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08話

「痛ぁーい」

 セシリアは鼻を押さえて前を見た。そして見上げた。

 そこにはセシリアにぶつかったことで立ち止まったイカツイ顔がこちらを見下ろしていた。怖い顔にはガタイのいい身体が付いていて。セシリアは鼻の中に汗臭いおっさん臭が充満するのを感じた。


「セ、セシリア。あ、赤いの。い、いや匂いが赤くてヤバいやつ」

 匂いと悪意が色でわかるというローリーが後ろから囁いているのが聞こえたが、セシリアにもとっくにわかっていた。

(うん、やばい。顔が機嫌悪い。)

「すいません……」

 セシリアはひとまず謝ることにした。よそ見をしてぶつかったのだから謝らなくちゃ。

「あぁん? 嬢ちゃん。すみませんだぁ? すみませんはないだろうが!」

 いきなりバリトンボイスで怒鳴られ、セシリアは固まった。これは怖いことになるやつだ。そう悟った。

(だめ、きっと路地に連れ込まれて人に言えないような目に合わされる)


 この都市、それも南部は善と悪が色濃く混ざり合う土地である。大通りは善人が歩いているが、中通りを挟んで路地に行けばそこかしこに悪がはびこる。しかし悪人が常に路地にいるわけもなく、大通りだって普通に歩いている。

 それでも大通りは安心だと言われるのは、そこでトラブルが滅多に起きないからだ。


 ただし、路地の奥に迷い込んだり、連れ込まされたりしたらもうそこは悪の世界である。何が起きても非常識ではない。それがその世界での常識なのだ。

 セシリアは悪人には悪人の世界の常識とルールがあると、カエサル先生が前に言っていたのを思い出したが、同時に悪人のルールで物事が進みそうになったらすぐに誰かに助けを求めなさいとも言っていたことも思い出した。


 セシリアはあたりを見回した。どう見ても普段は大通りを歩かない、つまり善人ではないイカツイおっさんにセシリアがぶつかった途端、周りの人々はそこを避けて歩いている。まるでここだけ小広場のように隙間ができていた。

(でもこっちからぶつかったのに、私が悲鳴あげるのはおかしいよね。しばらく様子を見てどうするか考えないと)


 路地に連れ込まれる前に何とかしたい。でも周りの人は助けてくれない。セシリアにはわかった。

 さすがにここで目の前のおっさんが手を上げたりすれば見回りの兵士を呼ぶくらいはしてくれるとセシリアは信じている。しかし事なかれな集団は、誰かがやるだろう、やっているだろうと、誰もやらない、動かない。そういうものだ。やっぱり以前にカエサル先生が言っていた。


 世間の厳しさの一端を今まさに実感したが、セシリアはここでは実感したくなかった。

(できればもっとソフトなやつを希望したい)

 目の前の様子を伺うと、イカツイおっさんはまだ怖い顔で見下ろしている。よく見ると顔が赤くなり、爆発しそうである。これは早急に何とかしたい。セシリアはガクブルしながら後ろを見た。

 セシリアの服を掴んで歩いていたローリーは青い顔をしている。セシリアと同じくイカツイおっさんの迫力に呑まれていた。

 その後ろ、誰がが居ることに気づいた。


 誰でもいいから何とかして。セシリアの気持ちが通じたのか、その誰かが前に出てきた。救世主の登場にセシリアは感謝した。事なかれではない人がここにいるよ!


「こ、こ、ここんにちは。きょ今日はててて、天気がよ、よ、良くてささ探し物日よよりですね」

 わからないことを言ったのは、変な髪型の金髪碧眼な男だった。いつから居たのかセシリアには分からなかったが、助けてくれるだけで感謝しかない。

 見た目は強そうで、免許皆伝の剣士とか凄腕冒険者とかにも見えるのに残念とかは少ししか思っていない。


(このひと何処かで?)

 セシリアはそう思ったが思い出すのはやめて黙っていた。イカツイおっさんに何されるかわからないところを助けてもらっているのだ。それ以外のことはどうでもいい。


「何だおめぇは? オレはそこの嬢ちゃんと喋ってんだ。ほかは黙ってろ!」

 イカツイおっさんは語尾で急に大声で荒げた。全員がビクッと体を震わせる迫力だった。

 いまだ周囲の通行人は見向きもせず。遠巻きに通り過ぎるだけだ。


「大体がだ。おめえはこの嬢ちゃんのこれか? あんっ?」

 イカツイおっさんは親指を立てて救世主を威嚇している。セシリアは自分に敵意が向かなくなったことで少し冷静になった。


 ローリーが後ろからツンツンしていることにセシリアは気づいた。振り向いたセシリアはまだ青い顔のローリーが何か言いたげに口をパクパクしているのを目撃した。

「ど、どうしたの?」

「あ、あの人の色が……」

 ローリーは言いかけたが、その前に救世主の「ちちちちち、違います」の言葉を「じゃあ引っ込んでな」の一言で倒したイカツイおっさんの声が響いた。


「嬢ちゃんよぉ。おめえは勘違いしている。すみませんじゃなく、ごめんなさいだろぅ!」


「あぅ」

 セシリアは絶句した。何、私は謝り文句に怒られているの? どちらも謝罪と習ったが間違っていたのだろうか。

 謝り文句の良し悪しは横に置いておこう。素早く判断したセシリアはイカツイおっさんに謝ることにした。処世術である。


「ご、ごめんなさい」

「おう、分かればいいんだ。あと申し訳ございませんてのもあるが、嬢ちゃんには似合わねぇな」

 イカツイおっさんは鼻を鳴らして腕を組んだ。セシリアはホッとした。更に怒鳴られるかと思ったが、何とか切り抜けたのか。

(よく見るとこの人、怖い顔をしているけど、まぁまぁ優しそう?)


 イカツイおっさんは怒りか機嫌が悪かったのか知らないけど、それが収まったのか、怖い、怖いんだけど、まぁなんとか直視できる顔になっていた。

 しかし謝り方で怒られるなんて、どういうこと? そう思ったがそれも黙っていた。知らないほうがいいこともありそうだから。きっとこの人の機嫌が悪いだけなんだ、そうに違いない。


 セシリアが黙っているのを見て、イカツイおっさんは今度は目玉だけで金髪碧眼男を睨んだ。

「で、そこの金髪あんちゃん」

「はいっ」

「おぅ。そんなビビるな。女を守ろうと頑張るなんざぁ中々だ。女の恋は加点式ってな。いい点稼いだぜ」

 そう笑いながらデカい手を伸ばして金髪碧眼男の頭をなでた。


 金髪碧眼男のその風変わりな髪型は崩れてグシャグシャになってしまったが、イカツイおっさんは満足したのか、とっとと歩いて去っていった。


「セシリア、セシリア。途中から匂いの色が変わったの。きっとだけど大人げないと思ったのかも。ほら私達って若くて可憐じゃない。きっときっとそう」

 まだ混乱が収まらないローリーが反省だか自賛だかわからないことを言った。さっきから言いたかったことらしい。だがすでにおっさんは去り、セシリア一行には平和が訪れていた。


 セシリアはそんなことよりも大切な事に気付いた。いま目の前で髪型直している金髪碧眼男は、先ほどセシリアを盗み見て笑った、ストーカー疑惑の男じゃないか。私はこの人から逃げていたのに。さっきから怖い思いをし続けている。理不尽な怒りがセシリアを襲った。


「あなた。何者なのさ」

 セシリアは前に突き出た髪型に戻った金髪碧眼男を指刺し、問い詰めた。


「あっ申し遅れました。ピンチだったもので。僕はジャポン魔眼連盟のマイケルと申します。お見知りおきを」

 と、サッと名前が書かれた木札を出してきた。木札には確かにジャポン魔眼連盟と書いてある。


 セシリアは生まれて以来、これ以上はないほどのポカンとした顔になった。

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