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第六話

 巻物に文字を書き終え、リュックにしまっていると、襖が勢いよく開かれ、阿智が慌てた様子で入ってきた。額には汗が滲み、目元を隠す長い前髪が張り付いている。


「い、急ぎお戻りくださいという咲耶様からの連絡です!」


 乱れた呼吸を整えないまま巫女が晴人の手を引こうとする。


「な、なにが……」


 疑問符を浮かべながらも、晴人は胸の奥で確信していた。つまり、


「八雲みか様のご様子が――!」


「‼︎」



 八雲が寝ている部屋まではそれほど離れていないというのに、晴人の額は夏日のように汗まみれになっていた。それが走ったことによる汗なのか、冷や汗なのかは彼自身にもわかっていない。彼を部屋に案内した巫女は、替えの水と手拭いを持ってくると言って台所へと向かっていった。

 晴人は肩口で汗を拭うと、襖を開けた。中では咲耶が若草色の妖力で布団を覆っており、その中心では八雲が荒い息を吐いている。腰には確かに狐の尻尾が生えていて、フワフワだなぁと場違いな感想を抱いた阿呆に気づいた咲耶は彼の頬をつねる。


「緊急事態よ。とうとう尻尾まで生えてきたわ。取り憑かれているならかなり不味い状況ね」


「でも取り憑かれているという線はもうほとんど消えている。てことは……」


 痛む頬をさすりながら晴人は現状の考察を進める。

 考えられる可能性は、二つ。

 やはり取り憑かれていて、それが咲耶の祝詞に抵抗できるくらい高位の妖という可能性。


「それはないわね。どんなに高位の奴でもまったく無反応なんてことはないわよ」


「だよな。それこそ神か姉さんクラスじゃないと咲耶の術式に拮抗しないけど、それだと八雲の身体が持たない」


 つまりは、もう一つの可能性。



 ――()()()()()()()()()()()

 


「ま、そういうことなんでしょうね。でも、ただ人を真似る妖だったならアタシが気づいてる。つまり彼女は――」


「――やっぱり、半妖、ってことだよな」


 その結論に、咲耶も渋い顔で頷く。

 半妖――それは文字通り人間と妖のハーフを指す言葉。現代ではほとんど確認されない非常に稀有な存在。


「なんで今まで何の影響も、妖気が感知されることもなかったのかはわからないけど、とにかく今は彼女の対処が先決ね」


 咲耶が晴人に目で合図を送る。八雲を抱えろということを彼はすぐに理解し、彼女を抱え上げた。両手の間からくすんだ白色の毛で覆われた尻尾が力無く垂れ下がる。


「拝殿に運びましょう。夜は妖の力が強まりやすいけど、ここよりは圧倒的にマシよ。半妖だと確定したのなら打つ手がないわけじゃない」



 社務所から出て参道を渡り、拝殿に抱えていた八雲を寝かせた。


「さて、半妖と分かったら、まずは乱れた妖気を整えるのが大事ね。細かい調整が苦手だからアンタも手伝いなさい」


 再び八雲を若草色の妖力が覆う。先ほどから簡易的ながら行われていた対症療法だ。乱れた妖気をより強い妖気で抑え込み、結果的にその内部限定で暴走を防ぐ方法。そうやって安全策を取ってから、原因療法へと移るのがセオリーとされている。

 晴人はリュックから黒い巻物を取り出すと、術式を開放し巻物で立方体の枠を作った。咲耶の妖力がそれ沿うように形を変え、全ての辺に行き渡ると、妖力が固定され安定する。


「よし、まずはうまくいったな」


「こんなの序盤も序盤よ。少しでも均衡が崩れたら簡単にパーになる。その前になんとか存在を安定させないと……」


「う、ん……」


 二人がここからどうしたものかと考えていると、うなされていた八雲が目を覚ました。


「ここは……?」


「さっきの神社だよ。八雲に生えた耳と尻尾の原因がわかったからこれからなんとかするつもり」


「尻尾……? あ、本当だ! え、私、このまま狐になっちゃうんでしょうか……? な、なんか周りも緑ですし……」


 不安そうに尻尾を抱える八雲を落ち着かせようと、晴人が声をかけようとした時、それより数瞬早く、彼の背後から声が響いた。


「――安心するがいい。そう()()前に我らが丁重に回収してやるさ。半妖の娘」


「っ、昼間の、妖!」


 慌てて振り返る二人。ここまで近づかれたのに気配すら感じなかったことに歯噛みする。夜になったというだけではない。昼とは比べものにならないほど、妖の格が上がっているのだ。

 晴人は慌てて八雲を庇い、咲耶は彼と妖の間に立ち塞がって、袂から大幣を抜いた。

 晴人がリュックから巻物を取り出そうとした時、背後から震えた声が彼の耳を届く。


「半……妖? 私、が?」


「そうさ。貴様は半妖。人間と妖の間に生まれた祝福すべき存在だ。いや、その妖師どもからすれば忌むべき存在というべきかなぁ?」


 表情こそ風に覆われて見えなかったが、昼よりも流暢に喋るこの妖は、自分たちを嘲笑っているのだという確信があった。

 ――まずい、と晴人の首に冷や汗が伝う。

 八雲を刺激しないように、努めて平静を保った声を出す。


「落ち着け、八雲。妖の言葉に耳を傾けるな。第一まだ何にも被害は出てないじゃないか。今ならその耳もどうにか出来る。忌むべき存在なんて、そんなわけ無いじゃないか」


「被害? 被害なぁ。娘が助けを求めた時点で妖師どもは迷惑を被っているのではないか? そのせいで今から怪我人、あるいは死人かなぁ? が二人増えることになるのだ。娘、貴様の()()()でな」


 その一言に、八雲の目から光が消えた。


「そっか……。私、戸隠君たちに迷惑かけてばっかりですね……」


「八雲、落ち着け。マイナスの感情は妖の部分に働くから……」


 努めて冷静を装う晴人。負の感情は、振れ幅が大きく特に妖に作用してしまうことを知っているからだ。


「笑っちゃいますよね。ただでさえダメダメなのに、妖に取り憑かれて、戸隠君たちを巻き込んで、これから私が妖になったらもっと迷惑かけちゃう」


 しかし、晴人の言葉は届かない。八雲は自己嫌悪の深い沼に堕ちてゆく。

 ピシリと、ヒビの入る音がした。それは、均衡の崩れる音。彼女を囲んでいた若草色の空間が、崩れて、砕けて――


「ごめんなさい、ごめんな、さ、」


 ピシリ、ピシ、ピキ、ピキ――


「あ、あ、ああ……‼」


「まずい……」


 

 妖気が、爆発した。

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