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15話

 アニードは担ぎ上げられ、いくつかの路地を曲がった先で止まった。

「助かった。ビクトリア」

 アニードは礼を言った。

「気安く名前で呼ぶんじゃない」

「すまんな。奴らを撒けたのか」

 ビクトリアはフンと鼻を鳴らした。

「このあたしが全力で走ったんだ。この辺の路地で育ったやつでもなきゃ追ってこれないよ」


 アニードはあたりを見回した。辺りは静かだが、喧騒に似た空気の震えがあった。周囲の者は荒事の気配に身を潜め、息を殺していた。何事もなく嵐が過ぎ去るのを待っていた。ビクトリアはそれほどに存在感があった。


「そうか……借りができたな」

 ビクトリアはまた鼻を鳴らした。


「あんたにはジャックを助けてもらう約束がある。今死なれちゃ困るだけさ。お腹の子のためにね」

 ビクトリアはお腹を擦りながら言った。アニードは意外そうな顔をした。


「お腹の子の話が本当とは思っていなかった。ジャックを助けるための方便だと決めつけていた」

「まぁ、そうだろうね。私でもそう思うだろうよ」

 ビクトリアはアニードを睨んだ。

 アニードは懐から嗜好品(たばこ)を取り出し口の端に咥えた。火はつけなかった。そしてしゃがみ込むとズボンをまくり、足の応急処置を始めた。


「ただじゃすまんぞ。俺を助けたことで、奴らは敵対したと思うだろう。ビクトリア、あんたは下手を打てば消される」

 ビクトリアはまたお腹を撫でた。そしてアニードを見た。

「心配いらないよ。あたいが本気で潜ったら見つかるもんか。そもそも、奴らが何者かあんた、わかっているかい?」

「いや、そもそも襲われる理由がわからん」

 アニードは応急処置した足の具合を確認しながら何でもなことのように言った。

 ビクトリアは目を見開いた。


「信じられん、奴らに襲われる理由もわからないなんて。そうかい、じゃあ教えておこうかね。だかその前に約束しておくれ。ジャックを助けると」

 ビクトリアはアニードの肩を両手で掴み見つめた。アニードは頷いた。

「あぁ、約束する。少なくとも俺を襲った件はチャラにしておくさ。そうすれば不法侵入だけだ。悪くなっても肉刑で指を落とすぐらいですむ」


 アニードの言葉にビクトリアは嬉しそうな顔をした。

「帰ってきてくれるなら、あたいは満足さ。あの人が使い物にならなくてもあたいが稼げばいいからね。決まりだ。あの男達だが『孤独の大樹』そう呼ばれている組織の人間だね。恐らくだけどね。……あんた、何をやったのさ?」

 ビクトリアが言った途端あたりの空気の震えが止まり、静かになった。周囲は様子を見ることすら止めた。


 アニードは火の付いていないタバコを吐き出した。タバコは路地の隅にある水溜りに落ちた。濁った波紋が広がった。

「聞いたことがないな」

「あんた、元から北部の人間だろ」

「ガキの頃から南部には縁が無い」

「南部で路地に住むやつなら誰もが知っている。今の南部の秩序は『孤独の大樹』と『生き急ぐ宝石』、この二つのおかげで成り立っているってね」


「その二つの組織は抗争をしてるのか? この辺りの奴らは名前だけでブルったようだが」

 アニードは辺りを見回し言った。返事はなかった。

 ビクトリアは説明が必要なのかという顔をした。


「あたいがガキの頃から戦っているらしい。どちらも意地がある。手を取り合うなんて、反対の手でナイフを突き立てるためにやるくらいさ」

「それがなぜ俺に絡んでくるんだ」

「あんたのそのタバコが気に入らないのかもね。そもそも組織の考える事なんか知るもんか。あたいは組織に関わってないからね。あんたが奴らの気に触ることをしたって思うんだがね」


 ビクトリアは腰に手を当てて鼻息を吹き出した。

「とにかく、あんたは路地(ここ)から逃げないと殺される。『孤独の大樹』はとくに荒事が得意な連中ばかりだからね」

「そうか。……それで、俺を案内してビクトリアは大丈夫なのか?」

 ビクトリアは鼻を鳴らした。

「フン、路地(ここ)には路地(ここ)のルールがあるんだよ。二つの組織だって手を出さない場所もあるんだ。ジャックが戻って来ることがあたいの目的だからね、それまで何とかするさ」

 アニードは肩をすくめた。

「あんたが大丈夫ならいい。ついでに一つ頼みたいことがあるんだが」

「なんだい? 大通りへの道案内かい?」

「似たようなものだ。『孤独の大樹』の奴らにはどこに行けば会える?」


 ビクトリアは黙った。しばらくして言った。

「あんた正気かい?」

 アニードは新しいタバコを口に咥えると言った。

「借りは残さない主義なんだ」


 ビクトリアはため息を吐いた。

「意地を張って馬鹿したやつの死体は散々見てきた、それとあんたも同じなんだね」

「そうだな、似たようなもんだ。まだ若いからな」

「はははっ、あんたは愉快だね。どう見ても三十は越してるだろ。まぁ付いてきな、近くまで案内してやるよ」


 ビクトリアは気持ち良さげに笑いながら、アニードの前を歩き出した。アニードは苦虫を潰したような顔をして続いた。

「あんた……」

「アニードと呼んでくれ」

「そうかい。アニード、あんたの目的はなんだい? 少しやられたくらいで引き下がるタイプじゃないのは分かった。だけどね、わざわざ喧嘩を売りに行くような理由があるのかい?」

「理由か、不思議なんだ」

「 何がだい?」

「何もかもさ。いやそんな事よりも、やられっぱなしは気に食わない」

「あきれたね、命がいくつあっても足りないよ」

「みんなそう言う」

 アニードとビクトリアはそれきり黙り込んだ。いくつかの路地を曲がり、建物の隙間を通り抜け、日差しの指す場所に出た。


 そこはやけに広く、居心地のいい風が吹いていた。その広く居心地のいい、正に広場の中心には、枝葉が広場の半分を覆い尽くすかのような大木が生えていた。

 他に何も無かった。


「ここは?」

「大昔、この大樹は街の中心だったそうだよ。それこそ、この都市が開拓される前からあのままって話さね」

「なるほど『孤独の大樹』か」

 アニードは大樹を見上げた。そこには『蓑虫のような何か』がぶら下がっているのが見えた。

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