表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/21

01話 プロローグ

プロローグです。主人公達は出てきません。

 部屋は暗く、外は夕暮れで赤く染まっていた。窓を背にした男が口を開いたその時、男の向こう側、薄いカーテンの向こうで建物の影に隠れていた太陽が射してきた。聖典にある神の降臨のようだ。

「いつも通りにするんだ」

 ドスの利いたその声のとおりの性格なら、そこにいるのは神ではなかった。意図せず光を纏っただけの人間、聖人の対局の世界にいる人間。

 その男は、椅子に座っている彼女に言い聞かせるように、だけど脅迫が透けて見える口調でいつも通りにと言った。

 仮初の聖人のような見た目はやはり仮初で、悪徳の心を持つ悪魔、それを知っている彼女に頷く以外の選択肢はなかった。いつも通りだ。もう二年も。

 男は光を纏ったまま机の上の小箱を指さした。先ほど男が持ってきたものだ。片手鍋くらいの大きさの箱。飾り気のない、ありふれた木材でできたその箱は、蓋が釘で閉められていて、中身を察することもできない。ただ、持ってきた様子から軽いものだと言うことはわかった。いつもと同じものだ。

 彼女はそれくらいは許されるだろうと、軽いため息を吐く。重い身体を持ち上げ両手でその小箱を持った。

「頼んだよ。ひっくり返したり、強く揺すらないでくれ」

 男は先程より口調を緩め頼むような口調で言った。彼女はそんな男の見え透いた気遣いが嫌いだった。何があっても素敵であったあの頃の男はどこに行ってしまったの?

 彼女は口に出さずに疑問と視線を投げかけるが、男は黙っていた。

「こっちを見なくてもいい。慎重に運んでくれ。いつも通りに」

 男の言葉のとおり、彼女はそっと足を出し、いつも通りに食料貯蔵庫へ向かった。彼女以外にそこへ立ち入るものはいない。何か奥にはうってつけだ。

 小箱をそっと床に置き、扉を開けると中に入る。貯蔵庫は薄暗く、空気は淀んでいる。

 様々な保存食が入った瓶や木箱の脇を抜け、いつもどおりの場所、貯蔵庫の奥へ置くと、小箱は彼女以外にわからなくなった。これで見つかることはない。

 彼女は貯蔵庫の扉を両手で閉め、ため息を吐いた。そのまま重い足を持ち上げて部屋に戻る。男はすでに光をまとっていなかった。

「これで大丈夫……」

 いつまでこんなこと続けるの。あの中は何が入っているの。疑問を彼女は口に出さなかった。

「心配するな。爆発したりするようなものは入っていないから。ただ幸せを運ぶ魔法の小箱なだけだ」

 彼女の疑問を飲み込んだ顔を、心配顔と見て取ったのか、男は言った。

 そんなことじゃない。いつかすべてを精算しなければならない時がくる。その時、どうしたらいいか教えてくれるの?

 心の声はどこにも届かない。わかっている。

「貴方が好きな林檎があるの、切るから待ってて」

「あぁ久しぶりだな。今年の出来はどうだい?」

「甘酸っぱくてとても美味しいわ。後味はちょっと苦いかも」

 顔を綻ばせる男を、彼女は覚悟を持って見つめていた。

いろいろ楽しみながら書いています。次から本編です。主人公の一人が出てきます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ