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第四話

「とにかく、今は安全な場所に連れて行くのが先よ。社務所なら寝かせられるスペースもあるし、結界の範囲内だから、そこに運びましょう」


 咲耶の冷静な判断に、冷や汗を浮かべていた晴人は冷静さをいくらか取り戻し、ゆっくりと頷いた。脂汗を浮かべて苦しむ八雲を抱えると、境内から拝殿を見て左手にある社務所へと運んだ。



「――落ち着いたか?」


「はい、なんとか……」


 それからしばらくして。黒い妖の妖気が遠ざかったからか、八雲の不調はどうにか治まったようだった。しかし相変わらず頭の上でぴこぴことその存在を主張している耳は消えないままで、問題は何も解決していなかった。


「とにかく、もう一度その耳の原因を探らないといけないわね」


 言うが早いか、咲耶はいつの間にか手に持っていた大幣を八雲の額に突きつけた。


「――其の御身に宿り給ひし大神へ、恐み恐み白す」


「ちょっ⁉︎」


 止める間もなく大幣の先端が光りだす。

 ――こんな部屋の中で妖狐が暴れだしたら流石に手が付けられないぞ⁉︎

 焦る晴人を尻目に輝きは増していき――


「……あれ?」


 晴人と八雲はこれから起こりうることを想像して身構えていたが、いつまでたっても何も起こらず大幣の光も淡くなり、やがて消えた。


「やっぱり何も起きないわね……」


 咲耶は顔色変えずにそう言って、大幣を袂に仕舞った。


「なにも起きないわねってお前……」


「さ、流石に死を覚悟しました……」


 咲耶は確信があって祝詞を唱えたようだが、二人はただただ振り回されただけだった。


「とにかく、これで妖狐が再び取り憑いたって説は取り除かれたわね。つまりは振り出しよ」


「……だな」


 原因がまるでわからなくなってしまった。まさに振り出し。しかも今度はこっくりさんが絡んでいないとなると、取っ掛かりがどこにも無くなってしまう。


「とりあえず、様子を見ながら一つ一つ可能性を潰していくしかないわね。あの黒い妖のこともあるし、そこまで悠長にはしていられないとは思うけど」


「とにかく今はどうにかして手掛かりを探さないと」


 そのとき、前髪で目の隠れた巫女が社務所へと入ってきた。彼女が先ほどの咲夜の言っていた巫女長――阿智だ。手にお盆を持っており、その上には人数分のおにぎりとお茶が載せられている。


「失礼致しますね」


 目の前並べられていく食事に、晴人と八雲の腹が音を立てる。思い返せば、昼休みに学校を抜け出したためにまだ何も食事を食べていなかったのだ。咲耶はちゃっかりどこかで食べていたみたいだが。

 顔を赤くしながら晴人はおにぎりを手に取る。


「と、とりあえずいただくか。腹が減ってはって言うし……」


「そ、そうですね! 食べないと力出ないですもんね!」


 同じく顔を赤くした八雲もおにぎりを手に取って、腹ごなしをする流れと相なった。

 


「あ、そういえば……なんで戸隠君は『戦えない妖師』だなんて黒姫さんから呼ばれているんですか? 私には全然そうは見えなかったんですけど……」


 三人が野沢菜のおにぎりに舌鼓を打っていると、興味本位、といった様子で八雲が晴人の不名誉な称号について聞いてきた。


「黒姫さんはもちろん凄かったし、というか凄過ぎて何が起きてるかもよくわからなかったけど……でも戸隠くんだってちゃんと黒姫さんのサポートしてたじゃないですか」


 咲耶の何か言いたげな視線から逃げるようにしながら、晴人は八雲の疑問に渋い顔をして答える。


「……オレは、妖力をうまく扱えないんだ。普通の妖師は得意不得意こそあっても基本妖力の操作が出来る。でもオレは初歩の初歩、妖を視ることと妖具を起動するくらいしか出来ることがない」


「ま、わかりやすく言うなら呼吸するのが精一杯で、運動なんてもっての外、みたいな感じね」


「でも、そんな……」


 昼間の光景と認識が齟齬を起こしているのか、八雲の顔には困惑がわかりやすく浮かんでいた。


「あれはあの巻物が凄いんだ。咲耶の例えに乗っかるなら、高性能の義手義足に頼って運動してる感じ」


「でもアンタ、妖使いの才能ならめちゃくちゃあるじゃない。せっかく持って生まれたものを活かさないなんてもったいないと思うけどね」


「……」


 余計なことを言いやがって、という視線を送る晴人。しかし咲耶はそっぽを向いて素知らぬ振りをする。


「えと、妖使いというのは?」


 案の定、オカルトに興味のある八雲は食いついてくる。


「文字通り妖を使役できる妖師のことよ。契約を結んだ妖を操って戦わせることが出来るの。妖師の中でも特に才能に左右される部類だから数が少ないのよ」


 疑問符を浮かべた八雲に対して咲耶が答えた。それを聞いて八雲は感心したように晴人を見る。


「え、すごいじゃないですか! そんな稀有な才能に恵まれてるんですね。……私なんてなんの才能も持ってないのに」


 そしてすぐに卑屈になった。自己評価の低さにテンションが落ち込む地雷が色々な場所に埋まっているようだった。

 しかし、晴人は落ち込む八雲に対して首を横に振った。


「でも契約は呪縛だ。オレは妖を縛ってしまうなんてしたくない。――姉さんなら、そんなことしない」


 晴人は希明の言っていたことを思い出す。人間の都合で妖を利用したくない、と。そうやって利用されてきた妖がいずれ神になって、()()()()()()()、永遠に利用される都合のいい存在か、やがて忘れられて荒神になってしまうんだ、と。


『ほんと、勝手だよね。神様の気も知らないで』


 そう呟いた希明の顔が、晴人の脳裏にずっと焼き付いている。

 ――姉さんは人にも、妖にも同じくらい優しかったんだ。


「いっつもこれなのよね。口を開けば姉さん姉さんって。コイツのシスコンっぷりには呆れるしかないわよ」


 咲耶はうんざりしたように肩をすくめ首を振るが、対して八雲は神妙な顔でこちらを見ていた。


「少し……わかる気がします。姉に憧れるのは。私、生まれた時からお父さんがいなくて、お母さんは私たちを育てるために遅くまで仕事で……。なので、しっかりとしてるお姉ちゃんが私を育ててくれたみたいなものなんです。だからお姉ちゃんは憧れの存在で……。それでオカルト研究部に入ってるわけですし」


 そう言うと八雲は少し照れくさそうに頬を掻きながらはにかんだ。


「憧れる人がすごく身近にいると、真似したくなっちゃいますよね。その人になりたい、みたいな」


「八雲……!」


 晴人が初めての共感者に感動して震えていると、咲耶が大きなため息を吐いた。


「二人とも重症ね。そこまで行くと、それはもう『呪い』よ。自分で自分に呪いをかけてしまっている」


 その否定的な咲耶の物言いに、少しだけ心の距離が縮まった晴人と八雲はふくれて反抗する。


「なんだよ、そこまで言わなくたっていいじゃんか」


「そうですよ! 憧れちゃうんだからしょうがないじゃないですか!」


「――囚われ続けたっていいことないわよ」


 咲耶の目つきが鋭くなった。それは、ただ二人にうんざりしたり、鬱陶しく思ったりする以上の感情を内包しているようで。


「特に身内とか血縁とかはね。それが自分の意思で切り離せるものならとっとと離れた方がいいわ。逃げられるって可能性があることは、それだけで幸せなことなんだから」


「黒姫さん……?」


 八雲はその空気の変わり方に気がついたのか、首筋に冷や汗を浮かべている。晴人も、その気迫に生唾を飲み込むことしか出来ないでいた。


「ま、関係ない話よ。それより、今は貴女の耳をどうにかするのが先でしょう?」


 そこで咲耶は強引に話を切った。結局、そこまでして兄弟姉妹の、血縁の話を嫌うのかの理由はわからないままに。


「アンタは、奥の部屋で妖具の修繕をしなさい。今は容態が安定してるけどこれが続く保証は無い。備えられるものは備えておくのがプロってものよ。必要なものは用意させてあるから」


「でも……」


 咲耶のことが気に掛かり食い下がろうとする晴人だったが、その言葉を眼前に大幣を突きつけながら遮った。


「こっちにはアタシが待機しておくから! とっとと行きなさい‼︎」


 その剣幕に蹴り飛ばされる形で晴人は一度家に帰ることになった。心配ではあるが、咲耶の言うことも尤もだった。

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