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03話

「しばらく動きは無さそうだな」


 赤霧都市スピリタスのありふれた住宅街、アパートメントの一室で男は息を吐いた。手には資料らしき紙束を持っていたが、目線は窓に固定したままだった。

 近くには横になっている別の男がいた。その部屋には家具もなく、あるのは男二人と椅子が一脚、寝床、食料のみ。追加するなら男達の体臭と嗜好品(たばこ)の匂い。


「南部は苦手だな。潜伏は楽だが。何が飛び出すか油断できねぇ」

「そう言っても任務ですから。それにアニード兄ぃの裏をかける奴なんて、南部でも滅多にいませんよ」

 座っているアニード兄と呼ばれた男がつぶやき、別の男がのんびりした口調で応えた。

「だといいがな。レナード、替わってくれ。腰が曲がったみたいだ」

「座っているんだから当たり前ですよ」

 アニードは立ち上がり、腰を伸ばした。

「あぁ、早いとこ終わらせて、馴染みで一杯やりたいぜ」

「いつでもお供します!」

「レナード、お前、そういうときは元気いいのな」


 赤霧都市スピリタスは南部と北部に分かれる。城の正面側に広がる街が北部、裏が南部と呼ばれている。

 二つ名の赤霧は多量の血が流れたことを忘れない教訓、百年前の戦争話だ。

 その戦争の恩賞名目で大量発生した名誉貴族達は戦争後にさら地になった北部に区画を整理して居を構えた。その貴族達は一代限りであったがために、今では大半が一般人だ。ただ北部は目覚ましい発展を遂げた。


 そうして出来た北部は百年前の始まりから今でも、均整のとれた秩序と高い生活水準を維持している。

 反対の南部は百年前、都市を直撃した戦略魔法の範囲から外れ、さら地になる被害はなかった。それは幸いだった。多くの人が助かったからだ。そして街は敵軍の侵攻を防ぐ道を含め、当時そのままに今に至る。

 アニードとレナードが今居るのはその南部だ。


 その歴史のためか南部の大通りは大きく蛇行している。そこにつながる表通りも同じ。その影響で、路地は絡まった糸くずそのものだ。

 戦争の時代は攻め込んできた兵団に、控えめ言えばお引き取り願うのに役立った糸くずのような路地。都市での戦争が終わって久しい今はロクデナシが糸くずの奥に滞留し、住み着くのに役立っている。


 南部で不思議なのは、表通りまでは女性の一人歩きができる程度の治安はあることだ。ただしその人が糸くずに迷わない前提だが。誰の仕事か、そこに奇妙な秩序が保たれている。貧富の差が大きく、富めるものが更に富をさらう。それが南部だ。


 先ほど愚痴を口にしたアニードは今度はアクビを口した。アクビをすると出る涙の向こう、窓の向こうの豪邸が微かに揺らいでアニードには見えた。

「あぁ、退屈だ。何も動きがない」

 先程、ターゲットの家に入ったのは家庭教師だ。名前はカエサル。北部の一代貴族の子息で本人は貴族ではない。普段は北部で活動するアニード達には調べるまでもなく知っている有名人だった。


 一代貴族の子息達の大半は平民になり、質素な暮らしをする者も多い。その中でカエサルの家は上手くやった方なのか、富豪達の紳士淑女教育で食べている。南部まで足を運んでそこの富豪相手に質の良い教育を施し、見返りに大金を稼ぐ。カエサルは女たらしでも有名だ。


 その彼の仕事の時間帯にターゲットも、同じ家にいるカエサルの生徒も出掛けることは過去になかった。つまりしばらく動きはない。


「仕事熱心なのはいいことだ」

 男の後ろに立ち、伸びをしたアニードは窓を睨んだ。

 窓越しに見える豪邸は静かだった。


「先生が早々にお帰りのようですよ。ターゲットに何か囁いてますぜ……あれ、アニード兄ぃ? たくっどこ行ったのかね。置いてくってんなら、お土産ないとと拗ねちゃうよ」

 アニードは玄関に移動していた。

「ちょっと出てくる。お土産はフォアグラのテリーヌでいいか? 目が届くくらい近くにはいる。何かあったらアレで連絡くれ」

 レナードに声をかけ、自分の頭を指さし、アニードは表に出た。レナードは声のする方に顔を向けアニードを見ると、手を上げて応えた。

「アニード兄ぃ、キャビアも追加しといてください」

 アニードは手を上げて応えた。


 レナードはこういう時に便利な個人能力(スキル)を持っている。冗談を言う能力ではない。

 スキルというのは、この世界で一人一つは持っている。役に立つものから笑い話になるようなものまで、どんなスキルも使い方次第とよく言われるやつだ。しかし大半のやつのスキルはなんにも役に立たない。手がツルツルになるやつだったり、葉っぱを揺らす程度の念動力だったり。


 しかし手に職を持つものがその世界で優遇されるように、スキルに恵まれ、それを活かせば食うに困らない。レナードはそういった一人だ。誰しもスキルは物心がつくころに授かると言われ、人生の当たり外れも左右する。


 アニードが表に出ると、カエサルが眼の前を通り過ぎたところだった。アニードはその後ろ姿を一瞥すると、反対側を見た。ターゲットのマリアが屋敷に戻るため踵を返したところだった。


 注視しないようにアニードは後ろ姿を観察する。髪は赤毛というより朱色で、きれいに結い上げている。服はメイド服、ややくたびれている。背は女性の平均くらい。首の後ろにはホクロが見える。

「奴と同じ歳、幼馴染。ずっとここでメイドをしている。スキルは不明……か」

 アニードはもう一度マリアを見て情報を追加した。

「あの浮かれた動きを見る限り、カエサルに惚れてるな。さすが女たらし、節操がない」


 マリアはステップを踏み、そのまま玄関に向かうかに見えた。しかし突然足音を殺す歩き方に変え、玄関ではなく裏に消えていった。

「どうしたんだ?」

 アニードは周囲を見回し、周囲に目線がないことを確認すると、敷地内に足を踏み入れた。


「きゃぁああ」

 若い悲鳴だ。アニードは素早く、しかし足音を消しながら裏口に廻る。屋敷には二人しか住んでいない。通いのパート使用人や庭師が頻繁に来ていることは確認されている。

「いまは二人以外に屋敷にいないはずだ」

 アニードは見えないところから様子を伺う。


 アニードの耳に、マリアが咎める声が聞こえた。

「セシリアさん、どこに行かれるのですか?」

 アニードが覗き込むと、屋敷に住んでいるもう一人、セシリアが勇ましい格好をしていた。アニードには大概が分かった。


「いいとこの嬢ちゃんが冒険者のような格好だな。街の外にこっそり出かけようとでもしていたか。お転婆ちゃん(TOMBOY)だ」


 アニードは保護者の苦労に肩をすくめ、しばらく様子を窺うと退散した。物陰に身を潜める。しばらくすると普通の街服に着替えたセシリアが出てきた。手には荷物を持ち、不満が顔から出ていた。端正な顔が台無しだ。

「年頃の嬢ちゃん一人で出掛けさせるとはね。襲われたらどうするんだ」

 アニードはそれを見送ると、拠点に足を向けたが、踵を返した。

「お土産の食べ物を買ってからにするか。露店で売ってるかな」

 アニードは離れたところに出ていた露店に行き、食べ物を見繕った。キャビアとフォアグラの代わりに魔物の串焼きと野菜サンドを山盛りだ。もどる道すがら、両手に紙袋を持ったアニードの頭に声が響いた。


『兄ぃ、ターゲットが家を出た。まるでデートに出かけるみたいな格好だ。そっちへ行った』

 アニードの頭の中にレナードからのメッセージが直接送り込まれてきた。レナードのスキルだ。

 それは残念な思念伝達(テレパシー)。一方通行の連絡だ。レナードが指差す場所に彼の思念が送られる。双方向なら王族の側近にもなれただろう。


 メッセージの前にアニードは気がついていた。周囲には人通りもある、それとなく物陰に移動し、嗜好品(タバコ)を口に咥えた。

 マリアはかなりごきげんな顔で、色気と香水(におい)を振り撒きながら歩いて行った。

「かなりご機嫌だったな。カエサルに落とされたか。あれを現金に変えてたら懐は潤っているだろうからな、気も大きくなっているか」

 アニードはマリアの後ろ姿を物陰から見送ると、足音を消して歩き出した。


『兄ぃ、どこ行くんだ。追いかけないのか?』

 レナードの声が頭に響く。

 アニードは首をすくめ、周囲を憚らず腰を落としすり足で歩いた。両手に紙袋を持ったまま……。そしてアニードはレナードがいる拠点の方角に目線で合図を送った。


『なに? よくわからない。トイレなら我慢してください。ターゲットが消えちまう』

 レナードにはアニードの不可解な動きは伝わらなかった。


「わからんか。忍び込むったらこうだろ!」

 アニードは不可解なダンスを繰り返した。周りにいた通行人が奇異の目で見ている。アニードの鋭敏な感覚ははそれを感じ取り、咳払いをした。

「んっ。あー。明日の天気は良さそうだな」

 アニードは白々しく言い放ち、周囲の注目を集めるのを諦めた。

『兄ぃ、いままでで一番情けないです』

二人目は真面目なはずです。

長編にはならない予定です。よろしくお願いします!

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