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11話

風にはお気をつけください。。

 アニードはギルド『黄昏の燕』の場所を知らなかった。ただ場所を調べるのは簡単なことだ。路地に入り、絡みついた奴らを数人締め上げる。アニードはギルドの場所を知った。

 路地のさらに奥、入り組んだ先にある広場の奥にそのギルドはあった。明るい時間は人通りも少ないのか、閑散としている。辺りは飲み屋と思われる店が数軒あるだけだ。

 正面は看板がかかってはいた。国の許可がなければ掲げることができない種類の看板だ。


「驚いた。国の許可を得た真っ当なギルドのつもりらしい」


 その看板は原因不明の黒いシミで汚れていた。もう少し日が落ちればここは喧騒の中心だ。そこで何があっても不思議はない。

 その看板が掛かっているギルドの建物は貧相であった。路地にあるのにふさわしい佇まいだ。アニードは何でもない顔で通り過ぎ、辺りを見回した。


「正攻法の前にやれることがある」


 アニードはギルドが見える場所にあるなかで唯一開いている酒場に入った。酒場は薄暗く、非合法の匂いが漂っていた。

 アニードが入ったが、誰もなにも言わなかった。カウンターには片足の男がいたが、その男は黙ってグラスを磨いていた。

 いくつかのテーブルには人が座っている。そこから値踏みする視線がアニードに向かっていた。

 アニードはカウンターにある椅子に腰掛けた。


「何か出せるかい?」

 カウンターの片足の男はチラリとアニードを見た。そのまま視線をグラスに戻すと再びグラスを磨き始めた。


 見事な対応にアニードは頬杖をつきタバコを取り出し火を付けると、考えるフリをした。


「ミルクなら奢ってやるよ。ママのところに持ち帰って飲ませてもらいな」

 アニードの後ろから嘲笑いが聞こえた。アニードは振り向き、声のする方へ言った。


「そうかい。それじゃあジャックのママのところに持っていって飲ますように言っておこう」

 笑っていた客たちは、半分が怒りの声を上げ、半分が身を乗り出した。


「はっ。ジャックに喧嘩を売ろうってのかい。生憎だったな、ジャックは留守だ」

「知ってるよ。そのゴリラが檻の中で目覚めたら差し入れてもらうのさ」

 アニードの声に空気が変わった。いくつかのテーブルから真偽を計りかねる雰囲気が漂った。その空気にアニードはニンマリし、わざとらしくタバコを吹かした。

 寸の間のあと、先ほど声をかけてきた方からは別のテーブルから、今度は女の声が聞こえてきた。


「ジャックがなんだって? 私は頭が悪いんだ、ハッキリ言ってもらわないとわからないね」

「聞こえなかったか? ここにくれば檻のゴリラへの差し入れが買えると思ったんだ」


 空気が更に変わった。僅かな物音に反射的にアニードの目が動いた。その目の前を光が反射しない黒い何かが塗られた刃物が通り過ぎた。次の瞬間には、手に持ったタバコが切り落とされカウンターの上に落ちた。

 どこからか口笛が聞こえた。刃物がピタリと動きを止めた。その手はしなやかで、その辺のむさい男のものではなかった。

 アニードは、反対の手で女の首すじに手を当てていた。


「あんたやるね。ただの兵士じゃない」

「だとしたら?」

「ジャックをどうした?」

 刃物の向きが変わり、アニードの首筋に狙いを付けた。弾けそうな怒気がアニードを包んだ。

 アニードは女の首すじから手を離し、両手を上げた。


「すまんな。強い男が好きなのかい?」

 女はジャックに劣らず大柄だった。その眼がギラついて蛇のようにアニードを睨んだ。

 女はしばらくして刃物を引いた。


「話ぐらいは聞いてやろうじゃない」

「ありがとう。俺の名はアニード。あんたは?」

 女はアニードを見つめ直した。

「あんた、鬼兵のアニードかい」

「不本意な二つ名だ。そんなに有名になったつもりはないんだが」

「知ったことか。……ジャックを殺ったのがあんたってことか」

「殺してはいないんだが」

 女は悟ったように諦めの表情を見せた。

「そうかね。だが似たようなものじゃないか。ジャックはいなくなる。兵士(あんた)に捕まったのなら鉱山送りか極刑だろ。ここいらの末路は大概そんなものさ」

 女は辺りを見回した。アニードは否定しなかった。女の目に涙が溜まっているのをアニードは気付いていた。


「それで……あんたの名前は?」

「……ビクトリア」


 アニードはビクトリアに席を勧めた。ビクトリアは悩む素振りの後、腰に剣を戻して座った。


 ビクトリアは感情の起伏が激しく、最初は話しにならなかった。しばらく問答があり、アニードが聞きたいことはわかった。

 ジャックは筋肉肥大のスキル持ちであること。今まで負け無しでここいらで顔が利いたこと。……そして、ビクトリアとその腹の子を養うため、素性が怪しい仕事をジャックは掛け持ちでいくつも引き受けていたこと。


「あんたならジャックの罪を軽くできるんじゃないのかい。お願いだよ。この子に父親を見せてやりたいんだ」

 最後には腹に手をやり、泣いて懇願するビクトリアを、アニードは困った顔で見ていた。


「考えておこう」


 アニードは席を立つと、礼を言って酒場を出た。乾いた外の空気がアニードの身体を舐めていった。

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