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第一話

「こっくりさん」という遊び、あるいは儀式がある。

 紙に「はい、いいえ、〇から九までの数字、五十音の表、鳥居」を描き、鳥居の上に十円玉を置くところからそれは始まる。参加者は十円玉の上に人差し指を置き、儀式を開始すると、参加者の質問に対してこっくりさんが十円玉を動かし紙の上の文字を示すことで答えていく、というものだ。

 この儀式にはいくつかルールがあり、

 ――参加者は必ず二人以上で行わなければならない。

 ――儀式の最中は十円玉から指を離してはいけない。

 ――必ず正しい手順で儀式を終えなければならない。

 これを守らなければこっくりさんから祟りがある。

 

 そんな儀式が行われようとしているのを、低血圧で頭の働かないままふらふらと登校してきた、高校二年生の晴人は目にした。

 ホームルーム前の無軌道な喧騒に包まれる教室の最前列、教卓の前だった。派手な金髪と、クールな黒髪と、大人しそうな三つ編みがたむろしていた。

 晴人は指を置こうとしている三つ編みの背後に歩み寄り、声をかける。


「やめといた方がいいぞ。きっと善くないものを呼ぶ」


「え⁉︎ あ、うん……」


 三つ編みがビクリと肩を震わせて晴人を見た。


「そういうわけで、忠告したからな」


 祟られるよりは驚かれた方がマシだと判断した結果だった。


「ちょっと誰あれー? あんなヤツクラスにいたっけ?」


「ああ。アイツは無視しときな。中学の時にしばらく行方不明になって、帰ってきたと思ったら急におかしなことを言い始めた奴だから。関わらない方がいいよ」


「……そ、そうなんだ」


 背後から聞こえる言葉を聞き流して、晴人は自分の席へと進む。教室の最後列。窓際から二番目の席へと。


「――またお節介? どうせ聞く耳なんて持たれないのに、やっても無駄なだけよ」


 背負っていたリュックを机の横にかけると同時に、窓側の席から気だるげな女性の声がした。


「うるせー。オレだって気は進まないよ。でも姉さんならそうしてる。だからやっただけ」


「姉さん、ねぇ。相変わらず晴人はシスコン拗らせてるのね」


 その言葉にため息を吐いて席に座った晴人は、彼女の方へと視線を向ける。


「咲耶に言われたくないんだけどな」


 横に座っていたのは黒姫(くろひめ)咲耶(さくや)。肩ほどまでの赤みががった黒髪をツインテールにした吊り目の女子。人を寄せ付けないオーラを放つ緋い左眼が特徴であり、小柄で整った顔という人目を惹く要素を完全に打ち消してしまっていた。


「何よ、事実じゃない。おじさんが心配するなって言ってるのに、何にも出来ないあんたが、帰ってこないーなんて駄々こねながらお姉さん探しに行って。見つからなかったら今度は真似事までしてる。これをシスコンと言わずになんと言うんだか」


 咲耶はいっそ呆れたようにそう言った。

 そして、それは事実でもあった。晴人は希明ほど強くも、聡明でもない。

 逃げ場を探すように、彼は自分の前髪を留める黄色いヘアピンに触れた。希明が居なくなってしまった日の前日の夜、何故か晴人に手渡してきたもの。

 しかし、希明のルーティンを真似したところで彼の頭に何か天啓のような答えが降りてくることはない。

 ――それでも、あの姉さんが家を、オレを放ってどこかに行ってしまうなんてとても思えないんだ。

 考えても答えは浮かばず、晴人は諦めて机に突っ伏した。


「あら、寝ちゃうの? せっかく良い春の陽気なんだから、空でも見てればいいのに」


 咲耶の言う通り、今日は五月の心地のいい空気が外には溢れていた。空には雲一つなく、眺めて過ごすのもまた退屈しないだろう。だが、晴人はそんなつもりはないようで、突っ伏した姿勢のまま頭だけを咲耶の方に向けた。


「咲耶だっていつも寝てるじゃんか。授業もまともに聞かないくせに、成績だけは良いんだもんな」


 彼女は高校に入ってから上位五十位以内から転落したことがない。授業中に寝ていたり本を読んだりしかしていないにも関わらず、だ。


「だって授業なんて退屈なだけじゃない。空でも眺めてる方がよっぽど有意義よ。あんなの教科書を丸暗記すれば誰だって解けるもの」


「それがまず無理なんだって。暗記なんておかしな趣味してる奴、咲耶以外にいないぞ?」


「言葉の棘がすごいわよアンタ。いつにも増してカリカリしてるわねー。カルシウム摂りなさいカルシウム。これでも飲む?」


 そう言って咲耶が差し出したのは手に持っていた飲むヨーグルトだった。花粉症に効くということで彼女が常飲しているものだ。


「いらねーよ。とにかく寝る。授業終わったら起こしてくれ」



 大半の授業を机に突っ伏して過ごし、気づけば昼休み。誰も、咲耶もこんな時間まで起こしてくれなかったのかと思うと、少し悲しくなる晴人だった。

 今日はもうサボって帰ろうとリュックを背負い教室を出たところで、廊下の先にいる女子が彼の目に入った。

 それは教室で儀式をしていた三人のうちの一人、大人しそうな三つ編みの子。よく見れば黒い髪の中に白い髪の束が混ざっている。小柄で大人しいというか、目立たないということで特に彼の印象には残って居なかったが、よく見ればなかなか特徴的な見た目をしている少女だった。

 ――少し、姉さんを思い出す髪色だ。

 そんな彼女が目についてしまったのは、その不審な挙動からだった。

 紺色のキャスケットを目深に被り、三つ編みが左右に荒ぶるほどキョロキョロと周りの目を気にして歩いている。


「あの……」


「はッ! はいぃ⁉︎ あ、戸隠(とがくし)君⁉︎」


 十分にオーバーリアクションと言えるほどの高さで彼女はその場に飛び上がった。


「わ、悪い。そこまで驚かせるつもりはなかった。えーと……」


 声をかけたはいいが、肝心の名前が出てこなかった。

 晴人も朝の金髪のことを言えないようだ。

 その様子を彼女も感じ取ったようで、


「あ、八雲(やくも)みか、です。あの、去年も戸隠君と同じクラスでしたよ? ま、まぁ私なんて覚えられてなくて当然かもしれないですけど……」


 八雲と名乗った少女は自虐的に笑う。


「それで、八雲。その……」


「あ、今日はちょっと用事がアルンデシター。し、失礼しま――」


 声をかけようとすると、八雲は慌てて帰ろうとする。あまりにも白々しいので、逃げられる前に晴人は核心に触れる。


「――その帽子、中に見られちゃまずいものがあるんだろ」


 その言葉に八雲は石のように固まる。

 しばらくして、彼女は意を決したように晴人の目を(チラチラとだが)見据えて言った。


「……朝の忠告といい、やっぱり、戸隠君は何かご存じなんですね……。こ、ここでは話せないので……着いてきてください」

 


 晴人たちの通う高校は歴史が古く、数年前に建てられた新校舎以外はかなり老朽化が進んでいる。今二人が歩いている本校舎は特に古く、文化財に指定されているほどだ。それくらいにボロボロのため、階段を下りるたびにギシギシと不安を煽るような音がする。


「――その帽子は普段から持ち歩いてたのか?」


 そんな音から意識を逸らすように晴人は八雲の帽子を見た。


「え、あ、はい。私、人と目を合わせるのが苦手なので……登下校中はいつもこれをかぶってやり過ごしてます」


「あー……なんかごめん……」


 晴人はいたたまれなくなってしまって目をそらす。


「いえ、いいんですよ。そもそも私が情けないからこんなことになるんです……」


 八雲は自虐的に嗤って自分の帽子を押さえた。

 階段を降り切って、本校舎と新校舎を繋ぐ昇降口の前を通る。外のグラウンドの方から、野球部の声が聞こえてきた。


「こっちです」


 昇降口を通り過ぎ、渡り廊下へと出た。八雲が向かっていたのは図書館だった。校舎とグラウンドの間に、独立した建物として建てられている。

 校舎から伸びる渡り廊下を進み建物へと入ると、下駄箱の先の正面と左手にそれぞれ扉があった。

 左手の扉には「開館中」というプレートがかけられていて、こちらが図書館の扉ということがわかる。

 図書館に入るのかと思った晴人だったが、上履きからスリッパへと靴を履き替えた八雲が開けたのは、正面のプレートも何もかけられていない扉だった。


「図書館に入るんじゃないのか?」


「い、いえ。今用事があるのはオカルト研究部の部室だけなので……」


「部室? 部室なら部室棟に行くんじゃ……」


 首をかしげる晴人。部室は基本的にこの図書館の奥にある部室棟へ集中しているためこんなところに部室があるということはまずない。というか、そんな部活があるなどと聞いたことすらなかった。


「こちらであってます」


 勧められるままに靴を履き替え中へと入る。そこは四畳半ほどの小さな部屋で、中央には机といくつかのパイプ椅子。壁際の棚には文房具や書類の入った段ボールがぎゅうぎゅうに詰め込まれており、左と奥にまた扉が取り付けられていた。

 左の扉は図書館のカウンターに通じていて、つまりここは、


「図書委員会が使うための部屋か?」


「はい。ここが図書委員会室で、部室はこの奥です」


 机と棚の間、ギリギリ人が通れるぐらいの隙間を縫って奥の扉へと進む。


「ど、どうぞ。こちらが部室です」


 通されるまま中へと入ると、そこには和室があった。

 書院造というのがしっくりくる、いかにもな和室がそこに。


「……は?」


 思わずそんな声が彼の喉から出ていた。いや、こんな図書館の奥の奥になんで和室があるんだ? という尤もな疑問を表した声が。


「ここがオカルト研究部の部室です。部員は、わ、私一人ですが……」


 部屋を見回す。オカルト研究部を名乗る割に、中は本当にただの和室だった。名前からして、魔法陣やら水晶ドクロやらが置かれた薄暗い部屋を想像していた晴人だったが、期待外れというか、肩透かしを食らっていた。委員会室と同じくらいの広さだが、主だった家具もなく、せいぜい床の間にぐにゃぐにゃとした水墨画の掛け軸があるくらいのため、前の部屋よりはかなり広さを感じさせた。


「なんで和室なんだ?」


「司書の先生の好みです。ここは先生から貸してもらっている部屋なので……」


「こ、好み……」


 好みで学校の施設を改造する先生が存在しているようだった。校則の緩い学校とはいえ、先生もここまで自由だとは……と晴人は戦慄する。


「あ、他の生徒は基本入ってきません。図書委員会の人も、司書の先生だけが入れる場所だと思ってるので」


「つまり、他人の目を掻い潜るにはうってつけの場所ってことか」


「……」


 そして、それは当然ながら他人の目を掻い潜る必要のある案件ということだ。


「さてと……」


 畳に座って、話を切り出そうとした時



 カポーーーン



 と、突然獅子脅しの音が部屋中に反響した。


「……おい」


「いいいいいいえ! なんかとても微妙な空気になりそうでしたので⁉︎ せっかくの和室ですしせめてリラックスして貰おうと……決してふざけたとかウケを狙ったとか、そういうのじゃないんですよぉ⁉︎」


 苛つきが顔に出てしまっている晴人の顔を見た八雲は、涙目になりながら自分の背後に隠していたラジカセを慌てて止めた。


「ちょ、調子狂うなぁ。まぁいいや。……単刀直入に聞くぞ。八雲、あの後結局こっくりさんを行ったな?」


「その通り、です。……やっぱり戸隠くんは何か知ってるんですね。わざわざ私たちを止めに入ってましたし」


 俯いた八雲は、やがて意を決したのか膝の上で両手をぎゅっと握りしめた。それから、微かに震える手で自分の頭へと手を伸ばす。そして――


「わ、私、呪われちゃったんでしょうか……?」


 キャスケットを外して露わになった頭には、ピコピコと動く頭髪と同じ色の狐耳が生えていた。

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