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07話

「まだやれるだろ、ほら来いよ」

 野太い男の声が聞こえた。


 アニードが気を失ったのは一瞬だった。上から落ちてくる本がそれを示していた。

 絡みつく用に落ちてくる本から頭をかばいながらアニードは身体を起こした。


 アニードの視線の先に大男が立っていた。太い足、その足に付いている尖った金属で補強された皮の脛当て、鎧の下に着る分厚いシャツから、はち切れん質量の筋肉が覗いている。シャツは筋肉に耐えられなかったか、ボロボロだった。


 風体から傭兵か冒険者とわかる。鎧は着ず、武器は持っていない。

 片腕を前に出し、手の平で挑発していた。

 その手で突き飛ばされただけだとアニードは理解した。男の身体に見合ったその太い腕はオークも軽く絞め殺せそうだ。


 アニードは男のハゲた頭と眉毛のないギョロ眼を睨みながら立ち上がった。

 今のところアニードが勝てる要素は頭の毛の数だけだ。


 唯一の出口は男が塞いでいる。逃げることもできず、追い詰められた小動物も同然だった。

「何者だ。なんの用がある。名前はなんだ」

 アニードは立て続けに聞いた。男はニヤリと笑いながら口を開いた。


「俺の名など聞いてどうする? 墓場にも持っていけねぇぞ。俺にのされた奴は墓場に入る前に魔獣の餌になるって決まってるからな。骨に名前でも刻んどきな。運が良けりゃ誰かが拾うぜ」

「そりゃ親切丁寧なお答えどうも。ただ名前を刻む予定はないな。提案だが、この部屋から出たい。本が傷んじまう」

「そうかい。俺も心が痛むぜ」

 男は両手を広げ、どこからでも来なと言った。

 大した自信だとアニードは呟いた。


「心が痛むならどいたらどうだ? このままだと書庫が壊れちまうぜ」

 言いながらアニードは突進し、フェイクを入れながら、渾身の蹴りを男の脇の下にねじ込んだ。付け入る隙がそこしかなかった。ただその一撃のために二発もらった。

「ぐっ……やるな。だが足りん」

 男はよろめき、片膝をつく。痛みに顔を歪めた。


「お前が本当にここの用心棒なら、聞きたいことがあるんだが」

 アニードは言いながら脇を通り抜けようとした。


「おっと、ここは通さん」

 男は腕を振り回した。アニードは壁に叩きつけられ、その耳は壁が割れる音を確かに聞いた。

「ぐぁ」

 アニードは呻いた。


「まだ意識があるとはな。中々だ」

 男はゆっくりとアニードに近づいた。手負いほど怖いものはない。それを知っている動きだ。


 アニードに近づくと両手を伸ばし、アニードの首を絞めながら持ち上げた。アニードの顔はすぐに青くなった。


「俺の名前は、ジャックってんだ。お前は?」

「名前は、聞かないんじゃ、なかったのか」

「気が変わっただけだ。相手が俺じゃなかったらお前が勝っていた。俺が特別なだけだ。お前は負けたんだ」

「くそ野郎が……アニードだ」

「そうかい。サヨナラだ。くそアニード。骨にそう名前を刻んで飾っといてやるよ」


 ジャックが力を強めた。腕の筋肉が盛り上がり、首をへし折らんばかりだ。

 アニードは抵抗していたが、ジャックの腕を振りほどこうとしていた手を遂に離した。


「うぐっ……」

 呻いたのはジャックの方だった。ジャックの身体は動きを止め、アニードを落とした。ジャックはそのまま後ろ向きに倒れた。


 アニードは四つん這いになり、咳き込みながら顔を上げた。ジャックは気を失っていた。


「種明かしはしないぜ。面白くなくなっちまうからな」

 アニードは壁を背に座り込み、呼吸を整えた。


「兄ィ! 大丈夫か?」

 レナードが部屋に飛び込んできた。部屋を見回し、大男が倒れているのを見て顔を引き攣らせた。


「その大男は?」

「危うく死にかけた」

 レナードは大男を避けながらアニードのそばに来た。

「さすが兄ィだ。こんな大男をのしちまうなんて。私も盗賊職らしいのに襲われたけど、撃退するのに必死で」

「そいつは?」

「窓から飛び出して、木を伝って逃げました。こっちでも騒ぎが起きているのは聞こえていたんで、駆けつけたんです」


 アニードは気合を入れながら立ち上がった。顔を顰めたがレナードに言った。

「そうか。使いを頼めるか? 近くの兵士詰め所まで行ってくれ。侵入者を抑えたと。連行しに来てくれと」

「連行ですか。死んでないんですか?」

「生きている。気を失っているだけだ」

「しかし、私らが居たことはなんて?」

「怪しい奴が入るのを見かけたから調査していたと伝えてくれ。偶然通りかかっただけだ」


 レナードは大男を少し青い顔で見下ろしたが、アニードを向いて頷いた。

「アレは出てきたか?」

 アニードはレナードの背中に声をかけた。

 レナードは立ち止まると直ぐに応えた。

「出てきませんでした。少なくとも二階にはなさそうです」


「……そうか。わかった」

「すぐ戻ってきます」

 レナードは出ていった。


「これは事が大きくなりそうだ」

 アニードはレナードの気配が去るのを待った。そして落ちていた紙束を懐にしまい込んだ。

「バカ野郎が……」

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