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第二話

「これは……耳だな」


 まごうことなき耳だった。毛並み、ではなく髪質は他の部分と同じなのに、触れてみると明らかにフワフワとした感触が晴人の手に伝わってくる。ずっと触っていたいような不思議な感覚だった。


「ちょ、ちょっとあんまり触らないで下さいぃ……」


 しっかりと感覚があるのか、八雲はくすぐったそうに身を捩る。


「あ、悪い。思ったより手触りが良くて……。ちなみに、本来の耳だけじゃなくてこっちの耳も聞こえてるのか?」


「うーん……自分ではよくわからないですね。あ、でもいつもより音がよく聞こえるような気はします」


「神経もちゃんと通ってるみたいだし、それなら聞こえていると思った方が正しいかもしれないな……」


 つまりこの耳は、ただの飾りではなく一つの器官として機能しているということだ。どういう原理で生えているのだろうと晴人が顔を近づけ、

 


「へぇ。これはまた、随分とお楽しみのようね?」

 


 突然、入り口の方から声がした。振り向くと、緋い眼を爛々と輝かせた少女が不機嫌そうに立っている。赤みががった黒髪をツインテールにまとめた吊り目女子、咲耶がそこにいた。


「く、黒姫さん……?」


「……なんでここにいるんだよ」


 晴人が半目で問うと、彼女はバツが悪そうに視線を泳がせる。やましい気持ちは一応あったようだ。


「そ、そりゃ晴人が見知らぬ女子をナンパしてたら気になるに決まってるじゃない。何か間違いが起きないように、その子を守るために、仕方なく後をつけただけよ」


「ナンパじゃねぇし。てか見知らぬも何も、同じクラスの子だぞ?」


「ま、まぁ何だって良いじゃない。それで? ふぅん。アンタまた面倒なことに首を突っ込んだのね」


 八雲の耳を見て状況を察したのか、ニヤリと笑って晴人を見た。


「でもこれ、どうせアタシがいないと何にも出来ないでしょ、『戦えない妖師(あやし)』さん?」


「ッ耳の痛いことを……。ま、まぁ後から頼む気ではあったから、手間が省けたと思うか……」


 よろしい、と咲耶は部屋へと入り、晴人の横へと腰掛けた。広いはずのこの部屋も、三人入ると手狭になる。


「あの、一つ聞いても……?」


 咲耶が畳に座ったところで八雲がおずおずと手をあげた。


「どうした?」


「その、あやし? というのは……?」


「ああ、これから話そうとしてることにも繋がるけどな。とりあえず陰陽師とかエクソシストみたいなものだと思ってもらえばいいよ」


 すると八雲は納得したように頷いた。


「あら、胡散臭いとか思ったりしないのね。大抵こういうことって疑いから入る人がほとんどなのに」


「あー、その、戸隠君は何か知ってる風でしたし、それに……」


「それに?」


「私……オカルト研究部ですので」


 八雲は照れくさそうに頬を掻きながら言った。


「なるほど。なら話は早いわね。正直、説明がいつも面倒だったりするのよね」


 それには晴人も同感する。普通の人は常識の外の話をされると理解を拒んでしまってそこから進まないのが常なのだ。

 とりあえず、これで役者と準備は整っただろう。さて、と晴人は話を切り出した。


「こっくりさんは、あの二人と一緒に行ったのか?」


「はい。結局……忠告されたあとに、そのまま」


 居心地悪そうに話す彼女の言葉に咲耶がため息を吐く。


「まあそうよね。話したこともない他人にいきなり止められたって、それに従う方が無理な話よ」


「にしても、なんで八雲はあいつらと一緒にいたんだ? 普段からつるんでるようには思えないんだけど……」


 派手な金髪とクールな黒髪。二人とも運動部に属しており、去年の体育祭ではバレーの部門で活躍していた。普段は運動部の男子たちともつるんでクラス内でも高いカーストに属しているというのに。


「そうね。あの人たちとアナタじゃ全然タイプが違うもの」


 俯く八雲の視線の先。膝の上で握られた両手は震えていた。もしかして聞いてはいけないことだったのだろうか? と晴人は身構える。


「……私には、姉がいるんです。三つ上の、とても優秀な姉が」


「何よ急に。兄弟姉妹の話はもうお腹いっぱ――」


 その絞り出すような声を、晴人は無視できなかった。咲耶を片手で制して、次の言葉を促す。


「……このオカルト研究部は、その姉が始めた活動でした。友人だけを集めた細々としたものだったみたいなので、卒業してすぐ廃部になりましたけど。でも、私は姉の跡を継ぎたかった。何もかもダメダメな私でも、せめてなにか一つでも成し遂げてみたかった」


「話が見えてこないわね。それが、なんでこっくりさんに繋がるのよ」


「……どこから知ったかは分かりませんけど、あの二人は私がオカルト研究部だと知って、面白半分で声を掛けてきたんです。あんな人たちでも、こんなダメな私を頼ってくれたことが嬉しくて……でもあの人たち、こっくりさんが終わった後何も起こらなかったからって、『つまんない』って。私、悔しかった……! きっと姉なら不思議な現象の一つでも起こしてみせたはずなのに!」


「で、結局何もなかったと思えば本当は憑かれてた、と。これだから素人が無闇にこっち側に手を出すのは困るのよね」


 咲耶の意見も尤もだが、しかし学生が安易に妖と関わりを持ってしまうのはよくあることだ。それだけ学校内でのコミュニティというものは、独自の信仰を生み出しやすい。内輪で、閉じたコミュニティはそこから負のエネルギーなどと相まって妖を生み出してしまうからだ。


「よし。八雲の事情はある程度分かった。それじゃあその耳をどうにかするための話を進めようか」


「ハァ……。そうやって誰にでも手を差し伸べてたらいつか晴人自身の首を締めることになるわよ」


「それでもオレは八雲を助けたいよ」


「なんでそこまで……ってのは聞くまでもないわね」


 咲耶は観念したように大きく息を吐いた。


「だって、姉さんならきっと迷わず助けてるさ」


「聞くまでもないって言ったわよね。なんでわざわざ口に出すのよ。このシスコン」


 晴人の頬をつねる咲耶も、渋々といった様子だが断る素振りを見せることはなかっま。彼が()()なったら梃子でも動かないことを知っていて、それ故の諦めもあっただろうが。


「んじゃ、ちょっと解説を始めようか」


 晴人は横に置いていたリュックから、ノートとシャーペンを取り出した。


「さて、八雲はこっくりさんにどんなイメージを持ってる?」


「イメージ……。狐、とかですか?」


「そう、狐。それが問題なんだ。もし八雲達がしていたのがエンゼル様とかウィジャボードとかだったら何も起きなかっただろうさ」


 名前だけの漠然とした超常的な存在や、海外から持ち込まれた概念からは具体的なイメージは結びつきにくい。


「起源がどんなものかは関係ない。昔の人がこっくりさんという神にキツネやイヌのイメージを当て嵌めてしまったというのが厄介なところなんだ」


 晴人は畳の上へ広げたノートに「こっくりさん」と「狐」の文字を書き、その二つを=で繋いだ。


「わ。戸隠君すっごく字うまいですね……! こういうのを達筆って言うんでしょうね」


 ノートに書かれた字を見て八雲は声をあげた。


「たしかに晴人の字はうまいけど、話の腰を折らないでもらえる?」


「あ、はい。ごめんなさい……」


 咲耶に睨まれた八雲はバツが悪そうに縮こまってしまった。


「ま、まぁ気にするな。字が綺麗なのはたぶん書道をやってるからだな」


 さて、と晴人は話の軌道を修正する。


「とにかく、日本にはただでさえ稲荷神の信仰が全国にあるってのに、その神使である狐の姿の伝承を若者の間で広めたりしたら、信仰が混同するに決まってる。特に動物は姿を想像しやすいからな」


 今度は「狐」の下に「お稲荷様」と書いて、その二つをまた=で結ぶ。つまり、稲荷とこっくりが狐を経由して繋がる形だ。


「要はこっくりさんは狐、狐は神様の使い、ならこっくりさんも神様、あるいは神様の使いだろう。っていう伝言ゲームね。そうやってこっくりさんは稲荷神という、日本でも有数の信仰と混ざって力をつけてしまっている」


「まさか……信仰が混ざるなんてことがあるんですか? 神様も一緒にされるのを嫌がったりするんじゃ……」


「嫌がる、なんてのがそもそもの間違った認識ね。神は信仰されるから神たりえる。神話で明確に人格が付与されているくらい階級の高い神でない限り、神は信仰には抗えないわ」


 晴人の解説を横から奪った咲耶は、さらにシャーペンすらも奪い取り、「こっくりさん」の上あたりに「信仰が混ぜられて強くなる」と丸っこい字で書き足した。


「そう。だからあいつらは簡単に姿を変える。人々のイメージに少しでも重なる部分があれば、そこから勝手にイメージを結びつけて、捻じ曲げられていってしまうんだ」


 晴人はシャーペンを奪い返し、怪物の落書きをノートの隅の方へと描き込んだ。


「で、そうやって生まれた妖をどうにかするのが、オレたち妖師(あやし)だ」


「あ、そこで着地するんですね。なるほどです」


 そしてその怪物に立ち向かうヒーローのような絵を付け足す。


「少し話が逸れたけど、狐をイメージしながらこっくりさんをしたから、狐経由でより力をつけてしまって、八雲に取り憑いちゃったってことだ」


「妖師は対妖、対神のスペシャリストよ。だからまあ心配することはないわ。八雲さん……だっけ? あなたに取り憑いた神なんて、アタシが簡単に祓ってみせるわよ」


「とまあ、そういうこと。特に咲耶はかなり凄腕の巫女だからな。期待していいぞ」


「な、なるほどです……」


「ん、どこかわからないところでもあったか?」


「わからないところはほぼ全部ですけど……それより何より、オカルトじゃなくて本当にいるんですね。……妖師、かぁ」


 心なしか八雲の目が輝いているように見えた。姉に倣って何かを成し遂げる為にこの部活を始めたと言っていたが、元々そういった超常の類の話は好きなのだろう。最初からありえないと突き返されるよりは全然いいと安堵する晴人。

 ――まぁ、耳まで生えて、ありえないとはさすがに言わないだろうけど。


「んじゃ、その妖を祓うための対策を立てるぞ」


 ノートを閉じ、晴人は改めて八雲に聞いた。


「それで、どこか体調に変化はないか?」


「い、いえ。今のところは耳以外には何も……」


「へぇ、それは幸運ね。普通なら妖気に当てられていてもおかしくないのに。よっぽど大人しい妖か、それともアンタに耐性でもあるのかしらね」


 本当に幸運だ。耳が生えるなんて直接的な影響が出てるのに、それ以外に何も無いなんて本来ならあり得ないことなのだ。


「でも、いつ他に影響が出てもおかしくないし、できるだけ早く対処したほうがいいな」

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