根拠である表れってことか?」

「相も変わらず理解力が素晴らしい。昔から憧れている能力トップスリーさ」

「人じゃなくて能力換算なのが引っかかるな……」

「私が恥ずかしがり屋なのは知っているだろう? 今君自身を褒めるのは首筋がこそばゆくなっちゃうじゃないか」

「へいへい。それで? お前の哲学がグッドサインで評価するものでないことは分かったぞ」

「褒めたのに流すとは心外だな。まあいい。――そう。良し悪しというのは法律や個人のアウトライン、諸々の基準で判断するものだが、哲学は明確な基準が存在しない」

「なんとなくイメージは出来るぞ。だからこそ、哲学は他の学問とは一歩離れた位置に振り分けられがちだし」

「だから私は、人という思考生命体におく、もっと感覚的で、より本能に近い、美醜を求めることが哲学だと思うのさ」



 

「……ん? 待ってくれよ。それじゃ、結局は話をしているだけじゃないのか? 各々の意識はあれど、もしお前に諭される前の俺がここに参加しても、それは哲学と呼べるんじゃないのか? だったらまさに、今俺とお前の二人でしていることが哲学だって言い張っているような……あ」

「……ふふ」

「……お前、今日何限に入れてるんだ」

「確か、一限と二限と、四限だったかな」

「――くっっそ! お前! 哲学が合わないとかなんとか言って、つまりは()()()()()()()()()()()()()()()ってほざきながらサボってるだけじゃねえか!」

「はっはっは!まあ落ち着きたまえ。君が私と話すべきなのは哲学さ」

「ここからもう一度引っかかるほど馬鹿じゃないからな! ……ったく、単位は大丈夫なのかよ?」

「そういう心配は無用。後何回かは休んでも支障はない」

「……」

「いい目だねえ。ほら、私がどういう目的でここに居るのかも、今から帰って授業を聞き直す気は尚更ないことも分かっただろう?」

「……はあ。最近知恵の輪を三つ買ったんだ。デスクの引き出しに突っ込んである。ゆっくり丁寧に解くつもりだったが、余った時間がない」

「ほおほお、時間がないとな? どんとこい、私に任せたまえ! はーっはっは!」

「じゃあ俺はゲームの準備でもするよ。お前のことだ、保って三分だろうから」

「よろしく頼むよ、親愛なる友人殿!」

「……ほんと、哲学派だな、お前」





 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ