真相
グループの会議の結果、父の晃は仁志のいるアメリカに向かった。
綺羅羅の知らないところで、仁志の研究をもとに瀬田グループは巨額の投資を行っており、もはや仁志と綺羅羅の婚姻は二人の問題ではなくなっていた。
交渉は難航し、帰国を延ばして瀬田グループ幹部や弁護士も交えて、長時間議論が交わされる。
ようやく帰ってきた父の顔は酷く窶れていた。
「どうだったの?」
綺羅羅の問いにぶっきらぼうに父は言う。
「お前のせいでとんでもない目にあった。
彼は難病の治療に目処をつける論文と特許を取り、今や世界の医薬業界が注目しているんだ。
今までの援助を盾に迫っても、スポンサーの当てがあるのか、熨斗を付けて返しますよと涼しい顔をして言われた。
埒が空かないとヤクザを使って脅したら、返り討ちにあったあげく、腕利きの殺し屋でも使ってどうぞ殺してくれだと。
ヤクザでもあんな命知らずは見たことがない。
あれはイカれているぞ」
「じゃあ決裂したの?」
「いや、事業化した時の取り分を大幅に譲歩して、婚姻の継続と協力関係の維持は確保した。
こちらの胃痛を他所に、アイツは最後はどうでもよさそうな顔をしていやがった。
アイツとは二度と交渉したくない。
うまく籠絡してくれ」
攻撃的で手段をえらばない父親がこんなに弱音を吐くのは聞いたことがない。
やはりあの男は謎だと綺羅羅は思う。
「わかったわ。
今度は一緒に暮らすし、彼とうまくやっていくわよ」
そうすると、子供が産めなくなった話は当分できないなと彼女はボンヤリと考えた。
世界的に注目される発表をして帰国してきた仁志は一躍時の人であったが、学界、経済界、官界のアプローチを断り、研究に専念する。
しかし、綺羅羅が誘うと食事や観劇、コンサートにも付き合ってくれる。
夜の営みも盛んであった。
「私の浮気を怒ってないの?」
あえて虎の尾を踏んでみた綺羅羅に、
「過ぎたことは仕方ない。別れるという選択肢がなくなった以上、君と仲良くして自分の子供を産んでもらうのが最善だ」と淡々と答える。
さすがにここで子供が産めなくなったとは言えない。綺羅羅は隠し続けるのに心を痛める。
その一方で自分の命を顧みない行動は相変わらずであった。
綺羅羅と歩いている時のこと、歩道に突っ込む高齢者の車の前に走り出て、幼い女の子を身を挺して助ける。
間一髪、あと1秒遅ければ命に関わるケガをしたであろう。
「なんて危ないことを!
あなたが死ねば研究は中途して、各方面で大変なことになるのよ。
それに私と子供を作るんじゃないの!」
顔色を変えて怒る綺羅羅に対して、仁志は女の子を母親に渡して、歩き出す。
「死ぬ時は死ぬ。
何をしてもしなくても人間の寿命は決まっているのさ」
負い目を感じつつ、仁志によくわからない執着を持って生活していた綺羅羅はある日勤務先の病院で思わぬことを知る。
仁志の過去を知る看護師がいたのだ。
「彼はよく知っています。学校でもイケメンで秀才、天は二物を与えたと有名でした。
おまけにとても可愛い幼馴染といつも一緒で、婚約者だと公言し、そちらでも目立ってました」
「へー、その恋人はどうしたの?」
「高校在学中に不治の病で亡くなりました。
その時の彼の悲嘆ぶりは激しく、飲食もしなかったと聞きます。
ああそう言えば、恋人が死ぬ時に、彼が後を追わないように、娘に生まれ変わると言ったとか。
そうでなければ死んでいたかもしれません」
(ああそうだったのね。
アイツが何故命を削るように研究していたのか、何故子供に拘るのか、ようやくわかったわ。
結婚した時から、私のことなんて全然見てなかったのね。その恋人のことだけを考えていたの。
いいわ。
復讐してやる。
子供を産んでやるふりして、最後にバラしてやる。
もうアイツに心を向けることなんてしない)
綺羅羅は心の中で夫への復讐を誓った。