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04話

 セシリアは口をとがらせ、しょんぼりとしながら表通りを歩いていた。

(この格好じゃ街の外に出らんないし、早いとこお使い終わらせて買い物でもしよう。そうしよう)

 切り替えは早いセシリアである。お使いルートの近くにあるスイーツ屋や雑貨屋を頭の中に浮かべながら歩いていた。やがて頭の中はスイーツが大半となり、顔は綻んできた。

(ゲンサンのスイーツ店が空いてるといいな。あそこのクッキーと紅茶最高だし。)


 生まれたときから住んでいて、勝手は知っている。危ないと言われている通りは避ける。やがてゲンサンのスイーツ屋さんが見えてきた。

 店先を広く取り、通りへはみ出すように並べられた椅子、その上には幕が張られて、日差しを遮っている。風は温いが、目の前の通りは買い物客が行き交い途切れない。セシリアは賑やかさも気に入っていた。

(なんとなくワクワクする。届け物は逃げないだろうし、ちょっとくらいいいよね)


「セシリア様、いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」

 セシリアが店に一歩入ったとこで、店員がスッと近寄ってきた。店員の教育が行き届いていた。

 セシリアはすぐにお気に入りの席に案内され、メニューを見た。今日はアイスボックスクッキーの気分だった。

「いつものに、アイスボックスクッキーもらえるかしら」

「かしこまりました」


 セシリアはフゥーと息を吐き、頬杖をついて外を眺めた。風が気持ちよく、日差しもしっかり防がれ、それでいて外を行き交う人々がよく見えていた。

(ここにくると、ちょっとお嬢様しないといけないのが難点ね。この店って一族の資本が入っているわけで、恥ずかしい振る舞いはできないし。仕方ないな)


 セシリアは猫を被って澄まし顔をしていた。いや別に何か隠したいわけではないとセシリアは思っていた。しかし、この都市の基準からしたら確かにお嬢様であって、なのに性格はちっともお嬢様ではなかったのだから、澄まし顔は間違っていなかった。

 箱庭で育てられたお嬢様なら、冒険者の格好をしてスライムをぶっ叩きに、嬉々として行こうとしないだろう。お嬢様であっても、やや企画から外れているお嬢様である。ただ、セシリアからすれば野望があってやっているのだが。


「お待たせしました」

 店員が紅茶とクッキーをテーブルに置いた。


 セシリアはまずは紅茶の色と匂いを確かめ軽く口に含んだ。

(アチッ)

 セシリアは舌を火傷した。


(もぅー、サイアクゥ)

 よく訪れているのだからわかっているだろうに、そして猫舌であるということにも。残念である。


(あぁやっちゃったー、ただの間抜けだ。顔に出なかったかな。)

 セシリアはそれとない顔をしながら辺りを伺うが、誰も気にしてはいなかった。皆、それぞれに会話や食事を楽しんでいる。セシリアは気を取り直すことにした。


(クッキーを食べよう。今日の目的はこれなんだから。)

 目的がお使いからクッキーに変わっているが、セシリアはそのことを頭の隅にも感じなかった。


 微かに焦げ目がつけられたそのクッキーは、見た目からして空気をたくさん含んでいた。持つだけでバターの薫りが鼻をくすぐる気がして、セシリアの顔は綻んだ。

 手の上のクッキーは表面が柔らかい木肌のようでいて、きめ細やかさとそれとない柔らかい感触があった。


(では。いただきます。)

 セシリアはクッキーをひっくり返し、裏側の素敵なグラデーションの焼目を見ながら口に運んだ。

(んー! おいしぃ)

 セシリアもお嬢様であるからして、嗜み程度にはスイーツを作ったりするのだが、これには勝てないと完敗した。

 口の中で上品な甘い匂いが漂うかと思うと、噛んだクッキーのホロッホロッとした食感が心地よい。硬さもいい具合であった。

(どうやったら作れるんだろう。ゲンサンに聞いてみたい)

 まだ熱い紅茶を飲みながらセシリアは完敗した。

 予想はつくだろうがセシリアのクッキーは猫もまたぐ。そうマリアに言われた歴史があることを付け加えておく。


(美味しかった)

 これで今日は十分だと思うセシリアだったが、まだ本日の予定は終わっていない。

(でも、もうちょっとだけ休んでいこ。)


紅茶を口に含み、香りを楽しむ。口の中に幸せに包まれていた。セシリアは頬杖をついて軽く目を閉じた。


「お代わりをお持ちしますね」

 店員がさり気なく紅茶のお代わりを用意し去っていく。


 セシリアが満足と未練のこもった深呼吸をしていた。

(予定も潰れたし、今日はあと何をしようかな)


 ……ふと視線を感じた。

(何か見られてる。どこから?)


 セシリアが通りの方を見ると、人が行き交う向こう側に男が立ち、こちらを見ていた。最初は勘違いかと思ったが、何度見てもこちらを見ていた。

(ぜったい知らない人、なんでこっちを見てるんだろ。なんか怪しいし。やばっ、見ないようにしよ)

 セシリアは目線を反対にすると、素知らぬ顔で紅茶を口に含んだ。


(見た感じは清潔な感じ。少なくとも浮浪者には見えなかった。でも何あの髪型、前に棍棒が突き出してるみたい。顔は輩系かいかつい冒険者で、金髪で碧眼っぽく見えた。服は上等なものに見えたし、しっかりした、いい筋肉がついているのがわかる身体だった。身体だけなら免許皆伝の剣士とか凄腕冒険者とか言われたら信じるかも。向こうは私のこと知っているのかな。)

 首から上は怖くて嫌だが、身体つきはセシリアの好みの範疇だった。


 見知らぬ相手に注目される心当たりはセシリアにはなかった。相手が冒険者の類だったとしたら、あり得るのはスライムを叩きに街の外に出た時くらいだろうか。輩系と知り合った覚えはない。セシリアは記憶をひっくり返したが分からなかった。


 チラリと先ほどの男をもう一度見た。男はその瞬間に微笑んだ。

(うわっ、なに)


「セシリア様」


『ぶほっ!』

 間近から声をかけられ、セシリアは吹いた。紅茶を……。テーブルの上は大惨事だ。

「セ、セシリア様、も、もうしわけございません。クッキーのおかわりをサービスさせていただこうかと」


 店員がクッキーの皿を持ったまま、あたふたしている。

「あぁ、ごめんなさい。汚してしまいました」

「いえ、お気になさらず。当方のミスでございます」


 店員は急いで布を持ってきて辺りを拭いた。

「お召し物は大丈夫ですか?」

「えぇ、大丈夫。気にしないで。片付けが終わったら、お会計してください」

「かしこまりました」


 セシリアは席を立ちながら男がいた場所を見たが、誰もいなかった。ただ見られている気がした。


(こ、こわい。もしやストーカーってやつじゃ)


 セシリアは鳥肌が硬くなるのを感じた。いや、でも決まったわけじゃない。すでにその男の評価は最低より更に下になりつつある。

 セシリアは身震いして、思わず手を握りしめた。

 その手にマリア叔母さんからフロランスさんに届けるよう預かった荷物があることに、セシリアは気づいた。

(あぁそうだ、お使いに行くんだった。早く行って、すぐ帰ろう。危なかったらそのままフロランスさんのところに居よう)


 セシリアは手を握り決意すると店の出口へと向かった。

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