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20話

いつもの倍量あります。

 フロランスは腰に手を当て、仁王立ちしていた。明らかに顔は怒っている。

「あっ、えとフロランスさん。こんにちは」

「何やっているの?」

「えと、探検かな」

 ローリーは辺りを見回して言った。

「人の家で探検だなんて、どういうことなの?」

 グイッと迫ったフロランスにローリーはたじろいだ。


「え、えとですね」

 フロランスは軽いため息を吐き、顔をかしげ、頬に手を当てた。

「まぁいいわ。それにしてもどこから入ったの。ちゃんと鍵はかけておいたんだけど」

「え、えと。塀をよじ登って」

 ローリーは嘘をついた。まさか一見普通の壁に見えて、実は崩れている壁の隙間を通り抜けたなんて言ったら、フロランスに余計に疑われてしまう。

 フロランスはスキルでそれら見せたくないものを隠している。そして何か恐ろしい犯罪を犯していることも分かっている。


 フロランスは二人をジロジロ見たが、もう一度ため息を履いた。

「とりあえず、中にいらっしゃい。冒険ごっこも結構だけど、納屋には何もなかったでしょ」

 セシリアとローリーは頷いた。そしてフロランスに促されるまま家の中に入った。セシリアは家に入る前に納屋の方を振り返った。セシリアは、納屋の中に山積みにされた小箱、それと、布を掛けられている人の形をした何かを目撃していた。一緒に覗き込んだローリーは何も言わなかった。だからきっとそれらは見えていない。

 つまりそれは隠蔽のスキルで隠されている。もちろんまだ人の死体と確証はない。匂いもしなかった。


「とりあえず座って頂戴。悪い子にはお仕置きが必要です」

 フロランスは静かな様子で台所に行った。お茶を淹れに行ったのだろうか。……怒る時までお茶欲しいんだ。

 フロランスの様子はとても静謐で、ローリーが言うことを疑うわけでもないけど、セシリアには信じられなかった。いや納屋で何も見てなかったら、ただ不法侵入した子どもに説教しようと怒っている大人に見えただろうか。

 セシリアは考えた、何か確認する方法はないか。


「ローリー」

「何?」

「あの納屋なんだけど、何があったか見えた?」

「私の目には……。何かあったのね」

「うん、小箱が山積みになっていたのと。布を掛けられていたけど、人の形をしていた何か。ローリーが言ってたフロランスさんがとんでもなく悪いことをしていたってことと一緒に考えると、きっと死体」

「えっ。あーん、スキル発動すれば何か見えたかも。匂いがするものなら私にもわかるはずなのに。失敗した」

 ローリーはスキルを発動していなかったらしい。隠されていても匂いで判断できるのだろうか。


「でもなんの匂いもしなかったよ、それでも分かるの?」

「私なら僅かな匂いでも色が付いて見えるはず。でも匂いがしなかったのなら違うんじゃない? 放置された死体ってすっごく臭いって聞いたことある」

 それもそうかとセシリアは思った。でも何か引っかかる。……そうか。

「もしかして匂いもスキルで隠してるのかな。ほら私の魔眼は見えないものが見えるはずだけど。匂いはきっと見破れない。匂いはもともと見えないものだもの」

 ローリーは目を輝かせた。

「なるほど。それ当たりかも。するとあの納屋には本当に死体があって、フロランスさんが犯人?」

「そう。でもあのフロランスさんの様子、人を殺しているように見えないんだけど」

「そうね、私には忍び込んだのを怒っているだけに見えるけど。フロランスさんの匂いの色は間違いなくそれくらいの罪を犯してる」

 それでもセシリアにはわからなかった。人を殺してあんなに平然としていられるものだろうか?


「あら、正解よ。あの小屋には死体があるの」


 不意の声に二人が顔を上げると、眼の前にフロランスが立っていた。目も笑っていたが、セシリアには彫像が笑っているのと同じに見えた。

「何か怪しいなって思ってね、お茶を淹れるふりして隠れていたの。器用でしょ? 私の自慢なんだから。姿も物も音も匂いも、全部消せるの。物はあんまり遠くに離れると勝手に見えるようになってしまうのが欠点なんだけどね。だから遠くに行けなくて、いつも困るの。わかる? 私の苦労」

 フロランスは怖いほど淡々と話す、セシリアは鳥肌が立つのを感じた。

「それって隠蔽のスキル……」

「あら、ローリーさんだったかしら、よく知っているわね。勉強熱心な子は好きよ、関心関心」

 フロランスは本当に感心するような口調だった。でも感情がない……。普通じゃない。

 そして手に刃物とロープを持っていた。それらは少なくともセシリアには見えた。ローリーに見えているかわからない。


「フ、フロランスさん。私達をどうするの?」

「そうねぇ、しばらくここに居てもらおうかしら。外へ出る音は消してあるから騒いでもだめよ。部屋には鍵を掛けておくわね。さぁセシリアさん、お友達を縛って差し上げて。あなた、このナイフとロープが見えているわよね。さっきからじっと見ているのわかっているの。隠すのが下手ね。……私はとても得意なの。すごいでしょ」

 フロランスは冷たい目でセシリアを見ていた。狂気の色をしている。セシリアはフロランスの目に恐怖した。


「 い、言う通りにする」


 セシリアはローリーには見えないロープを手に取り、ローリーの身体に巻き付けた。

「セシリア、何をするの?」

「静かにして、今は言うことを聞かないとナイフで刺されてしまう」

「フロランスさんがナイフを持っているのね。私には見えないけど」

 ローリーはフロランスを見つめた。そしてセシリアはローリーをグルグル巻きにしていった。


「……ねぇセシリア」

「何?」

 ローリーの眼を見たセシリアは分かった。伊達に親友やっているわけじゃない。

(二人一緒に飛び掛かる)


 セシリアも覚悟した。眼で合図をし、縛るフリをして体勢を整えた。その時、フロランスが外の物音に気をとられ、玄関の方に振り向いた。

「今!」

 セシリアとローリーは二人で飛びかかった。セシリアはローリーに見えないはずのナイフを何とかしたかったが、フロランスに組み付くので手一杯だった。

「ローリー危ない」

 セシリアは叫んだ。しかしローリーはナイフが見えているかのような動きで身体を捻ると、逆に口でフロランスの腕に噛みついた。


「んっ!」

 セシリアはやっとの思いでフロランスを床に押し倒した。

「離しなさい。そんなに騒いだら外から誰かくるわよ」

「大丈夫。音は消してあるんでしょ」

 セシリアは大声で言い返した。


「んもぅ、縛りすぎ。ロープ見えないし」

 ロープと格闘していたローリーは何とかロープを振りほどいた。そのままフロランスの手からナイフをもぎ取った。


「ローリー、ナイフ見えてるの?」

「臭いスキルでね、リンゴの臭いの色がナイフの形になってた。洗ってなかったのね。それに何か持っているのは手を見たらわかるでしょ」

 ローリーが言った。すごいローリー、この瞬間にそこまで見てるなんて。


「そのままロープで縛れる? 私が押さえてるから」

「うん、分かった」

「離しなさい、離しなさいったら」

 暴れるフロランスをローリーは縛っていった。

「ローリー上手いね」

「んふふ。そうでしょ。こういうの得意」

 自慢げに人を縛るのを得意と笑う親友を見て、友人に格下げしよう。セシリアはちょっとだけそう思った。


「さて、兵士さんを呼びに行こうよ」

 フロランスを縛り終え、ローリーが言った。フロランスは静かにしている。我に返って呆然としているのだろうか。さっきは異常だった。


「ちょっと待って」

 セシリアは兵士を呼びに行く前に確認したかった。

「先に納屋を見に行こ。本当に死体があるのか確かめておこうよ」

「えぇー。死体なんか見たいの? 死体だよ。見たら絶対に吐くよ」

「兵士に説明するのにも死体は確認しておいたほうがいいって」

「それはそうかも知れないけど」

 ローリーは渋々と同意した。


「俺もそう思うぜ。誰の死体なんだろうな」


 男の声がした。セシリアとローリーは部屋の入口の方を振り向いた。

 小太りの男が立っていた。どこから入ってきたのだろう。セシリアはさっき物音がしたことを思い出した。あの音は誰かが訪ねて来てドアをノックか何かした音。それがこの人なんだろう。


「えっと、どなたですか?」

 とりあえず名前を聞いた。


 男は咳払いすると姿勢を正して名乗った。

「あぁ、私は北部防衛隊後方支援班の一等兵でレナードってもんだ。ちょいと用があってここに来たんだが、誰も出ないもんでな。悪いと思ったんだが入らせてもらったってわけだ」

 どうやら怪しい人では無さそうだ。フロランスさんの知り合いだろうか。


「ところで、お嬢さん二人で何しているのかな? 縛られているのはこの家に住んでいるフロランスさんだと思うのだが」

 兵士だと名乗ったレナードという男は部屋の入口でセシリア達を睨みつけてきた。

 セシリアはそうですと素直に頭を下げた。兵士を呼びに行こうと思ったら兵士が現れた。なんて素晴らしい。セシリアは幸運に感謝した。


「兵士さん、大変なんです。この家の裏にある納屋で人が死んでいるんです」

 レナードは顔色を変えた。

「納屋の中だって? あそこには。いや、それは後で確認する。とりあえずフロランスを解放したまえ。君たちを不法侵入と強盗の容疑で逮捕させてもらおう」


 セシリアはやっと気がついた。その家の人を縛った上で、何かやっている二人組、それがいかに可憐な乙女二人であったとして、傍からみてどう思われるか……。


「あぅ、あ、いあ、違うんです。こ、これは私達が襲われたのでやむを得ず」

 セシリアが行ったが、レナードと名乗る兵士は顎を触るだけで何も言わなかった。

「そんなことを信用すると思うのかね。大人しく捕まりたまえ。若いお嬢さんに暴力はしたくないから」


「ちょ、ちょっとローリー。何か言ってよ。このままじゃ私達悪者扱いだよ」

 セシリアは横のローリーを見た。そのローリーはというと、レナードをジッと見ていた。


「ねぇ」

「なに?」

「この人、嘘をついてる」

「何を?」

「この人、ついさっき誰かを殺した大悪人だよ。フロランスさんと同じ匂いの色! きっと私達も殺そうとしている!」

 ローリーはそう言い放つと、テーブルの上にあった花瓶を手に取り、レナードに向けて投げた。

 レナードは片腕を上げて飛んできた花瓶を弾いた。


「ローリー。なんてことを」

 セシリアが叫ぶが、レナードは反論しないどころかニヤニヤと笑い出した。


「おやお嬢さん、君は嘘を見破れるのかな? それとも考えが読みとれるのかな? とても貴重なスキルを持っているね。これはとてもいい拾い物をした。そこのセシリア嬢と一緒に来てもらおうか」

「なんで……」

 私、名乗っていない。ローリーも私の名前を呼んでいない。なんでこの人は私の名前を知っているの?


「あなた誰? なんで私の名前を知ってるの?」

 レナードは口の端を歪ませた。

「おっと、これは失敗したかな。さっきも名乗っただろ、俺はレナードってもんだ。さぁ、大人しく縛られてもらおうか」

 レナードは目つきが替わり、セシリアはたじろいだ。ローリーはやる気満々で身構えている。フロランスは黙っていた。


「黙って従いたくなるまで少々痛い目にあってもらおうか」

 レナードはセシリアを平手で殴り、ローリーへ手を振り上げた。

「きゃあ」


「待って! レナード」

 フロランスの声にレナードは止まった。

「フロー?」

 あだ名だろうか。セシリアはレナードとフロランスを見比べた。

 フロランスの目には理性が宿っている。もしかしたら正気に戻っているのだろうか。


「この子たちに手を出さないで。全部、全部、私が悪いの。手を出さないで」

 フロランスの目から涙がこぼれた。


「私が彼を殺したのを彼女たちが見つけたの。だから悪いのは私。だから、お願い。私は……」

 フロランスは泣き出した。言葉を出そうとして、レナードを見上げてまた俯く。嗚咽が止まらずこぼれ続けた。


「フロー。まさかヘンリーを?」

 レナードの手が力を失ったようにダラリと垂れ下がった。膝をつき、フロランスとレナードは見つめ合った。

「あの人は私を脅していたの。時に暴力を振るわれた。とても怖かった。でもねあの人は優しかったの。とても。それでね、私は林檎を食べてもらったの。ヘンリーは美味しいって言ったの。それで私は納屋に死体を隠したの。あの人が大切だと言った物がある納屋ならいいと思って」

 フロランスの言葉は要領を得てない。セシリアは狂っていると思った。


 レナードがセシリア達に顔を向けた。その顔は怒ったような諦めたような泣いているような顔だった。

「わかるのは、この二人を殺しちまえばいいってことだ。そうすればフローは正気に戻るさ。ヘンリーはそんな簡単に殺られやしない。きっと生きてる。そうさ……」

 レナードは呟き立ち上がった。


「セシリア逃げて! 外から誰か呼んできて!」

 ローリーがレナードに飛びかかった。レナードはローリーを大人しくさせようとローリーに手を上げている。

「早く!」

 セシリアは出口に向かおうとした。

「きゃっ」

 レナードがローリーの髪の毛を鷲掴みにして振り回そうとしていた。


 何とかしないと!


 見回したセシリアに棒切れが壁に立てかけてあるのが見えた。他の人にはきっと見えていない。

 セシリアはその棒切れを握りしめ、レナードに飛びかかった。

「なんだ。何を。見えない」

 セシリアはフロランスのスキルで隠蔽された棒切れを振り回した。


「ふぎゃぁ」

 セシリアが夢中で棒切れを振り回した結果、レナードの頭に見事ヒットしたのであった。

次回ラストです。お付き合いいただけると幸いです。

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